楊枝ようじ)” の例文
頭から足からどこからどこまで実によく手落なく洗いますね。御負おまけ楊枝ようじまで使って。あの綿密な事には僕もほとんど感心しちまった
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かえって口きゝ玉うにも物柔かく、御手水おちょうず温湯ぬるゆ椽側えんがわもって参り、楊枝ようじの房少しむしりて塩一小皿ひとこざらと共に塗盆ぬりぼんいだ僅計わずかばかりの事をさえ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
お増は楊枝ようじや粉を、自身浅井にあてがってから、銅壺どうこから微温湯ぬるまゆを汲んだ金盥かなだらいや、石鹸箱などを、硝子戸の外の縁側へ持って行った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いちじくの葉かげから見えたのは、しごき一つのだらしない寝巻き姿が、楊枝ようじをくわえて、井戸端いどばたからこちらを見て笑っている。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
それからおさらに山盛りのチキンライスか何かをペロペロと食ってしまった、と思うともう楊枝ようじをくわえてせわしなく出て行った。
破片 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
今は楊枝ようじの先で重箱の隅をつついたような細かいことを議論しているべき時ではない。時は切迫しているのだ、実行の時なのだ。
紋太夫は、食後なので、楊枝ようじをつかいながら、何か頷いている。鈴木安心が耳のそばでいうのを、しきりに、頷いては、歯をせせっている。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「今朝はもう牛乳はぬきだ。日が当っていてもやっぱり寒い。」と兼太郎は楊枝ようじをくわへて寝衣ねまきのまま格子戸こうしどを明けて出た。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「ヘエ——大変りですよ。御新造さんは取乱して泣いてばかりいるし、番頭さんはウロウロして、箸で歯を磨いたり、楊枝ようじで御飯を食べたり」
もっとも魚籠びくは、鉄砲ざるの古いのがあったから、あれを使うことにしよう。餌筥は、楊枝ようじ筥の古いので間に合うだろう。肝心なのは竿に糸に鈎。
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
楊枝ようじ辻占つじうらで巻いていた古女房が、おびえた顔で——「話に聞いた魔ものではないかのう。」とおっかな吃驚びっくりを開けると、やあ、化けて来た。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おおかたくわえた楊枝ようじてて、かおあらったばかりなのであろう。まだ右手みぎてげた手拭てぬぐいは、おもれたままになっていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
老看護人の鳥山宇吉とりやまうきちは、いつものように六時に目を醒すと、楊枝ようじくわえながら病舎へ通ずる廊下を歩いて行ったのだが
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
そして、格太郎がお膳の前で楊枝ようじを使っているところへ、子供部屋の方から、もうドタンバタンという物音が聞え始めた。
お勢登場 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
くわ楊枝ようじのまま与兵衛を出ると、麦藁帽子むぎわらぼうしに梅雨晴の西日をよけて、夏外套の肩を並べながら、ぶらりとその神下しの婆の所へ出かけたと云います。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それが、くわえ楊枝ようじでぶらりとはいってきて、殿様の横へべったりすわったんですから——いかさま妙な取りあわせ。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
国への江戸土産みやげに、元結もとゆい、油、楊枝ようじたぐいを求めるなら、親父橋おやじばしまで行けと十一屋の隠居に教えられて、あの橋のたもとからよろいの渡しの方を望んで見た時。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
半七がいつもよりも少し朝寝をして、楊枝ようじをつかいながら縁側へ出ると、となりの庭の柘榴ざくろの花があかく濡れていた。外では稗蒔ひえまきを売る声がきこえた。
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
勘定かんじょう蟇口がまぐちから銀貨や銅貨をじゃらつかせながら小畑がした。可愛いおんなの子が釣銭と蕎麦湯と楊枝ようじとを持って来た。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
一太は、楊枝ようじの先に一粒ずつ黒豆を突さし、み美味さ嬉しさを味いつつ食べ始める。傍で、じろじろ息子を見守りながら、ツメオも茶をよばれた。
一太と母 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
日蓮がその為に安産の祈りをして、一本の楊枝ようじをもって加持をすると、忽ちここから優れたる清水が湧き出した。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
坐舗の一隅いちぐうを顧みると古びた机が一脚え付けてあッて、筆、ペン、楊枝ようじなどを掴挿つかみざしにした筆立一個に、歯磨はみがきはこと肩をならべた赤間あかますずりが一面載せてある。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
菓子には、銀色の小さなフォークが楊枝ようじ代わりについていた。紅茶のコップは銀のスプーンがついていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
朝餉あさげくはぬ例なれば昼飯待たるるなり。やがて母は、歯磨粉、楊枝ようじ、温湯入れしコツプ、小きブリキの金盥かなだらいなど持ち来りて枕元に置く。少しうがひして金盥に吐く。
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
それから暫らくたって、両国橋をくわ楊枝ようじで、折詰をブラさげながら歩いて行くのは例の金助です。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかしそれを善い事にして、くわ楊枝ようじで暮さんとする夫ありとせば、言語道断沙汰さたの限りである。
夫婦共稼ぎと女子の学問 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
純一は楊枝ようじを使って顔を洗う間、綺麗な女中の事を思っていた。あの女はどこか柔かみのある、気に入った女だ。立つ時、特別に心附けを遣ろうかしら。いや、そう。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
階段から下りて行った親父はくわ楊枝ようじで朝湯に出掛け、十分ばかりで帰って来て朝酒を飲み、遅い/\と云いつゝ朝飯を掻き込んで、そゝくさと逃げるように家を出て行く。
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「いえ、私はこのボートで、毎日お転婆てんばしてますから、楊枝ようじを使うほどにも思いませんわ」
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
これ等は、背部に、木製の小楊枝ようじを入れる袋をそなえている。図327はその二個である。
決して楊枝ようじはこの修道院に入れられない。歯を磨くことは滅落の淵に臨むことである。
美男の浪人が炉の前で、内職の楊枝ようじを削っていた。あたりは寂然しんと静かであった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
といって葉子は指の間になぶっていた楊枝ようじを老女史の前にふいと投げた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
銀のなた豆きせるが、古ぼけた畳の上に白っぽく投げだされた。彼は前こごみにひざひじをついた。左の俯向うつむいた顔の口をおおった。ともえりのえり付けから抜き取った楊枝ようじで歯をせせりだした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
何とも転向の出来ない者は手内職をするとか、小商売を開くというのであったが、内職といっても団扇うちわを貼るとか楊枝ようじを削るとかいう程度で、それで一家を支えるなどは思いも寄らない事であった。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
不動使者を念誦ねんじゅして駆使せば、手を洗い楊枝ようじを取るほどの些事より、天に上り山に入るまで、即刻成就せしむ、天女をち来らしむるもたちまち得、何ぞいわんや人間界の人や物や飲食をやとあり。
でも、そのうち一人が安い楊枝ようじ入れを買った。それを囲んで、日向ぼっこをしているのが他に数人いるわけで、そのうちの一人が店の方を振りむいて、何か言った。何か買わねえずらといった田舎弁。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
例のごとく楊枝ようじを使って頭を洗うたのも夢心地であった。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「何です今頃楊枝ようじなぞをくわえ込んで、冗談じょうだんじゃない。そう云やあ昨夕ゆうべあなたの部屋に電気がいていないようでしたね」と云った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それがちょっとつま楊枝ようじの先でさわってもすぐこぼれ落ちるほど柔らかい海綿状の集塊となって心核の表面に付着し被覆しているのである。
小爆発二件 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ある寒い朝、十時ごろに楊枝ようじをつかいながら台所へ出て来た笹村の耳に、思い出したこともない国訛くになまりでしゃべっている男女の声が聞えて来た。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そこへ、くわえ楊枝ようじの周馬とお十夜について、天堂一角が、姿を探し当ててくるなり、はなはだまずい面構えを見せた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて、此が知れると、月余げつよさと小路こうじに油を買つた、其のあぶらようして、しかしてあたいいやしきあやしんだ人々が、いや、驚くまい事か、塩よ、楊枝ようじよと大騒動おおそうどう
雨ばけ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と云って楊枝ようじのような細い冷い手を男のくびきつけて、しがみ着いて来たら何様どういうものだったか知らぬが、自然の法輪に逆廻りは無かったから
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
飯を食ってしまって、半七は楊枝ようじをつかいながら縁先に出ると、狭い路地のかさなり合ったひさしのあいだから、海のような碧い大空が不規則にしきられて見えた。
半七捕物帳:07 奥女中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして細帯一つでねんねこ半纏はんてんを羽織って、縁側に出て楊枝ようじを使っていた。すると格子戸をがらりと開ける音がする。「いらっしゃいまし」と愛想好く云う梅の声がする。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
それをいちいちとがめ立てすると、楊枝ようじで重箱の隅をほじくるようになるから、なるべく素知らぬ顔をして、何事もなくて済むように仕向けるのが、俺たちの本当の務めさ。
するとあの大地震おおじしんで、——忘れも致しません十月の二十八日、かれこれ午前七時頃でございましょうか。私が井戸ばた楊枝ようじを使っていると、妻は台所で釜の飯を移している。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
小女は楊枝ようじを使ってしまうと、金盥へ水を取って、タオルでぞんざいに顔を洗ったが、それなり台所の方へは行かずに、すた/\と此方へ歩いて来て、裏庭へ降りるドーアを開けて
蘿洞先生 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
夜の物を揚げあえず楊枝ようじを口へ頬張ほおば故手拭ふるてぬぐいを前帯にはさんで、周章あわてて二階を降りる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)