懸隔けんかく)” の例文
江戸木板画の悲しき色彩が、全く時間の懸隔けんかくなく深くわが胸底きょうていみ入りて常に親密なるささやきを伝ふる所以ゆえんけだし偶然にあらざるべし。
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
食物のきらひと云ふ事は一家族の中にさへ有る事故、異りたる國民、異りたる人種じんしゆの間に於ては猶更なほさら甚しき懸隔けんかくを見るものなり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
宗助は一見いっけんこだわりの無さそうなこれらの人の月日と、自分の内面にある今の生活とを比べて、その懸隔けんかくはなはだしいのに驚ろいた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、その「先王の道」が芸術に与える価値と、彼の心情が芸術に与えようとする価値との間には、存外大きな懸隔けんかくがある。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それによっていよいよ自身とその人との懸隔けんかく明瞭めいりょうに悟ることになって、恋愛の対象などにすべきでないと思っていた。
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
おれはキキイがなぜこんな服装みなりをして居るのか、夜毎よごとに盛装して散歩に出る三人の女とキキイとの間にどんな身分の懸隔けんかくがあるのかわからなかつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
彼の規格眼と、当事者の規模の頭脳とが、甚だしく懸隔けんかくしていることが、この土木によって明らかになった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もし社会に上下の反目や、貧富の懸隔けんかくが生じるなら、どこによき労働があり、どこによき協力があり得よう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
なお金銭におけるごとく、プラスマイナス出入でいりの相違は天地懸隔けんかく月鼈げつべつ雲泥うんでい、駿河台の老婦人もまたこの般の人なりき。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
有名なパサデナの邸宅街ていたくがいを通り、御殿ごてんのような建物に、貧富ひんぷ懸隔けんかくにつき、考えさせられることも多かった。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
庄兵衛はいかにけたを違えて考えてみても、ここに彼と我れとの間に、大いなる懸隔けんかくのあることを知った。
高瀬舟 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
今から思えばほとんど夢のような気がする。忙しく余裕のない現代に生活している若い人たちが聞いたら、そこには昼と夜ほどの懸隔けんかくを見出す事であろうと思われる位だった。
梵雲庵漫録 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
富者と貧者のはなはだしい懸隔けんかく、清い理想的の生活をして自然のおだやかなふところに抱かれていると思った田舎もやっぱり争闘のちまた利欲りよくの世であるということがだんだんわかってきた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
あなたと私のこんな違いは、お金持と貧乏人という生活の懸隔けんかくから起ったのでは無く、あなたが之まで幾十度と無く重大の命の危機を切り抜けて生きて来たという事から起ったのだ。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
誰か気のきいた訪問客でもやって来ないかと待ち侘びているような女性との間に、果してそれほどの大きな懸隔けんかくがあるだろうか? えてそういう女性は、自分の智慧をひけらかしたり
朝顔の花一ぱいにたまる露の朝涼ちょうりょう岐阜ぎふ提灯ちょうちんの火も消えがちの風の晩冷ばんれい、涼しさを声にした様なひぐらし朝涼あさすず夕涼ゆうすずらして、日間ひるまは草木も人もぐったりとしおるゝ程の暑さ、昼夜の懸隔けんかくする程
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あるいは東、あるいは西といえば如何いかにも両者の間に懸隔けんかくあるようにきこゆる。文章家はかくの如き文字を用いて相容あいいれざるを示す。かの有名な詩篇しへんの内にも西と東のへだたる如く云々うんぬんとある。
東西相触れて (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
私共にとって幸いなことには、当夜、東京附近は急激なる気象の変化をうけたものですから、室内と室外の気象状態にすくなからぬ懸隔けんかくができたため、実にいちじるしい曲線の変化が起ったのです。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一、日本画ばかり見たらん人のにわかに西洋画の一、二枚を見たらんには、余りその懸隔けんかくせるに驚きてしばらくは巧拙を判定する能はざるべし。西洋画ばかり見たらん人の日本画を見たるもまた同じ。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
失明の後に始めて味到みとうしたいつもお師匠様は斯道しどうの天才であられると口では云っていたもののようやくその真価が分り自分の技倆ぎりょう未熟みじゅくさに比べて余りにも懸隔けんかくがあり過ぎるのに驚き今までそれを
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
三左衛門と僧は夕方まで石を持っていたが、一勝一敗、先手せんてになる者が勝ち後手ごてになる者が負けて、はなはだしい懸隔けんかくがなかったので非常に面白かった。碁が終って僧が帰ろうとすると三左衛門が云った。
竈の中の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
もとより一時の出來心や、不圖ふとした氣紛きまぐれでは無かツたのであるから、さて是れが容易よういに解決される問題で無い。第一つまとしてむかへ取るには餘りに身分の懸隔けんかくがある。家庭かていは斷じて此の結婚けつこん峻拒しゆんきよする。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
それもあるならひなりしてやかはりたるゆきすみおろかなことくもつちほど懸隔けんかくのおびたゞしさ如何いか有爲轉變うゐてんぺんとはいへれほどの相違さうゐれがなんとしてのつくべきこゝろおに見知みししの人目ひとめいとはしくわざ横町よこちやうみち
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
宗助そうすけ一見いつけんこだわりのささうな是等これらひと月日つきひと、自分じぶん内面ないめんにあるいま生活せいくわつとをくらべて、その懸隔けんかくはなはだしいのにおどろいた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
また、余りにも今は身分の懸隔けんかくがありすぎる。彼は、秀吉の手の下に、いよいよその肩を低く伏せて
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
年を取ったものと若いものの間には到底一致されない懸隔けんかくのある事をつくづく感じた。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
両者の意嚮いこうの間には、あまりにもひどい懸隔けんかくがあるので、母は狼狽ろうばいした。チベットは、いかになんでも唐突すぎる。母はまず勝治に、その無思慮な希望を放棄してくれるように歎願した。
花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
蓮香は燕児の不思議を聞いて、桑に勧めてなこうどをたのんで結婚させようとしたが、桑は貧富の懸隔けんかくが甚しいのですぐ蓮香の言葉に従うことができなかった。ちょうどその時、燕児の母の誕生日になった。
蓮香 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
わが小説界は偉大なる一、二の天才を有する代りに、優劣のしかく懸隔けんかくせざる多数の天才(もしくは人才)の集合努力によって進歩しつつある。
文芸委員は何をするか (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
また、自国の岡崎城や浜松城と思いくらべて、余りな懸隔けんかくに、気の滅入めいるような顔でもあった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
年を取つたものと若いものゝあひだには到底たうてい一致されない懸隔けんかくのある事をつくづく感じた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
私はあからさまに自分の考えを打ち明けるには、あまりに距離の懸隔けんかくはなはだしい父と母の前に黙然もくねんとしていた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ヒーローを首肯うけがわない世においては、自他の懸隔けんかく差等を無視する平等観の盛んな時代においては、崇拝畏敬の念を迷信の残り物のごとく取り扱う国柄くにがらにおいては
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
してみると階級が違えば種類が違うという意味になってその極はどんな人間が世の中にあろうと不思議をはさむ余地のないくらいに自他の生活に懸隔けんかくのある社会制度であった。
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私はこの通り背広で御免蒙ごめんこうむるような訳で、御話の面白さもまたこの服装の相違くらい懸隔けんかくしているかも知れませんから、まずその辺のところと思って辛抱してお聴きを願います。
中味と形式 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
季節からいうとむしろ早過ぎる瓦斯煖炉ガスだんろの温かいほのおをもう見て来た。けれども乞食と彼との懸隔けんかくは今の彼の眼中にはほとんどはいる余地がなかった。彼は窮した人のように感じた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もっともこれは死んで銅像になりたがる精神と大した懸隔けんかくもあるまいから、普通の人間としては別に怪しむべき願望とも思わないが、何しろこの際の自分には、ちと贅沢ぜいたく過ぎたようだ。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
芳賀矢一なども同じクラスだったが、是等これらは皆な勉強家で、おのずから僕等のなまけ者の仲間とは違って居て、其間に懸隔けんかくがあったから、更に近づいて交際する様なこともなく全然まるで離れて居ったので
落第 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
父は一口ひとくちにいうと、まあマン・オフ・ミーンズとでも評したらいのでしょう。比較的上品な嗜好しこうをもった田舎紳士だったのです。だから気性きしょうからいうと、闊達かったつな叔父とはよほどの懸隔けんかくがありました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)