くず)” の例文
彼の思想は物置場であり、ユダヤ人の古物店であって、珍稀な器物、高価な布、鉄くず襤褸ぼろなどが、同じ室の中にうずたかく積まれていた。
硝子の窓から内部なかのぞいてみると、底にはふくよかな脱脂綿だっしめんしとねがあって、その上に茶っぽい硝子くずのようなものが散らばっている。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
のらに向かッて壁のようにたつ林の一面はすべてざわざわざわつき、細末の玉のくずを散らしたようにきらめきはしないがちらついていた。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
なぜ自分みたいなくずな人間を惜しんでいてくれるのだろうとよくそう思います……こんな事今までだれにもいいはしませんけれども。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
何だいべらぼうめ、女をこしらえちゃ悪いのかい、女をこしらえねえような奴は、人間のくずだい……というような悪口も聞え出す。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
新聞のきれくず、辞書類の開らきっぱなしになっているのや、糊壺のりつぼ、インキのしみ、弁当をたべた跡、——割箸わりばしを折って捨てたのや
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
机の上には大理石のくず、塩酸のびん、コップなどが置いてあった。蝋燭ろうそくの火も燃えていた。学士は手にしたコップをすこしかしげて見せた。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
『ぼろの切れくずならどんなことがあったって、嫌疑の種になる気づかいはない。そういったわけらしい、そういったわけらしい!』
「ふーッ、いい酒だ。これで暮すも一生だ。車力は出来ず、くずは買えず、——姉さん、死人焼しびとやきの人足の口はあるまいか、死骸しがいを焼く。」
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その親の恩のわからぬ連中は人間のくずです。「親の恩歯がぬけてから噛みしめる」で、若い時分にはそれがハッキリわかりません。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
その舞台裏のように荒涼とした部屋の、片隅の椅子いすに、一かたまりのボロくずみたいに、あわれに取り残されている若者があった。
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「どいつも、此奴も、ろくでもねえくずばかり。何だって、俺あ、あんな狐鼠狐鼠こそこそ野郎ときたねえ、血などめ合って、義兄弟になったんだろう」
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その男はかんなくずの上にながくなった。泳ぐように両腕を投げだし、胴体をよじ曲げていた。ふいの打撲で申し分なくへばってしまった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「温めて永い間生かしてやる。とりでのぼろくずをみんな持って来い、温めてふとらせてやる。貝ノ馬介が死んで生れて来たのだ。」
が輝きだすとガラスくずのような霜柱がかさかさと崩れて、黒土がべたべたとれていった。陽がその上にぎらぎらと映った。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
この簡単な答は、あたかも磁石じしゃくに吸われた鉄のくずのように、自分の口から少しの抵抗もなく、何らの自覚もなく釣り出された。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何が「私だって」だ。嘘も、いい加減にしろ。おまえは、いま、人間のくず、ということになっているのだぞ。知らないのか。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
誰にも明日の事は分かりませんが、さし当り雨だけはというので、男たちは屋根に上って修繕し、私どもは瀬戸物のくずをかき寄せるのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
かみさんたちは徳さんのことを男のくずだとののしり、かの袋の中身はきんどころか銀でも鉄でもなく、どぶ泥でも詰っているのだろうとわらった。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
卑弥呼は乱れた髪と衣に、乾草のくずをたからせて使部の後から石の坂道を登っていった。若者たちは左右に路を開いて彼女の顔をのぞいていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
一陣の颶風ぐふうはその長さ六十尺の帆桁をもわらくずのごとくに砕き、烈風はその高さ四百尺のマストをものごとくに折り曲げ
鍛冶かじ町に借家があるというのを見に行く。砂地であるのに、道普請に石灰くずを使うので、薄墨色の水が町を流れている。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
三倍五倍の利潤もうけで、金持や物好きな人間に売り付けるのだから、抜荷扱いは商人の風上にもおけねえ、くずのような人間だ
別に玉子の黄身二つと大匙二杯の砂糖を煉り混ぜて今の物を加えてカスターの通りに焼きます。これにはソーダビスケのくずを使ってもいいのです。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そうして薪の売主は、衆議院議員選挙権を有って居る、新聞位は読んで居る男である。売る葺萱ふきがやの中にくずをつめ込んでたばを多くする位は何でも無い。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
仕上げてしまうと、万事がうまくいったのに満足した。壁には手を加えたような様子が少しも見えなかった。床の上のくずはごく注意して拾い上げた。
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
しかし、それだけはそろっても、まだ毛糸のくずか何か、なんでもいい、赤い物の切れっぱしを手に入れなければならぬ。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
ただすもりがぼーっと霞んで見えなくなる。おや自分は泣いてるなと思って眼瞼まぶたを閉じてみると、しずくの玉がブリキくずに落ちたかしてぽとんという音がした。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
南京虫ナンキンむしのように船と船の間をせわしく縫っているランチ、寒々とざわめいている油煙やパンくずや腐った果物の浮いている何か特別な織物のような波……。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
二人位はくずもあります。その教育の方法は教師も付添人もその化身とされし子供に対して鄭重ていちょうに敬語を用います。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
どのビンせんなしには置かないし、開いたガラス瓶には必ず紙のふたをして置く。くずも床の上に散して置かないし、悪い臭いも出来るだけ散らさぬようにする。
その中には何んだかカンナくずのようなものが一ぱい詰まっているきりだったが、それがその女には綺麗きれいな花にでも見えているのかも知れないと思えるほど
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
銀のかごを国王から作ってもらい、その中に香木こうぼくくずで作った巣を入れ巣の中に黄金おうごんたまごを置いておきました。そして朝と晩とには必ず中をのぞいてみました。
夢の卵 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
そして、机の上にあったはがきに、かなりながいこと眼をこらしていたが、いきなりそれをとりあげると、両手でもみくちゃにし、くずかごの中に投げこんだ。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
これほど優しい心の殿下を持ちながら、この伯爵に至っては人間のくず、冷血爬虫類はちゅうるいのごとき存在であった。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
私はつと立って神前に額ずくと、そのまま下駄をはいて表へ出てしまった。パンくずが虫歯の洞穴の中で、ドンドンむれていってもいい。只口に味覚があればいいのだ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
楓は起って蒲簾をまけば、伊豆の夜叉王、五十余歳、烏帽子えぼし筒袖つつそで、小袴にて、のみつちとを持ち、木彫の仮面めんを打っている。ひざのあたりには木のくずなど取り散らしたり。
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
地面の形にもくずのようなものが出来ていて、一目見ただけでもふるい道でないことが判る。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
政吉 (陸へ飛びあがり)治平さん、何でえその恰好は、ああ眼えおがくずでもはいったか。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
タヌは昨夜ゆうべからの優しい夢がまだ醒めぬと見え、襤褸ぼろくずの巣の奥から、眼だけ出した二十日鼠はつかねずみのようなこの子供たちを、世にもいとしいものを見るような眼付きで眺めながら
そこらに散らばっているキラキラ光る爪のくずを、妙子がスカートのひざをつきながら一つ一つてのひらの中に拾い集めている有様をちらと見ただけで、又襖を締めたが、その一瞬間の
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
三人は、パンくずのまじった白砂糖を捨てずに皿に取っておくようになった。食い残したパンに味噌汁をかけないようにした。そして、露西亜人が来ると、それを皆に分けてやった。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
が、わたくしは、お富士さまといえば、いまでもかんなくず細工の、絵の具を塗り、中にひょうそくのあかりをともすあの燈籠をおもい出す。……そのあかりのいろの、赤あるいは青。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
以下、その老爺さんの生活の断片で、アンポンタンの眼にうつったヒルムのくずである。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
往来に面して鋳物工場があり、その奥の川っぷちに家があって、家へ行くには工場の横の、ズク(くず鉄)やコークスの積んである路地を通るのだが、工場を抜けて、行くこともできる。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
ところで、わしが投げ捨てたくずのひとつひとつに飛びつくやつらもたくさんいますし、しかもほんの身近にさえいる始末です。そしてそのうえ、わしは過労で病気になってしまいました。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
白堊はくあの小学校。土蔵作りの銀行。寺の屋根。そしてそこここ、西洋菓子の間に詰めてあるカンナくずめいて、緑色の植物が家々の間からえ出ている。ある家の裏には芭蕉ばしょうの葉が垂れている。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
泥人形のくずれるように同胞たちがバタバタ倒れ、吹きあげるコンクリートや煉瓦のくずと一緒くたに無数の脚だの首だの腕だのが舞いあがり、木も建物も何もない平な墓地になってしまう。
白痴 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
今日は不漁しけで代物が少なかったためか、店はもう小魚一匹残らず奇麗に片づいて、浅葱あさぎ鯉口こいぐちを着た若衆はセッセと盤台を洗っていると、小僧は爼板まないたの上の刺身のくずをペロペロつまみながら
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
うり浸して食いつゝ歯牙香しがこうと詩人の洒落しゃれる川原の夕涼み快きをも余所よそになし、いたずらにかきをからみし夕顔の暮れ残るを見ながら白檀びゃくだんの切りくず蚊遣かやりにきて是も余徳とありがたかるこそおかしけれ。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)