悄然しょんぼり)” の例文
偶々たまたま道に迷うて、旅人のこのあたりまで踏み込んで、この物怖しの池のほとりに来て見ると、こは不思議なことに年若い女が悄然しょんぼりたたずんで
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ああ、うち彼下あのしただ……と思う時、始めて故郷を離れることの心細さが身にみて、悄然しょんぼりとしたが、悄然しょんぼりとするそばから、妙に又気が勇む。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
艀が浮いたり沈んだりして本船の方へ近づくにしたがって、悄然しょんぼり見送りながら立っている達雄の顔も次第にお種には解らなく成った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二人とも妙に口数がすくなくて……そして気のせいか、それとも薄暗い木陰のせいか、顔色が青ざめ切って、悄然しょんぼりとしているように思われます。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
繻子しゅすの帯もきりりとして、胸をしっかと下〆したじめに女扇子おおぎを差し、余所行よそゆきなり、顔も丸顔で派手だけれども、気が済まぬか悄然しょんぼりしているのであった。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
子を抱いた女の彼の可哀相な人が悄然しょんぼりとして、お帰りの後から斯う声を掛けて、彼女の方がまた睨んで御居ででした。
昇降場 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
葉子は今起きたばかりの庸三の傍へ来て、空洞うつろな笑い声を立てたが、悄然しょんぼり卓子テイブル頬肱ほおひじをついている姿も哀れにみえた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
近づいてゆくと、門前に誰か悄然しょんぼりと立っている。網代笠あじろがさを被った雲水うんすいの胸に、一人の少年が、顔を当てて泣いていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は何とも知れぬ悲哀を感じて悄然しょんぼりと立っていました。その時にふと思い付いたのが、この『修禅寺物語』です。
程立ほどたって力無げに悄然しょんぼりと岩の間から出て、流のしもの方をじっとていたが、きあえぬなみだはらった手の甲を偶然ふっと見ると、ここには昨夜ゆうべの煙管のあと隠々いんいんと青く現れていた。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
絶望の流人のように悄然しょんぼりと引きかえす、また来ては引きかえす、引きかえしてはまた来る。
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
勇み立ちたる声のいとど喜ばしげに、綱雄綱雄とへやの外より呼ばわりながら帰り来るは善平なり。泣き顔の光代は悄然しょんぼり座りたるまま迎えもせず。何だ。どうした。綱雄はどこへ行った。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
スッカリばけの皮をがれてしまって、見る影もなく悄然しょんぼりとなった彼女の、涙ながらの話によると、伊勢崎署に於ける警官諸君の、彼女に対する訊問ぶりは峻烈どころの騒ぎではなかった。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
もっとも金を払って筮竹ぜいちくの音を聞くほどの熱心はなかったが、散歩のついでに、寒い顔を提灯の光に映した女などが、悄然しょんぼりそこに立っているのを見かけると、この暗い影を未来に投げて
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
悄然しょんぼりしているのが、今朝からのあなたの姿に連想され、「テエプ、このうちの一人に抛ってね」とだぼはぜ嬢が自信ありげに念を押したとき、よしあのに抛ろうと、とっさに決めたのでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
机の前に我れながら悄然しょんぼり趺座あぐらをかいて、そんな独言をいっていると自分の言葉にきあげて来て悲しいやら哀れなやら悔しいやらに洪水おおみずき出るように涙がにじんで何も見えなくなってしまう。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
哀れな裸姿になって木は悄然しょんぼりと立っている。枝は四方に咲いていて、この細い枝にも、ひややかな、切るような、風が当るかと思うと痛々しい。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
光線の反射の具合で、玻璃ガラスを通して見える子供の写真の上には、三吉自身が薄く重なり合って映った。彼は自分で自分の悄然しょんぼりとした姿を見た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
もっとみち蜻蛉とんぼを追う友を見てフト気まぐれて遊び暮らし、悄然しょんぼりとして裏口から立戻ッて来る事も無いではないが、それは邂逅たまさかの事で、ママ大方は勉強する。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
いかに悄然しょんぼりとして立場を失ってしまったかは、最早くだくだしく言うだけ愚かなことであったろう。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
あの男坂の中程にかわやで見た穢ない婆が、つかみ附きそうにして控えているので、悄然しょんぼりと引返す。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とただ一言我知らず云い出したるぎり挨拶あいさつさえどぎまぎして急には二の句の出ざるうち、すすけし紙に針のあな、油染みなんど多き行燈あんどん小蔭こかげ悄然しょんぼりと坐り込める十兵衛を見かけて源太にずっと通られ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と云うと妻木君は悄然しょんぼりとうなだれた。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
悲しそうに悄然しょんぼり座って居りました。
お住の霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と、自分は馴々敷なれなれしい調子で言った。男は自分の思惑を憚るかして、妙な顔して、ただもう悄然しょんぼりと震え乍ら立って居る。
朝飯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
或は時として、運動場などで斯様こんな風で泣かされて、悄然しょんぼりと教員室の前に来て立って、受持教師の出るのを待って、その一部始終を告げて、訴えることがある。
蝋人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかもその夜中に眼が醍めてみたら、悄然しょんぼりと私の顔をのぞき込みながら、母が腰かけていた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
黙って、糸七が挨拶すると、悄然しょんぼりと立った、がきっと胸をめた。その姿に似ず、ゆるく、色めかしく、柔かな、背負しょいあげの紗綾形絞さやがたしぼりの淡紅色ときいろが、ものの打解けたようで可懐なつかしい。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
足取も次第々々にゆるやかになって、ついには虫のう様になり、悄然しょんぼりこうべをうな垂れて二三町程も参ッた頃、不図ふと立止りて四辺あたり回顧みまわし、駭然がいぜんとして二足三足立戻ッて、トある横町へ曲り込んで
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
と三吉は正太の並べる言葉をさえぎった。何となく正太は悄然しょんぼりとしていた。それを見て、叔父は自分の旅を語り始めた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
綺麗きれいな……眼の醒めるような綺麗な奥さんが血みどろになって……そ、そこに悄然しょんぼりと……お立ちなすって……真っ蒼な顔をしてわたしの方を見ておいでになって……おおこわやの!」
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
時々薄暗いかどに立って、町から見えます、山の方をながめては悄然しょんぼりたたずんでいたのだけかすかに覚えているんですが、人のめかけだとも云うし、本妻だとも云う、どこかの藩候の落胤おとしだねだとも云って
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
余り静かなので、つい居ることを忘れて、お鍋が洋燈ランプの油を注がずに置いても、それを吩咐いいつけて注がせるでもなく、油が無ければ無いで、真闇まっくら坐舗ざしき悄然しょんぼりとして、始終何事をか考えている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
道行く人の姿は悄然しょんぼりとして、折々おりおり落葉を巻いて北風が氷雨ひさめを落した。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
節子は縁側に出て、独りで悄然しょんぼりと青い萩にむかい合って、誰とも口をきたくないという様子をしていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
沢は其のまゝにじり寄つて、手をかざして俯向うつむいた。一人旅の姿は悄然しょんぼりとする。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
見よ! あの瀟洒しょうしゃな家が全部燃え落ちてしまって! ただ二本の門柱と鉄柵てつさくのみが、悄然しょんぼりと立っているばかり……そして焼け跡には、混凝土コンクリートの土台だけが残っているばかり! 眼に入る限り
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼方のあぜ悄然しょんぼりと立ってる並木にすら、聞えなかったであろう。漸々だんだん黒雲は頭の上を通り越した。薄明るかった南の方の空が、暗くなった。黒雲が空を掩い尽したのである。ただ闇の裡に風がれた。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
母はまだ門前に悄然しょんぼりと立っていた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
片隅かたすみに本箱を並べて置いてそこを自分の小さな天地とした玄関に、悄然しょんぼりと帰って来た自分を見つけた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
祖母としよりが、ト目をこすった帰途かえりみち。本を持った織次の手は、氷のように冷めたかった。そこで、小さな懐中ふところ小口こぐちを半分差込さしこんで、おさえるようにおとがいをつけて、悄然しょんぼりとすると、つじ浪花節なにわぶしが語った……
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかも今日来た時に気がついて私の上げて置いた見窄みすぼらしい野生の花は悄然しょんぼりと淋しく挿さっているほかには、今あの人たちがお詣りに来たにもかかわらずそこに花らしいものの影すらないのであった。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
路地の角に、豊世と老婆ばあさんの二人が悄然しょんぼり立って、見張をしている。そこへ三吉が帰って来た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
此方こなたを向いて悄然しょんぼり洋燈を手にしてたたずんでる一個白面の少年を見たのである。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は手桶を提げたきり悄然しょんぼりと首を垂れて、お婆さんが言葉を続けるのを聞いていた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
蝶吉は何か悄然しょんぼりとして帰って来たが、髪も乱れて、顔の色も茫然ぼんやりしている。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
りゅう暗夜やみの中に悄然しょんぼりと立って、池にのぞんで、その肩を並べたのである。
木精(三尺角拾遺) (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は自分の部屋へ行って独りで悄然しょんぼり窓側まどぎわに立って見た。かつ信濃しなのの山の上で望んだと同じ白い綿のような雲を遠い空に見つけた。その春先の雲が微風に吹かれて絶えず形を変えるのを望んだ。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
間もなく彼女は達雄が悄然しょんぼりと見送ってくれたその同じ場処に立った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
なにか、自分は世の中の一切すべてのものに、現在いまく、悄然しょんぼり夜露よつゆおもッくるしい、白地しろじ浴衣ゆかたの、しおたれた、細い姿で、こうべを垂れて、唯一人、由井ヶ浜へ通ずる砂道を辿たどることを、られてはならぬ
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)