灯火ともしび)” の例文
旧字:燈火
見渡す限りはるばるとした平原の彼方に三つ四つ点々と瞬いてゐる村里の灯火ともしびの中に、やがて彼等の羽ばたきは消へ込んでしまつた。
バラルダ物語 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
帆村探偵の一命は、風前の灯火ともしびも同様です。殺人光線が帆村の方にむけられ、そしてボタンがおされると、もうすべておしまいです。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
すでに上皇の御所からは歴代の宝物は新帝の所へ移されてある。灯火ともしびの数も少く、時を告げる役人の声すら、ここでは聞くことがない。
いちばん間近のミシシッピー船へ向けたみよしはくるくる回って、舳の前へ下田の村の灯火ともしびが現れたり、柿崎の浜の森が現れたりした。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
自白すれば、八九年前アンドリュ・ラングの書いた「夢と幽霊」という書物を床の中に読んだ時は、鼻の先の灯火ともしびを一時に寒く眺めた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「母のない家というものは灯火ともしびを失っている居間のようなものだ。そなたがいてくれてめでたい元旦をことほぐことができた。」
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
どこもかしこも、きんや、大理石や、水晶すいしょうや、絹や、灯火ともしびや、ダイヤモンドや、花や、おこうや、あらんかぎりの贅沢ぜいたくなもので、いっぱいなの
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
灯火ともしびの光きら/\として室の内明るく、父上も弟もはや衣をあらためて携ふべきものなど取揃へ、直にも立出でんありさまなり。
鼠頭魚釣り (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
お誓い遊ばしたではござりませぬか——いつの日いかなる時を問わず闇の夜赤き灯火ともしびを点じ湖水をぎ来る船にしてもし三点鐘を打つ時は……
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
山間の自分の村落に近づくにしたがって、薄い夕闇を透して灯火ともしびの影がなつかしい色を放ってちらちらと見え出してくる。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
まず「悪き者の光は消され、その火のほのおは照らじ、その天幕の内なる光は暗くなり、そが上の灯火ともしびは消さるべし」という。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
ただ夕空に雲の紅々あかあかと燃ゆるのみだったが、長い長い軍隊の列も、ようやく終りになろうとし、陽も没して、夜の灯火ともしびがつきかけるや、わあっと
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この小父貴おじきが昔市長なんぞを務めたのが運の尽きとなって、今や半狂乱の私に遮二無二見当を付けられてまさに風前の灯火ともしびとなっているのであった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
小万はかみに行ツて窓から覗いたが、太郎稲荷、入谷、金杉あたりの人家の灯火ともしび散見ちらつき、遠く上野の電気灯が鬼火ひとだまの様に見えて居るばかりである。
里の今昔 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ひらけたる所は月光げつくわうみづの如く流れ、樹下じゆか月光げつくわうあをき雨の如くに漏りぬ。へして、木蔭をぐるに、灯火ともしびのかげれて、人の夜涼やれうかたるあり。
良夜 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
一般の世評を聞くと、議員を止めた時が、田中の生涯の終局で、直訴は灯火ともしびの消える時パツと一つ閃いたものと云ふことになつて居る。実に妙なワケだ。
大野人 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
寶兒はたしかに死んだのだと思うと、彼女はこの部屋を見るのもいやになり、灯火ともしびを吹き消して横たわった。彼女は泣いているあの時のことを想い出した。
明日 (新字新仮名) / 魯迅(著)
それにしても、彼の云ったことが事実だとすれば、栖方の生命は風前の灯火ともしびだと梶は思った。いったい、どこか一つとして危険でないところがあるだろうか。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
海の上にもまた灯火ともしびが散らばって動いていた。それは多くは赤い火であった。目の下にも一隻のボートに赤いほおずき提灯ちょうちんをともして漕いで行くのがあった。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
朝夕に囚人を見おろすのは残酷だと云つたら、皆自分の影だ、成るべくその窓の方へ寄らない様にして居る。しかし今時分あの監獄の黒い窓やまばらな灯火ともしびを見るのは好い。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
程なく草の深い所を抜けて、例の七曲りの上の方へ出た、今までは草に隠れて居たが、山麓の秩父の街の火の明り、村々の貧しい灯火ともしびが、手のとどくような下に見えた。
武甲山に登る (新字新仮名) / 河井酔茗(著)
そのためには、いつの代にも人の涙が流されるであろう、そしてすべての智慧と美と希望はこの国に芽生え、この国は灯火ともしびとなり、同時に暗黒やみの底の暗黒やみを知るであろう。
ウスナの家 (新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
太郎は一二九網子あごととのふるとて、一三〇つとめて起き出でて、豊雄が閨房ねやの戸のひまをふと見入れたるに、え残りたる灯火ともしびの影に、輝々きらきらしき太刀たちを枕に置きて臥したり。あやし。
あめ何時いつあはれなるなかあきはましてにしむことおほかり、けゆくまゝに灯火ともしびのかげなどうらさびしく、られぬなれば臥床ふしどらんもせんなしとて小切こぎれたる畳紙たゝうがみとりだし
雨の夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
悪心むらむらとおこり、介抱もせず、呼びもけで、わざ灯火ともしびほのかにし、「かくてはが眼にも……」と北叟笑ほくそゑみつゝ、しのびやかに立出たちいで、主人あるじねや走行はしりゆきて、酔臥ゑひふしたるを揺覚ゆりさまし
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
T子の運命は風前の灯火ともしびである。……T子はもうその頃までには、嘗て自分を中心として描かれたWとMとの恋のローマンスが何を意味しておったかを、底の底まで考え抜いている筈であった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
されど、わが家には幸においたる父母ありて存すれば、これに依って立ち、これに依って我意を強うしたるに、測らざりき今またその父に捨てられて、闇夜に灯火ともしびを失うのうれいきたさむとは。かなしかな
父の墓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
灯火ともしびに見れば、油絵のようなあでやかな人である。顔を少し赤らめている。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
ドーブレクが外出するとその二人の男は彼に尾行し、彼が帰るとそのうしろから影の様について来た。夕方、灯火ともしびの点く頃になると二人の男が帰って行った。今度はルパンの方で二人の男に尾行した。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
窓の間近の木の股に腰を据ゑ、片手で幹につかまつたまま、そつと覗くと、部屋の内には別に灯火ともしびがあるわけではないのに、それでゐて明るい。壁には奇怪な符号が描いてあり、甲冑が懸けてある。
実に山三郎の命のあやういこと、風前の灯火ともしびのようでござります。
灯火ともしびのもとに夜な夜な来たれ鬼わがひめ歌の限りきかせむ
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
僕の生命は、風前の灯火ともしびだ。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
灯火ともしびは紅き花と見まがう。
かの日の歌【一】 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
灯火ともしび
しかられて (新字新仮名) / 竹内浩三(著)
さすがに春の灯火ともしびは格別である。天真爛漫らんまんながら無風流極まるこの光景のうちに良夜を惜しめとばかりゆかしげに輝やいて見える。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其処へかかると中に灯火ともしびが無く、外の雪明りは届かぬので、ただ女の手に引かるるのみの真暗闇に立つ身の、男はいささか不安を覚えぬでは無かった。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
薄葉の中にあまたのほたるが入れてあるらしく、そこだけ、青い灯火ともしびのような光がはらんで、明りにかわるようにしてあった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その時眼前の藪地から灯火ともしびの光が射して来た。だんだんこっちへ近寄って来る。と、一人の老人が藪を分けて現われた。白髪、白衣、跣足はだしあから顔。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして、通りすがった蘆間あしまの蔭に、一そうの船を見た。竹で編んだとまのうちから、薄い灯火ともしびの光が洩れ、その明りの中に、耳環みみわをした女の白い顔が見えた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「一のに到りし時焔はわななきぬ、二の扉に到りし時焔さゝやきぬ、三の扉に到りし時、灯火ともしびは消えはてぬ」
嘆きの孔雀 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
日暮になると二人は広瀬橋畔に出て川を隔てて対岸の淋しい灯火ともしびを見ることを日課にしていた。その灯火をじっと見ていることははらわたを断つように淋しかった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そして雨に濡れた汚い人家の灯火ともしびを眺めると、何処かに酒呑の亭主に撲られて泣く女房の声や、継母まゝはゝさいなまれる孤児みなしごの悲鳴でも聞えはせぬかと一心に耳を聳てる。
花より雨に (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
彼の手には、妙な形の灯火ともしびがにぎられている。まるで竹筒のようでもあり、爆弾のようにも見える。
火星兵団 (新字新仮名) / 海野十三(著)
竹のとぼそのわびしきに、七日あまりの月のあかくさし入りて、一二九ほどなき庭の荒れたるさへ見ゆ。ほそき灯火ともしびの光窓の紙をもりてうらさびし。ここに待たせ給へとて内に入りぬ。
やう/\にして日の暮れつ方、灯火ともしび美くしき長崎の町に到り着きつ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ともすればしずむ灯火ともしびかきかきてをうむ窓にあられうつ声
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
家へ帰って、湯に入って、灯火ともしびの前に坐ったのちにも、折々色の着いた平たいとして、安井と御米の姿が眼先にちらついた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だがこれからどうしよう? いかにお六と似ているにしろ、明るい灯火ともしびに照らされたら、化けの皮はすぐげよう。そうしたら事がむずかしくなろう。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
静かに頭をあげて見ると、彼等は青白く眼を視張つて、病人のやうに殺気だつてゐた。そのくせ、静寂な春の夜の雰囲気が灯火ともしびの下だけにどんよりと漂つてゐる。
昔の歌留多 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)