瞰下みおろ)” の例文
頂にいたりて超然として一眸いちぼうのもとに瞰下みおろさば、わが心高きに居て、ものよくさだむるを得べしと思いて、峰にのぼらむとしたるなり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
みち一縷いちる、危い崖の上をめぐって深い谿を瞰下みおろしながら行くのである。ちょっとの注意もゆるめられない径だ、谿の中には一木も一草もない。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
偃松の枝に捉まって、涸谷を眼下に瞰下みおろすようになったが、ここにも大きな残雪があったので、雪と岩片をぜに渡った。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
甲野さんが「無絃むげんの琴をいて始めて序破急じょはきゅうの意義を悟る」と書き終った時、椅子いすもたれて隣家となりばかりを瞰下みおろしていた宗近君は
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其処そこから瞰下みおろすと花崗岩の白茶化た岩壁が、河に突き出したり或はえぐれ込んだりして、水は白泡を立てながら其下を奔流しているのが見える。
黒部峡谷 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
私が出た岡の上は可成眺望ちょうぼうの好いところで、大きな波濤なみのような傾斜の下の方に小諸町の一部が瞰下みおろされる位置にある。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
京で見る白菊は貴人の感じなれど、山路の白菊は素朴にしてかえって気韻きいんが高い。白雲の大湖水を瞰下みおろしてこの山菊を折る。ふたりは山を出るのが厭になった。
白菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
実際ただ炭を見ていたのかも知れない、通りがかりだからツイ手に取って見ているところを不意に他人ひとから瞰下みおろされて理由わけもなく顔を赤らめたのかも知れない。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
午後三時、一人の青年わかもの村境むらざかいの小高い丘に立って、薄暗い町のかたを遠く瞰下みおろしていた。彼は重太郎である。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しばらく海をみてから、もう練習かなと、Bデッキを瞰下みおろすと、皆はまだ麻雀マアジャンでもしているのでしょう。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
なんと、と一声はげしく鋭く、頸首くびぼね反らす一二寸、眼に角たててのっそりをまっ向よりして瞰下みおろす源太。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ぼうとなる大願発起痴話熱燗あつかんに骨も肉もただれたる俊雄は相手待つ間歌川の二階からふと瞰下みおろした隣の桟橋さんばしに歳十八ばかりのほっそりとしたるが矢飛白やがすりの袖夕風に吹きなびかすを
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
遠くから眺めてゐると、自分の脱出にげだして来た家に火事が起つて、見る見る燃え上がるのを、暗い山の上から瞰下みおろすやうな心持があつた。今思つてもその心持が忘られない。
弓町より (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
階段の中程へ腰をおろし、下の板敷の騒動をひろ子も始めは興にのり、笑い笑い瞰下みおろしていた。
高台寺 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
秋は谿間の紅葉を瞰下みおろす幽邃な地域に、冬は暖かな山懐やまふところに、四季それ/″\の住居を定めて或はパルテノンの俤を模し、鳳凰堂の趣に傚い、或はアルハムブラの様式を学び
金色の死 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
瀧口胸愈〻轟き、氣もなかば亂れて飛ぶが如く濱邊はまべをさして走り行く。雲に聳ゆる高野の山よりは、眼下に瞰下みおろす和歌の浦も、歩めば遠き十里の郷路、元より一こく半晌はんときの途ならず。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
旭ヶ岡の樺太神社から瞰下みおろした豊原の夜景はまるで緑野の中の正しい碁盤目ごばんめであった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
強すぎる真昼の光線で、中国山脈も湾口に臨む一塊の都市も薄紫のおぼろである。……が、そのうちに、宇品うじな港の輪郭がはっきりと見え、そこから広島市の全貌ぜんぼうが一目に瞰下みおろされる。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
其所から銃器室の窓を瞰下みおろして爾して二階へ登り去って見えなく成った、余は益々お浦の所行を怪しみ、銃器室の戸を推して見ると全く怪美人は此の中へ閉じ籠められたに違いない
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
長い紙の面を瞰下みおろしながら右の肩を脱いでそのたもとをうしろに刎ねた。筆の穂を硯にひたしてたっぷり墨をふくませた。左の手を畳についてぬッと腰をのばした。乗りだして行くのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
通されたのは二階の六畳の書斎であったが、庭を瞰下みおろすと、庭には樹から樹へひもを渡して襁褓おしめが幕のように列べてしてあって、下座敷したざしき赤児あかごのピイピイ泣く声が手に取るように聞える。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
汽車は既によほどの高処を走つて居るらしくその白い瀬は草木の茂つた山腹を越えて遥かに下に瞰下みおろされるのである。私の其処を通つた時斜めに白い脚をひいて驟雨がその峡にかゝつてゐた。
渓をおもふ (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
十七世紀にル・ノオル王が切りならさせたと云ふ横長い岡の上の一隅に建てられて、すぐ下に浅黄あさぎ色のセエヌを瞰下みおろし、ペツク其他そのたの小さい田舎ゐなかの村を隔てて巴里パリイの大市街を二里の彼方あなたに見渡して居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
故に僅かに狭少なるまどによりて下界を瞰下みおろ
そのうちも心のく、山はと見ると、戸室とむろが低くなって、この医王山が鮮明あざやか深翠ふかみどり、肩の上から下に瞰下みおろされるような気がしました。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其処そこから西方の斜面を瞰下みおろした景色が尤も高山的で、少し下ると懐しい偃松がさかんに枝を延している、さながら旧知の人に握手でも求めているように。
秩父の奥山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ワゼミヤガワ(上宮川)谷も瞰下みおろされる、蝶ヶ岳も眼下に低くなって、霞沢岳は、雲で截ち切られてしまっている、この蝶ヶ岳、霞沢岳、焼岳の直下を
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
かれらは息をのんで瞰下みおろしていると、捕手の同心が打ち水にすべって危うく倒れかかったので、お駒は思わず自分の草履を取って、一方の相手の顔に叩きつけた。
半七捕物帳:31 張子の虎 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
遠くから眺めていると、自分の脱けだしてきた家に火事が起って、みるみる燃え上がるのを、暗い山の上から瞰下みおろすような心持があった。今思ってもその心持が忘られない。
弓町より (新字新仮名) / 石川啄木(著)
起きて廊下から瞰下みおろすと、その大風に吹き掃かれる深夜の空には月が皎々と照り、星が燦めいている。丁度、月の光りに浸された原野の真上のところに、二流れ黒雲があった。
夏遠き山 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「何でも向う側だ。京都を瞰下みおろしたんだから。こっちじゃない。あいつも馬鹿だなあ」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私達の矢場を掩うけやきかえでの緑も、その高い石垣の上から目の下に瞰下みおろすことが出来る。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
山岳を仰ぐ時、溪谷を瞰下みおろす時に同じくそれを覺えないではないけれども。
福島から御嶽の頂上まで十里の間、その半ばは王滝川の渓流に沿うてさかのぼるのである。この山中の路は登り下りの坂で、松木林、雑木林、あるいは碧湍へきたんの岸を伝い、あるいは深淵を瞰下みおろして行く。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
力なげ首悄然しを/\と己れが膝に気勢いきほひのなきたさうなる眼を注ぎ居るに引き替へ、源太郎は小狗こいぬ瞰下みおろ猛鷲あらわしの風に臨んで千尺の巌の上に立つ風情、腹に十分の強みを抱きて、背をも屈げねば肩をも歪めず
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
吾が起きてただに瞰下みおろかどの戸を濃霧しづもり谷地やちはこもりぬ
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
と凹凸なく瞰下みおろさるる、かかる一枚の絵の中に、もすその端さえ、片袖かたそでさえ、美しき夫人の姿を、何処いずこに隠すべくも見えなかった。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
絶壁の縁から谷間を瞰下みおろされた殿下は、山の皮肉がずり落ちて骨を露出した凄まじい裂傷のような赭色の岩崖と
これらの山々から瞰下みおろされて、乾き切っている桔梗ヶ原一帯は、黒水晶の葡萄がみのる野というよりも、そりでも挽かせて、砂と埃と灰の上を、駈けずって見たくなった。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
気病きやみの後の様なたるんだ顔にまぶしい午後の日を受けて、物珍らし相にこの村を瞰下みおろしてゐると、不図、生村うまれむら父親おやぢの建てた会堂の丘から、その村を見渡した時の心地が胸に浮んだ。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
山の茶屋の二階からずうっと見晴すと、遠い山襞が珍しくはっきり見え、千曲川の上流に架っているコンクリートの橋が白く光っている上を自動車が走っているのまで、小さく瞰下みおろせる。
上林からの手紙 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そう、そう、私はあの時、この岸の下の方に低いやなぎの沢山蹲踞うずくまっているのを瞰下みおろして、秋の日にチラチラする雑木の霜葉のかげからそれを眺めた時は、丁度羊の群でも見るような気がした。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
力なげ首悄然しおしおおのれがひざ気勢いきおいのなきたそうなる眼をそそぎ居るに引き替え、源太郎は小狗こいぬ瞰下みおろ猛鷲あらわしの風に臨んで千尺のいわおの上に立つ風情、腹に十分じゅうぶの強みを抱きて、背をもげねば肩をもゆがめず
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
吾が起きてただに瞰下みおろかどの戸を濃霧しづもり谷地やちはこもりぬ
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
お鶴はすずしい目を下ぶせに、真中まんなかにすらりと立って、牛頭馬頭ごずめずのような御前立おんまえだちを、心置なく瞰下みおろしながら、仇気あどけなく打傾いて
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
頂上に立って初めて中禅寺湖を瞰下みおろしたのであろうと考え、東側のキノミ平方面から登ったのではないかと疑ったが、『建立記』を見れば第一回登攀の際
山の今昔 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
夏の夜、この橋の上に立つて、夜目よめにもしるき橋下の波の泡を瞰下みおろし、裾も袂も涼しい風にはらめかせて、數知れぬさゝやきの樣な水音に耳を澄した心地は長く/\忘られぬであらう。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
足許を瞰下みおろすと、火口壁の周辺からは、蝋燭の融けてまた凝ったような氷柱つららが、組紐の如く、何本となく、尖端を鋭くして、舌のように垂れている、火口底は割合に、雪が多くない。
雪中富士登山記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
福島屋の其部屋から、遙に港内が瞰下みおろせた。塗り更えに碇泊して居るらしい大きい二隻の汽船の赤い腹の周囲を、小蒸汽が小波立てて往来する。夕飯前の一散歩に、地図携帯で私共は宿を出た。
長崎の一瞥 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
しんしんと淵にわらべが声すなれ瞰下みおろせば何もなかりけるかも
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)