拳骨げんこつ)” の例文
錢形平次の家の格子戸へ、身體ごと拳骨げんこつを叩き付けて、おへそのあたりが破けでもしたやうな、變な聲を出してわめき散らすのです。
「野郎、じたばたするなよ」と若い者の一人が云い、栄二の脇腹を拳骨げんこつで力いっぱい突いた、「温和しくしねえと片輪者にするぞ」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
といって、松村君はコツンと一つ拳骨げんこつで頭をぶった。堀口生は目をつぶっていたが、がらになく涙をポロポロこぼした。それから
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
遊女屋の二階で柔術やわらの手を出して、若者わかいもの拳骨げんこつをきめるという変り物でございますが、大夫たいふが是にいらっしゃるのを知らないからの事さ
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
人造人間エフ氏の拳骨げんこつをくらって目をまわしたのであるから正太の顔をみて、またもや人造人間エフ氏があらわれたと思ったのであろう。
人造人間エフ氏 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして或る他の別な詩人等は、いて言語に拳骨げんこつを入れ、田舎いなか政治家の演説みたいに、粗野ながさつな音声で呶鳴どなり立てている。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
米国においてもせめて、拳骨げんこつぐらいの喧嘩けんかがあるであろうと、大会の閉会になるまで、好奇心をもって種々の新聞に眼をくばっておった。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「だまれ」と山嵐は拳骨げんこつを食わした。赤シャツはよろよろしたが「これは乱暴だ、狼藉ろうぜきである。理非を弁じないで腕力に訴えるのは無法だ」
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
頭の中がカッとほてって気もおのずと荒くなる。拳骨げんこつで木の枝を撲ったり足で岩を蹴ったりして、飛び上る程痛い目に遭った。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
光一は拳骨げんこつを固めて千三の横面をなぐった。あっと千三はほおに手をあてた。かれは火のごとく顔を赤くしたがやがて目に一ぱいの涙をためた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
そして警視は、太い両手をマントの大きな両のポケットにずぶりとつっ込み、普通は拳骨げんこつと言わるる鋼鉄の小さなピストルを二つ取り出した。
運気、縁談、待人、家相、病人、旅立の吉凶よしあし、花魁の本心までタッタ一円でピッタリと当る。田舎一流拳骨げんこつの辻占だ。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
『それこの拳骨げんこつでもくらへ。』と大膽だいたんにも鐵拳てつけん車外しやぐわい突出つきだし、猛獸まうじういかつて飛付とびついて途端とたんヒヨイとその引込ひきこまして
裾野すそのにいた時分から、気にいらないことがあると、すぐにやじりをきたえる金槌かなづちで、頭をコーンとくるくらいはまだやさしいほう、ふいごで拳骨げんこつったり
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時に彼のすぐ傍で居眠りをしているひげもじゃな小男が頭を彼の方へもたせかけたと見るや、いきなり彼は荒くれた拳骨げんこつを男の頭上へごつんと打ち下ろした。
光の中に (新字新仮名) / 金史良(著)
彼の述懐を聞くと、まず早水藤左衛門は、両手にこしらえていた拳骨げんこつを、二三度膝の上にこすりながら
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、にわかに、前後して、鷓鴣は飛び出す。どこまでも寄り添って、ひとかたまりになっている。私はそのかたまりのなかへ、拳骨げんこつで殴るように、弾丸たまを撃ち込む。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
待ち構えていた明智の拳骨げんこつが、ハッシとばかり相手の胸を撃った。倒れる相手にのしかかって行った。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
鼻はいわゆるざくろ鼻というやつだが、ただ赤いばかりでなく脂光あぶらびかりにぬらついて吹出物が目立ち、口をあくごとに二つの小鼻が拳骨げんこつのように怒り鼻腔が正面を向いた。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
大きな石を投げ付けるという始末しまつ。私も見て居られんから飛んで出て弟を押えようとすると私の横面をば非常な拳骨げんこつでぶん撲った。それがために私は倒れてしまった。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
なにを……という拳骨げんこつが振り上がったのは、あえて今から考えなくても無理のない話である。
誰かの部屋の外から声を掛けるのに、戸を締めて寝ていると、拳骨げんこつで戸を打ち破ることもある。下の級の安達という美少年の処なぞへ這入り込むのは、そういう晩であろう。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「貴様は、権利を持っている。この地上には、むやみに多くの権利が、他の権利を蹂躙じゅうりんすることによって存在してる。だが、船長、いいか」彼はテーブルを、今度は拳骨げんこつで食わせた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
突然、燃え上るような羞恥しゅうち、逆上した、怒りに似た羞恥が彼をとらえた。そのまま、彼は下宿へと走り出した。部屋にかけこむと、畜生、畜生、と叫びながら机を拳骨げんこつでなぐりつけた。
待っている女 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
と云い云い立って幾らかの金を渡せば、それをもって門口かどぐちに出で何やらくどくど押し問答せし末こなたに来たりて、拳骨げんこつで額を抑え、どうも済みませんでした、ありがとうござりまする
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
孫は眼から拳骨げんこつのやうな大きな涙をパラ/\と流して、泣き出しました。
漁師の冒険 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
一度は彼女の額のあたりをこつんと拳骨げんこつで小突いたことさえありました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
今すぐ出て行つてくれと言はれても出て行く処がない。自分は低頭平身してあやまらなければなるまい。そして馬鹿ツと怒鳴られた挙句、場合によつては拳骨げんこつの一ツぐらいはくはされないとも限るまい。
人妻 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
実際己はランプを吹き消して、掛布団を掛けた跡で拳骨げんこつで自分の頭や体中をこつ/\打つた。十分打つてしまふと、少し気が鎮まつたので、己は寐入つた。疲れ切つてゐるのでぐつすり寐たのである。
海蔵かいぞうさんのむねうちには、拳骨げんこつのようにかた決心けっしんがあったのです。
牛をつないだ椿の木 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
大尉はうれしそうに、拳骨げんこつでごつんと食卓テーブルをなぐった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
拳骨げんこつのひどい痛さに
洪水のように (新字新仮名) / 徳永保之助(著)
おれも笑いはしたようだが、彼は笑いが止らないくらいで、しまいには拳骨げんこつで腹を押え、涙をぽろぽろこぼしたくらい笑った。
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その斷然だんぜんたる樣子やうすと、そのにぎこぶしちひさゝと、これはんして主人しゆじん仰山ぎやうさんらしくおほきな拳骨げんこつが、對照たいせうになつてみんなわらひいた。火鉢ひばちはたてゐた細君さいくん
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
金兵衞がヘラヘラ笑ふと、八五郎はでつかい拳骨げんこつを拵へて、夜の空氣の中に、うなりを生ずるほど振り廻して居ります。
銭形平次捕物控:315 毒矢 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
私は拳骨げんこつを固めて、耳の後部うしろの骨をコツンコツンとたたいた。けれどもそこからは何の記憶も浮び出て来なかった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
だが、やかましやの親方おやかた卜斎ぼくさい、つねに小言こごと拳骨げんこつをくださることはやぶさかでないが、なかなか蛾次郎の慾をまんぞくさせる小遣こづかいなどをくれるはずがない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ひどいやつだな、指弾しっぺいの後に拳骨げんこつか。軍隊はおれたちの方に大きな足を差し出したな。こんどは防寨も本当に動くぞ。小銃はかすめるばかりだが、大砲はぶっつかる。」
が、大井はかえって真面目な表情を眼にも眉にも動かしながら、大理石の卓子テエブル拳骨げんこつで一つどんと叩くと
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
照彦てるひこ様は照常てるつね様のお部屋へやの前にションボリと立っていた。正三君の姿を認めると、まず目をいからせてにらみつけた。それから拳骨げんこつをこしらえて息をきかけて見せて
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ロンドンのちまたに喧嘩けんかがあると、職務がらの礼状を発することなく、みずからその渦中かちゅうに飛びこみ、「サアここにヒュースが来た、ヒュースの拳骨げんこつを知らぬか」と名乗なの
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
弱い者は黙って居りますから文治のような者が出て、お前の方が悪いと意見を云っても、分らん者は仕方がありませんゆえ、七人力の拳骨げんこつで打って、向うのきもひしいでおいて
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼は歯を気味わるく鳴らしながら、何を思ったのか、拳骨げんこつを作っていきなりテーブルをなぐりつけた。幾度も幾度もなぐりつけているうちに、指の関節が破れて、血が流れはじめた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
指は延びないから拳骨げんこつ胸膈きょうかくあたりを摩擦して居ると、手に暖まりがついて大分指が動くように感じましたから、指を延ばして全体に対し摩擦を始めたがなかなか暖まりも着かない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
二名にめい水兵すいへい仲間なかま一群ひとむれ追廻おひまはされて、憘々きゝさけびながら逃廻にげまわつた。それは「命拾いのちひろひのおいわひ」に、拳骨げんこつひとづゝ振舞ふるまはれるので『これたまらぬ』と次第しだいだ。勿論もちろん戯謔じやうだんだが隨分ずいぶん迷惑めいわくことだ。
又三郎も、家来だぞと云ったことで、例のないほど叱られ、拳骨げんこつの痛いやつを一つ貰った。そんなことは前にも後にもただ一度きりであったが……。
雨の山吹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その断然たる様子と、そのにぎこぶしの小ささと、これに反して主人の仰山ぎょうさんらしく大きな拳骨げんこつが、対照になってみんなの笑をいた。火鉢ひばちはたに見ていた細君は
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
麻裃あさがみしもは着ておりますが、拳骨げんこつふところへねじ込んでイザといえば、これをパッと脱ぎそうな形になります。
竹童は拳骨げんこつをかためて、かれのわきのしたからあごをねらった。そして、二つばかり顔を突いたが、蛾次郎もいのちがけだ。くちびるをみしめて、なおも必死にこらえている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
最後に、——僕はこの話を終わった時の彼の顔色を覚えている。彼は最後に身を起こすが早いか、たちまち拳骨げんこつをふりまわしながら、だれにでもこう怒鳴どなりつけるであろう。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)