彼奴きゃつ)” の例文
どう考えても怪しい気がしてなりませんので取敢えず閣下に彼奴きゃつ写真スナップをお送りしておいて、ここまでアトをけて来た訳ですが……
人間レコード (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「おうっ、おうっ。——あれに見える者こそまさしく敵の総帥董卓とうたくだ。彼奴きゃつの姿を目前に見て、空しくおられようか。続けや者ども」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの一段高い米のかますの積み荷の上に突っ立っているのが彼奴きゃつだ。苦しくってとても歩けんから、鞍山站あんざんたんまで乗せていってくれと頼んだ。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「おや、わしの好きな燻製が朝から出て来るぞ。これはたのもしい。彼奴きゃつらの目の覚めないうちに、腹一杯喰っておくことにしよう」
ですから無論イサクの方でも私が彼奴きゃつを憎む位に私を憎んで居ったことは、彼奴の態度や、他人の噂で私には解かって居りました。
死の復讐 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その事なれば及ばずながら、某一肢の力を添へん。われ彼の金眸きんぼう意恨うらみはなけれど、彼奴きゃつ猛威をたくましうして、余の獣類けものみだりにしいたげ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
あるひは娘共むすめども仰向あふむけてゐる時分じぶんに、うへから無上むしゃう壓迫おさへつけて、つい忍耐がまんするくせけ、なんなく強者つはものにしてのくるも彼奴きゃつわざ乃至ないしは……
道理で、彼奴きゃつ、人込みばかりって歩くと思った。見世物に気をとられている様な風をして、その実隣近所の人の財布を狙っていたのだ。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼奴きゃつはその金でさかんに女房の名で故郷くにに土地を買っているそうだ」などと、まことしやかな話が出て来るに決まっています。
考えても——あがばなには萌黄と赤と上草履をずらりと揃えて、廊下の奥の大広間には洋琴ピアノを備えつけた館と思え——彼奴きゃつが風体。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼奴きゃつは、あくまでも阻止せねばならぬ。が、その婿引出に持ってまいるこけ猿の茶壺には、当方において大いに用があるのだ」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「中西の宿はずいぶんしみったれているが、彼奴きゃつよく辛抱して取り換えないね。」と大森は封筒へあて名を書きながら言った。
疲労 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
云わない。あいつも相当喰えない奴だよ。思う所があってわざと帰宅を許したのだがね。彼奴きゃつの行動については渡辺刑事が気をつけている筈だよ
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
彼奴きゃつ長久保ながくぼのあやしき女のもと居続いつづけして妻の最期さいご余所よそに見る事憎しとてお辰をあわれみ助け葬式ともらいすましたるが、七蔵此後こののちいよいよ身持みもち放埒ほうらつとなり
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それから『清悦物語』の方では常陸坊と二人、どうしても死ねなかったと手軽に書いてあるのを、『残齢記』の方では彼奴きゃつはけしからぬ男だ。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
読者中病身の細君さいくんを親切に看護かんごする者あれば、これをめる者があると同時に、彼奴きゃつかかあのろいと批評された経験もあろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
う早く罪に服そうとは思わなんだが是でう充分だ今に目科が遣て来て彼奴きゃつの言立を聞き失望するだろうと何か此様な事を呟いて居ましたから
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
そして夜になると彼奴きゃつ等のたけしい唸り声を聞いて、遠近あちこちのさかりのついた野良犬や、狂犬どもが盛んに吠え立てるのだ。
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
『おやッ! 彼奴きゃつがわしを見たッて、あの悪党が。彼奴きゃつはわしが、そらここにこの糸を拾ったの見ただ、あなた。』
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
なんだと畜生ちくしょう!』と、このときイワン、デミトリチはきゅうにむッくりと起上おきあがる。『なん彼奴きゃつさんとほうがある、我々われわれをここに閉込とじこめてわけい。 ...
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼奴きゃつ、どうするかと息をひそめてうかがつてゐると、かれは長き尾を地にき二本の後脚あとあしもっ矗然すっくと立つたまゝ、さながら人のやうに歩んで行く、足下あしもと中々なかなかたしかだ。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
彼奴きゃつは、ちゃんと心得ていて聞いたのだが、聞かれると、返答せん訳には参らぬ。拙者せっしゃが答えると、じっと、拙者の顔を、ちらっと、天一坊殿の顔を——
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
ところが、殿中でわしに斬りつけるという乱暴なことをやったために、よくよくのことだということになって、たちまち彼奴きゃつが同情されることになるのだ。
吉良上野の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
鈎は確かに彼奴きゃつの顎に刺さツて仕舞ひ、竿頭の弾力は、始終上の方に反撥しようとしてるので、一厘の隙も出来ず、一旦懸ツたものは、はずれツこ無しです。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
彼奴きゃつのために、また滅茶苦茶にされてしまう! 藤沢はテーブルの横から取り上げた猟銃をすぐ動悸の激しい胸に構えた。そして銃口を窓から突き出した。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
いくら無知な彼奴きゃつらとても主人たる私のところへ持ち込んで来るはずもなかろうし、幾分かはほんとうのことかな? という疑念も萠してくるのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
隆達くずしでもあるまいぜ、あの小屋の中に、鍋焼きをすすっていた人数は、七、八人。彼奴きゃつらが、十手を振って向って来れば、一度あずかった貴様の身体からだだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「や、こりゃお岩が死んでおる」刀を見つけて、「こりゃ小平めの赤鰯あかいわしじゃ、そんなら彼奴きゃつが殺したか」
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼奴きゃつをかばうほどに、お前等はめしい果てているのだ。だが俺は、どんなことがあろうと、きっと彼奴をやっつけて見せる。今日が駄目なら明日こそ力くらべをしてやろう。
「フン、彼奴きゃつめあんなに笑いやがるとは」とフランボーは、身慄いしながら云った。「でも師父、全体そんなに大それた智慧は悪魔からでも借りて来たものでしょうか」
今度こそ再び彼奴きゃつをわが手で捕えてみせよう、とただ一騎馬に鞭をくれて瀬尾を追っていった。
変にしたものがあったとしたら、それはピナー自身だ。何が彼奴きゃつをこわがらせたんだろうね?
そして私が、自分の方を見ながら熱心に靴磨きにささやいているのを見ると、突然彼奴きゃつは鉄砲玉のように駈け出して、ちょうどそこへ疾走して来た電車へ飛び乗ってしまいました。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
おいらア、仕事を仕舞うと直ぐこれで三晩おがみに来るが、彼奴きゃつ流行妓はやりッこだからなア、まだお目にぶら下らねえのさ、今夜ア助見世すけみせに出アがるとこでもと先刻さっきから五度ごたびまわったが
「ドクトル! ヴェラクルスへ着く前にあなたは彼奴きゃつと会うことが出来そうですよ。」
薔薇の女 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
たったいま耳食じしょくの昔話が織り込まれているのであり、何物でも一度彼奴きゃつの耳に入ったら助かりません——あの踊りだってそうです、無雑作のうちに、どこか節律があるんでしてね。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「なるほど、彼奴きゃつにはかられた。まだ遠く逃げ延びもしまい、追いかけよう」
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
斯うなればあとは簡単さ、みどりさんを縛ったままにして置けば、彼奴きゃつはまだ自分の罪の暴露した事に気付かず、堂々とロビイで連絡を取るに違いない、——そう思った事が図星に当った。
亡霊ホテル (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
俺とか君とか鈴木とか、おもてに出てしまった人間なんて、チットも恐ろしくない。これからは顔の知られない奴だって。彼奴きゃつ等だって、ちァんと俺たちの運動の方向をつかんだ云い方をするよ。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
彼奴きゃつ、椅子にゆわえつけられていました。この白いのが……」と、医務服の裾をつまんでみせ、「彼奴きゃつの式服です。わたくしがこれを着ていると、やはり侍従長ぐらいには見えるでしょう。 ...
「引き上げの朝、彼奴きゃつった時には、唾を吐きかけても飽き足らぬと思いました。何しろのめのめと我々の前へつらをさらした上に、御本望ほんもうを遂げられ、大慶の至りなどと云うのですからな。」
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ほんとうにあれが寄越よこしたんだ。わしは彼奴きゃつの筆跡はよく知っとる。
探偵戯曲 仮面の男 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
彼奴きゃつは六ヶ月前にスパルミエント大佐と称し、英国を旅行している中あの綴れ錦の壁布の発見されたことを聞いてそれを買い込むと、その中一等良いのを盗まれたと言ってルパンに世人の注意を向け
その幻妙不可思議な手法は無論ルキーンだけの秘密だけども、発見を一刻でも早めることが彼奴きゃつにとってこの上もない利益なのだからね。鳴らさねばならない理由はこれで立派に判ってたことになる。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
当時トウブチにいたオロシャの駐屯ちゅうとん部隊に、権判官はこちらから出向いて行った、当人は対等の儀礼をもって修好を申しこんだつもりではあったろうが、これが彼奴きゃつらめをつけあがらした第一の原因
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
彼奴きゃつ等の弾圧位びんびん弾き返すのである
(新字新仮名) / 今村恒夫(著)
私は顔中を眼にして、彼奴きゃつにらんだ。
牢獄の半日 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
「この上にも、一戦をも辞せぬなどとは、八ツ裂きにしても飽きたらぬ人非人。彼奴きゃつの首を見ぬうちは、この革胴かわどうを解いては寝ぬぞ」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
俺は彼に利用される振りをして、彼のかねを数万円使い棄てて見せたら、彼奴きゃつめ、驚いたと見えて、フッツリ来なくなってしまった。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おお陣十郎! おお彼奴きゃつか! ……弟子ながらも稀代の使い手、しかも悪剣『逆ノ車』の、創始者にして恐ろしい奴。……彼奴の悪剣を
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)