しび)” の例文
かつら (やがて砧の手をやめる)一晌いっときあまりも擣ちつづけたので、肩も腕もしびるるような。もうよいほどにしてみょうでないか。
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
……こっちは酔いしびれてうらがなしくなって、だからこそつけ元気でやけくそな歌をうたったり傲慢ごうまんなことを喚いたりしているんだ。
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
けれど、これに味付けをしてしまったのでは、汁が濃粘に過ぎて舌への刺激が強く、味覚がしびれてほんとうの風趣を判別し得なくなる。
すっぽん (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
お品は矢のように起上ると防火扉の閂にかかった監督の腕に獅噛しがみついた。激しい平手打が、お品の頬を灼けつくようにしびらした。
坑鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
確かに手応えはあったが、ガーンという音と共に、太刀持つ拙者の手がピーンとしびれて厶る。黒装束の下に、南蛮鉄の一枚あばらよろい
くろがね天狗 (新字新仮名) / 海野十三(著)
厳しい克己は、春雷の轟きのように、快く、情慾の末をしびらせる。冷静な抑圧は秋水の光のように愉しく本能のくろずみを射散らした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
岩から沁み出る清水の冷たさも加わって、かかとがいちばんさきにしびれるのが常であった。そこへは、川師仲間でも誰も潜ってゆかなかった。
(新字新仮名) / 室生犀星(著)
泥舟はいきなり横顔を持って行かれたようなしびれを覚えた。あっと、叫んだ時は勢いよく仰向けにもんどり打っていたのである。
剣の四君子:04 高橋泥舟 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
藍丸王が何気なく、クリクリ坊主から振り子の無い木の鈴を受け取ると、こは如何いかに、急に唇や舌がしびれて仕舞って声さえ出なくなった。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
額安かくやすに、手取早く味覚の満足をふといつた風になり勝なので、感覚のさとさが段々だん/″\ゆるんで、しまひにはしびれかゝつて来るのではあるまいか。
茸の香 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
雑沓ざっとうの中で、私は押しつけられる彼女のやわらかな胸と腿をかんじた。私は重くしびれるような慾望が、私の中に顔をもたげるのがわかった。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
だから彼は、和船の廻漕かいそう問屋を恨み、函館廻送に托した食糧その他にわがことのような責任を感じたのだ。しびれをきらして調査に出かけた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そうして居る中に自分の身体もだんだん凍えてしびれて来る様子ですから眼を塞いだまま無闇に身体に丁子油ちょうじゆを塗り付けたです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
おい、御出役、おめえのくるのを今迄しびれを切らして待っていたんだ。顔の揃ったところで、早速、改めにかかろうじゃねえか
男は飛び上り、しびれる程の力で女の手頸をぎゆつと掴んで引き寄せると、その白い濃厚な薫りのする胸に噛む如く接吻した。
朝、胃痛ひどく、阿片あへん丁幾チンキ服用。ために、咽喉のどかわき、手足のしびれるような感じがしきりにする。部分的錯乱と、全体的痴呆。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
こうしてあくまで眠りをむさぼらないと、頭がしびれたようになって、その日一日何事をしても判然はっきりしないというのが、常に彼女の弁解であった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その超人的論理に魅了されて、検事も熊城も、しびれたような顔になり、容易に言葉さえ出ないのだった。勿論そこには、一つの懸念けねんがあった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
真暗闇の中に目をあけたが頭のうしろがしびれたようで、仰向きに寝た枕ごと体が急にグルリと一廻転したような気がした。
乳房 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
身体中がしびれた様になって、完全に直立することが出来ず、しまいには、料理場や化粧室への往復を、躄の様に、這って行った程でございます。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
見たところなんでもないようで、やはりまだ舞台に立つと、——ながく立っていると、痛んでくるとかしびれてくるとか。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
くらくらと脳髄のうずいしびれたような感覚があったかと思うと、ぱったりその場に昏倒してしまった。それは、ものの二秒ともたたぬ間の出来事であった。
犠牲者 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
じっと大人しく腰掛けて居ながら、気違いじみた酩酊が立派に魂を腐らせて行き、官能をしびれさせて行くのが、自分でもよく判るように感ぜられた。
恐怖 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
静子、己は白状するが、その主人が死んだことを学校から帰って来て主婦さんに聞いたその刹那ある忌わしい関係の妄想が己の全身をしびらしたのだ。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
しびれるようなあやしさが、再び彼のすべてをさらった。官能は燃え、からだは狂気の焔であった。彼は走った。夢のうちに、森をくぐり、谷を越えた。
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
私はなぜか恥をかきに来たような気がして、手足がしびれて来るおもいだった。あまりに縁遠い世界だ。私は早く引きあげたい気持ちでいっぱいになる。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ふ。其処そこしぶりながら備中守びつちうのかみ差出さしだうでを、片手かたて握添にぎりそへて、大根だいこんおろしにズイとしごく。とえゝ、くすぐつたいどころさはぎか。それだけでしびれるばかり。
怪力 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
死に對する、それとも何かその他のものに對する恐怖が殆んど彼をしびらせてゐる樣子だつた。ロチスター氏はもう血に染みてしまつた海綿を私に渡した。
俺あ何です、しびれを切らして待ってやしたがね、まま何せかにせ、どえれえ騒ぎ——ようこそお早く——へえ。
頭がくうんとしびれて来て、怖ろしい顔をしながらそこに立っている博士や若い医者達の喚き声を、夢うつつの中の出来事のように、遠くの遠くの方に聞きながら
夜の稼業かぎょうに疲れて少時間の眠りを取ろうとする女たちを困らせていたのはもちろん、起きているものの神経をも苛立いらだたせ、頭脳あたましびらせてしまうのであった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「何ね。そんなにしびれをきらさないで、もう少し我慢して聞いているのだね。しかし今度は本物の方だよ。」
「あなたがお崩しにならないものですから、兄さんや二郎はお相伴しょうばんでいつもしびれが切れると言っていますわ」
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
次第に疲れが増して来た。こういう恐怖の中でさえ、私の心はしびれたようになり、折々は無感覚になった。
咽喉を透るしびれるような気持をたしなむように眼をつぶり、右手で胸を押え、しばらくじっとしていた。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
樹に近く来るとその人全身しびれるほど怖ろしくなり銃を放ち能わず一生にかつてこんなこわい目に遭った事なしと(一八九四年十二月『フォークロール』二九六頁)
と投げるように言って、すぐかわやに立って行った。足はしびれを切らしたらしく、少しよろよろとなって歩いて行く父の後姿を見ると、彼はふっと深い淋しさを覚えた。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
偽りは偽りながら、霧隠れ雲隠れの秘薬、その他には眠り薬、しびれ薬、毒薬、解毒薬、長命不死の薬、笑い薬、泣き薬、未だ色々の秘薬の製法は、一通り心得おる。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
寒さと疲れとで顔の皮は板のようにこわばり、脚は棒のように堅くなり、かつしびれる。つねって痛ささえ感じないくらいになる。お腹は空いて眩暈めまいさえしそうになる。
しびれる病人に使うのでしょう。皆ざっとした物でしょうけれど、幼い私には目新しくて驚かれました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
それから、河豚の毒なら身體がしびれる筈だが、そんな事がなくて、腹の中が燒けたゞれるやうで、血を吐いたのは南蠻渡なんばんわたりの毒藥に違ひない。玄道さんもさう言つて居る
ドレスしおおもても萎れて登ってきたあなたの可憐かれんな姿が目のあたりにちらつきながら、手も足も出ず心もしびれ、なるままになれと思うのが、やっと精一杯いっぱいのかたちでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
しびれに似た感じです。次の瞬間にわたくしの心は「魂の森のなかにいる」といったような、妙な静けさを感じます。最初の時にはわたくしは何かの錯覚かと思いました。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
すると、右の腕がしびれて(蟻がっているように)むずむずする。鉄砲を構えることができない。腕が、ぐったり垂れる。鷓鴣は猟師の痺れがなおるのを待っていない。
ふところねむつた與吉よきちさわがすまいとしてはあししびれるので幾度いくど身體からだをもぢ/\うごかした。やうや風呂ふろいたときはおしな待遠まちどほであつたので前後ぜんごかんがへもなくいそいで衣物きものをとつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
突然だしぬけの侍のうしろから組附いた時には、身体しんたいしびれ息もとまるようですから、侍は驚きまして
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
まだすこし頭のしびれてゐる彼には、あたかも葡萄の房のやうにゆらゆらと搖れながら見えた。
恢復期 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
強い焼酎にしびれた頭をかかへたものたちは、ひそかに白い吐息をして、耳を傾けたのである。
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
この植物の汁液が唇などに附くと刺戟しげきするので、この語をしびれの意味に解したのであろう。
掴まれた腕が、しびれたか、つきはなされて助次郎、あわてて、よろよろと身を退いた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)