わざわい)” の例文
私たちばかりでなく、総ての罹災者は皆どこかでこの失費と面倒とを繰返しているのであろう。どう考えても、怖るべきわざわいであった。
十番雑記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ハッと唇の色を変えて、錦子はふるえあがったが、いたずらものが忍び込んだ形跡もないので家の者たちは神業かみわざだと、わざわいのせいにした。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「人が、わしのあらをさがしている時じゃないか。これでは家庭がおさまらないということで中傷せられる。わしのわざわいも遠くはない。」
小翠 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
道に反く者、心の弱き者、定見なき者又単なる好奇心で動く者は、わざわいなるかなである。真理を求むる者のみが、大盤石だいばんじゃくの上に立って居る。
兵乱のために人を殺し財を散ずるのわざわいをば軽くしたりといえども、立国の要素たる瘠我慢やせがまんの士風をそこなうたるのせめまぬかるべからず。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
う言うわけだ、お鳥殿、その美しさに、ポルトガル国の船乗りの血を引いて居る為、いろいろのわざわいが後からあとと起ったのであろう。
裸身の女仙 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
ここはわれらが一命を投げだして正面から酒井侯と対決し、確実にわざわいの根を断ち切るときだ、船岡にもその覚悟でいてもらいたいと思う
尊王攘夷の大趣意において間然かんぜんする所あらんや。その表面よりすれば言正しくしたがい、その裏面よりすれば、わざわい未測に陥らんとす。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
昔、ある新進作家が先輩大家を罵倒した論文を書いたために、ついに彼自身没落したという話もきいている。口はわざわいの基である。
可能性の文学 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
われいまだかれを見しことなければ、もし過失あやまちての犬をきずつけ、後のわざわいをまねかんも本意ほいなしと、案じわづらひてゐけるほどに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
何か、彼がわざわいを背負って、折角せっかく新築した家へケチを付けにでも来たように思っていた。それを聞くにつけても、三吉は早く去りたかった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
『何よりは、お家のわざわいを領民の禍にまでしとうないと存じて、たった今、藩札引換えの急策を立てたばかりのところでござる』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その私の弱い心が、あなたにまで深いわざわいを及ぼすに至ったかと思うと、まことに穴があったら、はいりたい心地が致します。
秘密の相似 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
つまり、すべてのわざわいの根元は、藤原家のこの財産にあるのだということは、何人よりも、深く伊太夫は観念しているのです。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
芭蕉の秋風の句は世間にて往々過賞をこうむれども、こは口はわざわいの門といへる極めて陳腐なる理窟を十七字に並べたるに過ぎず。
俳句の初歩 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
その他の文明事業において意義ある自己の生を営み、人類のために貢献しよう、わざわいを転じて福としようという努力心を振い起すに至りました。
女子の独立自営 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
神職 (魔を切るが如く、太刀たちふりひらめかしつつ後退あとずさる)したたかな邪気じゃ、古今の悪気あくきじゃ、はげしい汚濁じゃ、わざわいじゃ。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
之を明治の社会に応用致し候わば所謂いわばわざわい未萌みほうに防ぐの功徳くどくにも相成り平素逸楽いつらくほしいままに致しそろ御恩返も相立ち可申もうすべく存候ぞんじそろ……
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それが解けないというのは、わば呪文にかかっているんですね。思考力の盲点といった様なものにわざわいされているんですね。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いずれか一方の勢力がまさればわざわいである。同じような事は、違った人生観や社会観を持った人々の群れの間に行なわれる。
神田を散歩して (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「それよりも、僕はあの怪物がきっとこれからわざわいをなすと思うね。この鉱山に働いている者は気をつけなければならない」
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
するとその感じの中に、いっさいのわざわい、悩みと迷妄、意欲と労苦への思い出は、だるくなごやかに消えてしまうのである。
自分のふとした罵倒が、瑠璃子父娘おやこに、どんなにわざわいしているかと云うことを聴けば、熱情な恋人は、どんな必死なことをやり出すかも分らない。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
未知みち世界せかいあこがれるこころは、「幸福こうふくしま」でも、また、「わざわいしま」でも、極度きょくどたっしたときはわりがなかったからです。
明るき世界へ (新字新仮名) / 小川未明(著)
そこでそのわざわいを解く法だが、余計は要らないからお礼としてたった三十元お出しなさい、早く出さなけりゃ遅れると大変だぞと言っておどしつけた。
しんあまねくし衆を和するも、つねここおいてし、わざわいを造りはいをおこすも、つねここに於てす、其あくに懲り、以て善にはしり、其儀をつつしむをたっとぶ、といえり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「それでは、神は人のことを特別におはからいになるのに、なぜわざわいをお除きになりませんの?」と子供が聞いている。
この子を残して (新字新仮名) / 永井隆(著)
彼女は、それらのものに悩まされて、この一引きがとうとうわけのわからぬわざわいを引き起したことをすこぶる後悔した。
不周山 (新字新仮名) / 魯迅(著)
それはレカミエ夫人がその端麗無比な容姿を裏切つて、性的に一種の不具だつた事実である。この知識が彼にわざわいした。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
お用いになる気がないのなら、たとえ殺してでも、国外へ出してはなりません。もし他国へ行かせますと、きっとのちのちこの国のわざわいとなるでしょう
子孫にまでわざわいのこすかも知れないなどとも思って見る。先ず翌日になって感じた心理上の変動は、こんなものであって、思ったよりは微弱であった。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
源之助はその芸格から見れば、いくらでも出世する場合に立ち、彼でなければ出来ぬ役柄も多かったけれども、出発点にわざわいされる所があったと思われる。
役者の一生 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
自分一人では勿論もちろん何事も出来ずまたその勇気もない実に情ない事であるがいよいよ外国人が手を出して跋扈ばっこ乱暴というときには自分は何とかしてそのわざわい
福沢諭吉 (新字新仮名) / 服部之総(著)
しかして三節より五節までにおいて彼はまずヨブを責めていうのである、汝かつては人をおしえ人を慰めたるもの今わざわいに会すればもだえ苦しむは何のさまぞと。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
今考えて見るとナカ/\巧者こうしゃだったが、その頃の我輩は徹頭徹尾迷惑した。しかし物は考えようさ。わざわいを転じてさいわいにするように心掛けなければいけない。
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それが故人はいやだったからだそうであるが、故人のそう云う狷介けんかいな性質が、処世的には大いにわざわいしたのであろう。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わざわいしたりする例も沢山あるとの事でしたし、目に見えない霊の力の恐しさというようなことも承わったので、急にあなたにお縋りしたくなりましたんです。
むかでの跫音 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
「百薬の長も度を過ごしてはわざわいもとじゃて——町人、これは其許そこもとの持物じゃろう。しかとあらためて納められい。」
マヌエラ、この一日延ばしたことがたいへんなわざわいとなった。といって、いま私が死のうとしているのではない。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
民衆はいかにいられても、おのれの欲する以上に早く足を運ぶものではない。民衆にそれを強いんとする者こそわざわいである。民衆は他の自由にはならない。
四、口はわざわいの門、千古の金言。コルシカ人尊敬ののぼりを押し立て、行きあうコルシカ人に、いちいちもれなく
種彦はわが身の上は勿論もちろんもしやそのために罪もない絵師や版元にまでわざわいを及ぼしてはと一方ひとかたならず心配して
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
誠に口はわざわいもとたしなんで見ても情なや、もの言わねば腹ふくるるなど理窟を付けてしゃべりたきは四海同風と見えて、古ギリシアにもフリギア王ミダスの譚を伝えた。
欧羅巴ヨーロッパ方面の海上で暴風か何かのためにわざわいされて、何日も何十日もかかってこの圏内まで吹き流されてきた。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
こうした私の幸福な生活に、最初のわざわいを持って来たのは、すなわちウードレーの赤髭顔でございました。
「ええ、これはわざわいを転じてさいわいとする代りに、福を転じて禍とする、縁起えんぎの悪い聖母だと云う事ですよ。」
黒衣聖母 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「私はもう下がってまいろうと思います。いつもの物怪もののけは久しくわざわいをいたしませんでしたのに恐ろしいことでございます。叡山えいざん座主ざすをすぐ呼びにやりましょう」
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
此処ここも、支那の奥地の例にもれず、住民達はわざわいを恐れて宵から戸締りも厳重にひっそりしてしまうのだ。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
一朝わざわいを蹈むの場合にあたって、係累の多い者ほど、惨害はその惨の甚しいものがあるからであろう。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
その時分に大獅子尊者はもはや自分にわざわいの及ぶことを自覚して居られたけれども、ただ自覚して居られただけでその罪から身を免れるということもせられなかった。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)