徐々そろそろ)” の例文
と、吉野は手早く新坊の濡れた着衣きものを脱がせて、砂の上に仰向にせた。そして、それに跨る様にして、徐々そろそろと人工呼吸を遣り出す。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
近頃は勝手口の横を庭へ通り抜けて、築山つきやまの陰から向うを見渡して障子が立て切って物静かであるなと見極めがつくと、徐々そろそろ上り込む。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
竿でその頭を𡥅せせるにかつて逃げ去らず。徐々そろそろと身を縮め肥えてわずかに五、六寸となって跳び懸かるその頭をひしげば死すとある。
や、巡査じゅんさ徐々そろそろまどそばとおってった、あやしいぞ、やや、またたれ二人ふたりうちまえ立留たちとどまっている、何故なぜだまっているのだろうか?
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
果して、いったん投げられた捕方が、暫くあって徐々そろそろと身を起したのを見ると、別段、急所を当てられているとは見えません。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「さあ、のの様の方へ行こか。」と云って、手を引いて、宮のかた徐々そろそろ帰った。そのさまが、人間界へ立帰るごとくに見えた。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
岩は殆ど峭立きったったようにけわしいが、所々には足がかりとなるべき突出とっしゅつこぶがあるので、それを力に探りながら徐々そろそろと進んだ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
余は馬車の中でたべる為に、幾種の食品を買い調え、馬丁に手伝わせて大事に甚蔵を馬車に乗せ、車体の動揺せぬ様に徐々そろそろと養蟲園を指して進んだ。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
その前年から徐々そろそろ攘夷説がおこなわれると云う世の中になって来て、亜米利加アメリカに逗留中、艦長が玩具おもちゃ半分はんぶん蝙蝠傘かわほりがさを一本かった。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
文三は徐々そろそろジレ出した。スルト悪戯いたずら妄想奴ぼうそうめが野次馬に飛出して来て、アアでは無いかこうでは無いかと、真赤な贋物にせもの宛事あてことも無い邪推をつかませる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「それは飲んでからに為やう。夜が長いから後でゆつくり出来るさ。帰つて風呂にでもつて、それから徐々そろそろ始めやうよ」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ある終局を待受けるにも等しい胸のわくわくする心地で、捨吉は徐々そろそろと自分の方へ近づいて来る俥の音を聞いた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
米は辰の姿が見えなくなると徐々そろそろ材木の方へ歩いて行った。金剛石は材木の浅い割目の中で二重に見えていた。彼はそれをてのひらの上へ乗せると笑えて来た。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
封じた気息は遂には洩れる! その洩れる時が大切です。私は徐々そろそろと足を運んで扉の方へ参りました。そこに相手の居ないことは余りに明らかの事実です。
赤格子九郎右衛門 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
校長は呼付けて叱る時には、何時も先ず「太郎さん」と一応名前を呼んで置いて、眼鏡を外してハンケチを出して、硝子玉を拭きながら徐々そろそろと小言を繰り出す。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
いかにも用心深く徐々そろそろと身体を曲げて頭の見えなくなるまで挿し入れた、と思うと間もなく引き出した。穴の大きさを確かめて始めて安心したといったように見えた。
小さな出来事 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
紅葉門下の風葉ふうよう鏡花きょうか徐々そろそろ流行児はやりっことなり掛けた頃には硯友社の勢力は最早峠の絶頂を越していた。
高山の中腹では、この雪線を境としてその上に雪が堆積して、万年雪となり、その万年雪の一部が氷河の運動を起して、徐々そろそろと下落し、遅かれ早かれ、融解するのである。
高山の雪 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
両人ふたり徐々そろそろと階段を降りていった。夫人のかざしたランプのが壁にちらついた。アルトヴェル氏は屍体を抱えて、注意ぶかく一歩一歩踏みしめるようにして階段を降りた。
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
尤も形の徐々そろそろ壊出くずれだした死骸を六歩と離れぬ所で新鮮の空気の沙汰も可笑おかしいかも知れぬが——束の間で、風が変って今度は正面まとも此方こっちへ吹付ける、その臭さに胸がむかつく。
病気と云って学校へもゆかず打臥して居たが、点燈頃ひともしごろむっくりおき戸外おもてへ出で、やがて小さな鉄鍋に何やら盛って帰って来て、また床に這入って夜の一時とも思う頃徐々そろそろ頭を挙げ
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
徐々そろそろ陰って来た日影は茂った大柄な葉に遮られて涼しい薄暗さを四辺あたり一杯に漂わせて、うねうねと曲りくねった列に生えて居る其等の幹と支柱とを隙して見る、向うの斜面の草地
お久美さんと其の周囲 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
真実ほんとうにどうしたんだろう」とお源は思わず叫んだ。そして徐々そろそろ逆上気味になって来た。「もしか知れたらどうする」。「知れるものかあの旦那は性質ひとが良いもの」。「性質ひとの良いは当にならない」。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「お勢と諍論いいあッて家を出た——叔父が聞いたら、さぞ心持を悪くするだろうなア……」と歩きながら徐々そろそろ畏縮いじけだした。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
もうこの時分には、そちこちで、徐々そろそろ店を片附けはじめる。まだ九時ちっと廻ったばかりだけれども、師走の宵は、夏の頃の十二時過ぎより帰途かえりを急ぐ。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「其の様にお問いなさらずとも、分る時が来れば自然に分りますよ」と云い、其のまま今度は玄関の方を指し徐々そろそろ歩み始めたが、何だか意味の有りそうな言葉だ。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
戦ひに慣れた心が、何一つ波風の無い編輯局に来て、徐々そろそろ眠気ねむけがさす程「無聊の圧迫」を感じ出したのだ。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
これはここに籠る修験者のほか滅多めったに通わない細道から、こちらへ徐々そろそろと下りて来る者がありました。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
八日目に草臥くたびれて虎も昼寝するを見澄まし、ファッツ徐々そろそろ下りる音に眼をさまして飛び懸る、この時おそしかの時早くファッツが戦慄ふるえて落した懐剣が虎の口に入って虎を殺した
これらがそれ自からの重量のためにこおれる河(即ち氷河)または短かい舌状の氷流となり、徐々そろそろと低地に向ってれ下り、または融解蒸発して再び雪となり、山頂に下って
高山の雪 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
さて今度の旅行について申せば、私もこの時にはモウ英書を読み英語を語るとうことが徐々そろそろ出来て、れから前に申す通りに金もいささもって居るその金は何もつかい所はないから
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
最も苦辛くしんした労作と自からも称していた「いちご姫」は昔しの物語の焼直しみて根ッから面白くなかった。一時は好奇心を牽いた「おじゃる」ことば徐々そろそろ鼻に附いて飽かれ出した。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
さてはここにも何か椿事ちんじおこっているに相違ないと、忠一も驚いて身構えしたが、燐寸まっちを持たぬ彼はやみてらすべき便宜よすがもないので、抜足ぬきあししながら徐々そろそろと探り寄ると、彼はたちま或物あるものつまずいた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一列に並べた食卓の真中に二条のレールを据え付け、この上を御馳走を満載した可愛らしい電車が徐々そろそろと進行する。卓の両側に陣取った御客様の前に来るごとに、宜しく召上がれと停車する。
話の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
非常に緊張して何時切れるか分らないほどに行き詰ったかと思うと、それがまた自然の勢で徐々そろそろ元へ戻って来た。そうした日和ひよりい精神状態が少し継続すると、細君の唇から暖かい言葉がれた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は徐々そろそろと階段を登って行って、ふと立ちどまった。
孤独 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
で枕を外して、大の字になった、……はいが、踏伸ばした脚を、直ぐに意気地なく、徐々そろそろ縮め掛けたのは……
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この時になッてお勢は初めて、首の筋でもつまッたように、徐々そろそろ顔を此方こちらへ向け、可愛かわいらしい眼に角を立てて、文三の様子を見ながら、何か云いたそうな口付をした。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
と言つて、ずるさうな、臆病らしい眼付で健の顔を見ながら、忠一は徐々そろそろ後退あとしざりに出て行つた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
みるみる一点の黒いものが、その灰白の幾千万丈の巌石の間から徐々そろそろと下りて来る、人だ!
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しばらくは嘉代吉の肩にりかかりながら、徐々そろそろと雪田を下った、裾の方へ来ると、水音が雨に伴って、ざわつき出した、くるぶしを痛めたので、跛足をひきながら、石の小舎へ来た。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
王彼らに「敵軍水を汲むに急ぎおるか、徐々そろそろりおるか見て来い、急いで行りおるなら、彼らはほどなくへこれるはずだ、徐々っておるなら、われら降参して年貢を払わにゃならぬ」
春木町時代に極めて陽気であったのが富坂時代には沈鬱となり、北山伏町時代には徐々そろそろすさんで多少自棄やけ気味となり、酒のために警察の厄介やっかいになり、警察で演説をして新聞種になった事もあった。
そうして、徐々そろそろとまた歩き出しました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのまま、立直って、徐々そろそろと、も一度戻って、五段ばかり石をいた小高い格子戸の前を行過ぎた。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雲一つ無い暑熱あつさ盛りの、恰度八月の十日、赤い赤い日が徐々そろそろ西の山に辷りかけた頃であつた。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
其様そんな日には雪江さんは屹度きっと思切て朝寝坊をして、私なんぞは徐々そろそろ昼飯が恋しくなる時分に、漸う起きて来る。顔を洗って、御飯を喰べて、其から長いこと掛って髪を結う。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
金椎キンツイを驚かさないように、あの室で食事をした以上の慎重さを以て、徐々そろそろと近づいて行き、やがて、寝台のてすりのところへすれすれになるまで来ても、じっと娘の顔を見たままで
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「沢山頂きました、こんなに御厄介になっては、実に済みません……もう、徐々そろそろ失礼しましょう。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがて食事が済むと、阿父とうさんが又主人になって、私にむかって徐々そろそろ小むずかしい話を始めた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)