箪笥たんす)” の例文
母は涙で顔いっぱい濡らしながら、納戸にある箪笥たんすの引出しをあけ、唐草模様の風呂敷に、自分の着物をごしごしとつめ込んでいた。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
学校へ行く時、母上が襟巻えりまきをなさいとて、箪笥たんす曳出ひきだしを引開けた。冷えた広い座敷の空気に、樟脳しょうのうにおいが身に浸渡るように匂った。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
偉大な人々の家宅探索をし、その戸棚とだなを検査し、引き出しの底を探り、箪笥たんすをぶちまけた後、批評界はその寝所をまでのぞき込んだ。
それからその荷物を運んでろうと云うので、夜具包やぐづつみか何の包か、風呂敷包をかついだり箪笥たんすを担いだり中々働いて、段々すすんで行くと
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
白樺しらかばの皮をかべにした殖民地式の小屋だが、内は可なりひろくて、たたみを敷き、奥に箪笥たんす柳行李やなぎごうりなどならべてある。妻君かみさんい顔をして居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
今度は、指輪と時計とを拒絶して、玄関の次の間にあつた箪笥たんすと、シンガア・ミシンの機械とを差押へた。私は、その時留守であつた。
差押へられる話 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
離れには黒塗の箪笥たんすが来たり、紅白の綿が飾られたりした。しかし母屋ではその間に、当主の妻が煩ひ出した。病名は夫と同じだつた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そして、鉄瓶てつびんを買ってきたり、箪笥たんすを買ってきたりしたが、それを値踏みするのは、いつも、近所の、岡本という古着屋の人であった。
死までを語る (新字新仮名) / 直木三十五(著)
床も天井もがしたまま、壁は落され、の灰は掻き廻され、戸棚も箪笥たんすも引っくり返して、千両箱の行方を捜した様子です。
髪がえたのか、しばらくすると箪笥たんすの引出しがガタガタと鳴った。そして襖の向うからシュウシュウと、帯のれる音が聞えてきた。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
さわは納戸なんど箪笥たんすをあけ、さし当り必要だと思われる着替えや帯を二三と、金になりそうな道具を集めて包にし、財布の中をしらべた。
榎物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
小初は電球をひねって外出の支度をした。箪笥たんすから着物を出して、荒削あらけずりの槙柱まきばしらなわくくりつけたロココ式の半姿見へ小初は向った。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それをのりのついた白地の単衣ひとえに着替えて、茶の間の火鉢ひばちの前に坐ると、細君はふと思い附いたように、箪笥たんすの上の一封の手紙を取出し
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
すでに結納ゆいのうの品を取りかわし、箪笥たんす、長持から、針箱のたぐいまで取りそろえてお粂を待っていてくれるという先方の厚意に対しても
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
めぐらしけるに平左衞門が金子を所持しよぢなす事をかねて知りければ或夜安間が宅へ忍入箪笥たんすの錠をこぢあけ二百兩の金をぬすみ取其儘屋敷を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「ね、何処に行きませう?」といつも機嫌のいゝ時に見せるあどけない顔をして、箪笥たんすの上から鏡台を下して電燈の下に据ゑた。
散歩 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
其処には箪笥たんすやら蠅入らずやら、さま/″\の家具類が物置のやうに置いてあつて、人の坐るところは畳一枚ほどしかなかつた。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
ぢいは、あの小さな家の中へ、箪笥たんすも着物も時計もみな残して、たゞあみだ様の画像だけを持つてどこかへ行つてしまひました。
海坊主の話 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
そこには老婆の寝台と箪笥たんすが置いてあったが、彼はまだ一度もその中をのぞいたことがなかった。以上二つの部屋が住まいの全部だった。
細君の部屋には、為切しきり唐紙からかみ四枚の内二枚がふさがるやうに、箪笥たんすが据ゑてあつて、その箪笥の方に寄せて青貝の机が置いてある。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
しかし一日二日たつと、そんな感傷もいつか消し飛んでしまって、葉子はその金でせめて箪笥たんすでも買いに行こうと庸三を促した。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お浜は箪笥たんす抽斗ひきだしをあけて、あれよこれよと探しはじめましたが、そのうちにふと抽斗の底から矢飛白やがすりあわせを引張り出しました。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
毎日欝陶うっとうしい思いをして、縫針ぬいはりにばかり気をとられていた細君は、縁鼻えんばなへ出てこのあおい空を見上げた。それから急に箪笥たんす抽斗ひきだしを開けた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今も、ぽつねんと、彼は箪笥たんすかんに倚りかかっていた。炬燵ごたつをした膝の上には、五ツくらいな女の子が、無邪気な顔して眠っている。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
じゃあ箪笥たんすへでもしまう積りかな、箪笥といっても、幾つもあるから後になっては分らない。兎も角、お花の跡をつけて見るにくはない。
接吻 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
店の棚には講談本や村井玄斎むらいげんさいの小説などが並べてあったが、奥の箪笥たんすのある部屋には帝国文庫の西鶴さいかくものや黄表紙などが沢山あったらしく
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
と兄は嫂にいい付けて、箪笥たんす抽斗ひきだしを、あけて見せました。小紋とか大島とか母の生前の羽織や着物の何枚かが、そこに畳んであるのです。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
母は茅野ちの氏で、たまといい、これも神田の古い大きな箪笥たんす屋の娘であった。玉は十六の年から本郷の加賀さまの奥へ仕えていた。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
寐床の側の畳に麻もて箪笥たんすかんの如き者を二つ三つ処々にこしらへしむ。畳堅うして畳針とおらずとて女ども苦情たらだらなり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
バックに緑色の布のかかった箪笥たんすがあって、その上に書物や新聞の雑然と置いてあるのがいかにもうるさくて絵全体を俗悪にしてしまうから
自画像 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
とこわきの袋戸棚ふくろとだなに、すぐに箪笥たんす取着とりつけて、衣桁いかうつて、——さしむかひにるやうに、長火鉢ながひばちよこに、谿河たにがは景色けしき見通みとほしにゑてある。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
箪笥たんすの上に興録こうろくから受け取ったまま投げ捨てて置いた古藤の手紙を取り上げて、白い西洋封筒の一端を美しい指のつめ丹念たんねんに細く破り取って
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それでも自分は手探り足探りに奥まで進み入った。浮いてる物は胸にあたる、顔にさわる。畳が浮いてる、箪笥たんすが浮いてる、夜具類も浮いてる。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
しかし確に箪笥たんすを開ける音がした、障子をするすると開ける音を聞いた、夢かうつつかともかくと八畳の間に忍足で入って見たが、別に異変かわりはない。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
この道筋が一歩間違って箪笥たんすの後へでも逃げ込もうものなら、私はもうその部屋では眠ることは出来ないという厄介なことになってしまうのだ。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
珍しい硯を百面以上も集めて、百けん箪笥たんすといつて凝つた箪笥にしまひ込んで女房や鼠などは滅多に其処そこへ寄せ付けなかつた。
そしてバスクが医者を迎えに行き、ニコレットが箪笥たんすを開いてる間に、ジャン・ヴァルジャンはジャヴェルから肩をとらえられてるのを感じた。
箪笥たんすの上に、子供が雑誌をのせておく(のせておくほうの子供はもちろんわるいから、それはまたそれで教えるけれど)
女中訓 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
吉里は次の間の長火鉢の傍に坐ッて、箪笥たんすにもたれて考え始めた。善吉は窓の障子を閉めて、吉里と火鉢を挾んで坐り、寒そうに懐手をしている。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
箪笥たんすの引出しは、たくさんの衣類がなかに残ってはいるが、かすめ取られていたとのことだね。この断定はおかしい。
祖母の箪笥たんすの引出しには、そっくり手のつかない、男ものの衣服が、したおびまで揃えてしまってあるのを、誰も気がつかないふりをするのだった。
娘さんの箪笥たんすが幾つも並んで焼けた所には、友染いうぜんの着物が、模様をそつくり濃淡で見せた灰になつて居たのが、幾重ねもあつたとか人は云ひました。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
で、その日家に帰るとすぐ、私はほかの用にかこつけて、押入れや箪笥たんす抽斗ひきだしをそっと探してみた。だがどこにもそれを見出すことができなかった。
やっと眼をすこしばかり開いて、布団のすその方の箪笥たんすの上の小箪笥を腫れぼったい指で指すので、その中を探してみると手紙が一パイ詰まっている。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それが、箪笥たんす二棹に、ぎっしり一杯詰まっている。これを分類したら、よほど面白いものができあがるに違いない。
増上寺物語 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
物も言わずに突き膝で箪笥たんすの方へにじり寄り、それをしまいこむその腰のあたりを見ると、安二郎はなぜかおかしいほど狼狽ろうばいして、しぶしぶ承知した。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
二階は昇口の処に三畳敷位の空間をおいて箪笥たんす長櫃ながもちを置いてあった。平吉は窓の傍に渋紙包を持って立っていた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
二階い上って大急ぎで箪笥たんすの中からそろいの着物や何やかんやと、夫が余所行よそゆきの時着る絹セルの単衣ひとえと羽織としぼりの三尺とを出して、風呂敷に包んで
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
立って箪笥たんす大抽匣おおひきだし、明けて麝香じゃこうとともに投げ出し取り出すたしなみの、帯はそもそも此家ここへ来し嬉し恥かし恐ろしのその時締めし、ええそれよ。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
などと、必死のごまかしの質問を発し、二重まわしを脱いで、部屋に一歩踏み込むと、箪笥たんすの上からラジオの声。
家庭の幸福 (新字新仮名) / 太宰治(著)