尻餅しりもち)” の例文
旧字:尻餠
婆さんもその物音に目をさましました。そして起きて戸を開けてみますと、吃驚びつくりして、思はずアッと言つて、尻餅しりもちくところでした。
竜宮の犬 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
夫人は大きな音を立てて尻餅しりもちをついたのだ。京子の左手を握ったまま。非常に滑稽こっけいな図であった。それ故に一層物凄く恐ろしかった。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「いつかの喧嘩けんかはきみの方が勝っている。それから僕が押したら尻餅しりもちをついたろう? 起きてかかってきた時、僕はやる決心だった」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その鼻先へ、とつぜん裸の少女がとびだして来て、わッと抱きつかれたものだから、その警官は、きもをつぶして、その場に尻餅しりもちをついた。
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
低い橇の構造だから梶棒を高く揚げると、乗った客はいくらか尻餅しりもちついた形になる。とは言え、この乗りにくい橇が私の旅の心を喜ばせた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ト思いながら文三が力無さそうに、とある桜の樹のもとに据え付けてあッたペンキ塗りの腰掛へ腰を掛ける、と云うよりはむし尻餅しりもちいた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
赤毛の犬はいきなり私を目がけて飛びかかってきたのである。私は自分の躯に赤犬がぶつかるのを感じ、はずそうとして思わずそこに尻餅しりもちをついた。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
『ア、ア、アッ、アッ!』と叫んで突起つったったかと思うと、又尻餅しりもちついじっと僕を見た時の顔色! 僕は母が気絶したのかと喫驚びっくりしてそば駈寄かけよりました。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
と云いながら権九郎はヒョロヒョロ立ち上がったが、肩の傷手いたでに堪えかねたものか、そのままドシンと尻餅しりもちをついた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
金三も不意を食ったせいか、いつもは滅多めったに負けた事のないのが、この時はべたりと尻餅しりもちをついた。しかもその尻餅の跡は百合の芽のすぐに近所だった。
百合 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一所懸命にすがり付いていた腕を引き抜かれて、ハズミをくらった私は、固い人造石の床の上にドタリと尻餅しりもちを突いた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
けれどもなかば以上は御米の落度おちどに違なかった。臍帯纏絡の変状は、御米が井戸端で滑って痛く尻餅しりもちいた五カ月前すでにみずかかもしたものと知れた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、がに股の吉、びっくりして、闇太郎に掴みかかるのを、突きとばして、尻餅しりもちをつく上へ、あびせかけるように
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
えゝ! 日本につぽんといふくには、をとこいて歩行あるところか、もうかなはぬこりやならぬ。ころさばころせ、とべツたり尻餅しりもち
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
尻餅しりもちついて驚くところを、狐憑きつねつきめ忌々いまいましい、と駄力だぢからばかりは近江おうみのおかね、顔は子供の福笑戯ふくわらいに眼をつけゆがめた多福面おかめのごとき房州出らしき下婢おさんの憤怒
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そこでコン吉は、まだ充分健康を回復していないせいもあり、かたがた突然の偉大な衝撃にあってにわかに立場を失い、堂とばかりに床の上に尻餅しりもちをついた。
尻餅しりもちをつかんばかりに、驚いた。人喰い川を、真白い全裸の少年が泳いでいる。いや、押し流されている。
乞食学生 (新字新仮名) / 太宰治(著)
てんびん棒が土塀にがたんとつきあたったと思うとかれははねかえされて豆腐おけもろとも尻餅しりもちをついた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
何とも名状めいじょうしがたい、一種の鳥の啼声なきごえのような叫び声を出して、その場に尻餅しりもちをついて倒れてしまった。
誰が何故彼を殺したか (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
と思ふ間に、庄吉がすべつてころんだので、せつかく後向きになつて舌を出したばかりの四人も、バタ/\と尻餅しりもちをついて、将棋だほしにころげてしまひました。
栗ひろひ週間 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
どうぞ命をと叫びながら四つ這いで出るを見て夫婦も尻餅しりもち、平素畜生を灰色坊主と呼んだ故、灰衣托鉢僧団の祖師フランシス大士が立腹と早合点で、地にひれふし
こらえ兼ねた印度人の米友、我を忘れて口上言いを力に任せて後ろへ引くと、口上言いは尻餅しりもちく。
あの大きなからだを三味線の上へ尻餅しりもち突いて、三味線のさおは折れる、清元の師匠はいい年して泣き出す、あの時の様子ったらなかったぜ、おらは今だに目に残ってる……だが
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
ええ、声を立てようにも声も立てられぬわい。(へたへたと尻餅しりもちを突く。)命の空気が脱け出てしまうような。どうぞ帰ってくれい。誰がお前を呼んだのか。帰れ帰れ。
大地の上に尻餅しりもちいた權助は、に飽きた金魚のやうに、口をモグ/\させ乍らも、あまりの事に聲も立て得ず、兩手の指を交る/″\に突き出して、前方に立塞がる
尻餅しりもちく様に、捨てる様に下ろす。下ろすのではない、荷が下りるのである。どすと云ふはづみに大切の水がぱつとこぼれる。下ろすのも厄介だが、また担ぎ上げるのが骨だ。
水汲み (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
まるで柔術やわらの乱取りのありさま、一人を中に起きたり倒れたり、誰が誰だかわからないが、景気のいいことこのうえない。なかにこすいやつは、ひとり勝手に尻餅しりもちをついて
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ある日大きい石棺を掘り当てて、豊富な宝物を予想しながらふたをあけると、中には色の白い美しい女が、まるで生きたままの姿で横たわっていた。その男は仰天して尻餅しりもちをついた。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
主公が芸人らに、「お前たちが自分で抜いただけは、何本でも持って帰っていから勝手に抜け」といった。男女の芸人が争って抜いた。中には筍がけると共に、尻餅しりもちくものもあった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その子はよろよろよろめいて、溝の中へ尻餅しりもちをついてワッと泣き出した。
三浦右衛門の最後 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
手拭を右の手に握り、甕から少しはなれた所に下駄を脱いで、下駄から直に大胯おおまたに片足を甕に踏み込む。あつ、と云いたい位。つゞいて一方の足も入れると、一気にどう尻餅しりもちく様にわる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
どたりと尻餅しりもちをついて、なお彼はどなった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
今太郎君が鱶に突かれて尻餅しりもちをついたのは、ちやうどそこにゐた海亀の背の上だつたのです。だから、海の底が動くと思つたわけです。
動く海底 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
すると、彼等のすぐうしろ、華美な絨毯じゅうたんの上に、大統領ルーズベルトの巨体が、ぶざまに尻餅しりもちをついている途方もない光景が眺められた。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そしてやがてどしんという音とともに、穴の底に尻餅しりもちをついたが、そのとき何者か、きゃっといってとびのいたものがある。
人造人間エフ氏 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そうしてこちらの水際みぎわへ、雲のような砂煙を舞い上げながら、どさりと大きな尻餅しりもちをついた。それは彼等の笑を買うべく、余りに壮厳すぎる滑稽であった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それと同時に「傷はももだ。生命いのちに別状は無い」と気が付きましたので、草の中に尻餅しりもちを突いたままワナワナとふるえる手で剣を抜いてズボンを切り開くと
死後の恋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今夜は笑うどころではない。命の欲しい者は用心じゃと云う文句が聖書にでもある格言のように胸に浮ぶ。坂道は暗い。滅多めったに下りるとすべって尻餅しりもちく。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
御馳走様ごちそうさま」とお光が運ぶ鮨の大皿を見ながら、ひょろついて尻餅しりもちをついて、長火鉢の横にぶっ坐った。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ぽかんとあがつて、二三人に、はずみで尻餅しりもちかせながらに、アハヽと笑うたばけものがござりまする。
雨ばけ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
霹靂へきれきの如くあなたが出現なさったので、それこそ、実感として「足もとから鳥が飛び立った」ような、くすぐったい、尻餅しりもちをついてみたい程の驚きを感じたのです。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼はまるで尻餅しりもちでもついたように、後ろ手を畳の上に落として、それで身をささえながら、妻籠から持って来たという記念のひな人形の話なぞをするお民の方をながめた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
さわやかな少年の声は道場の板の間を矢の如く走ると見ればあわれむべし、大兵の男は板の間も砕くる響きを立ててそこに尻餅しりもちをついて、鳥羽絵とばえにあるような恰好かっこうをして見せたので
尻餅しりもちをついて、からくも逃れた八五郎の上へ、のしかかってもう一と太刀来るのを
堀口生はたたかれてめんくらっていたところだったからもろくも尻餅しりもちをついた。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
先刻さっきから土間の入口に尻餅しりもちをついていた宿のお内儀は、この光景にやっと安心したものか、着物の泥を払って立ち上った。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それほど強く尻餅しりもちいたと見える。自分はしまったと思いながらもすぐ両足を前の方へ出した。ずるりと一尺ばかりら下げたが、まだどこへも届かない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
紅酸漿べにほおずきの様に血みどろの身体を、ヨタヨタと岸に這い上がろうとしては、又しても譲次の足蹴にあって、ドブリドブリと、血けむりを立てて、尻餅しりもちをついた。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そしてその恐しい鼻尖はなさきを、ごつんと潜水兜前面の硝子がらすにぶつつけましたから、今太郎君はわツと叫んで、どつかり尻餅しりもちをつき、めくら滅法に大ナイフを振廻しました。
動く海底 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
夕間暮ゆふまぐれなるまゆかげびんもつれたが、目鼻立めはなだちも判明はつきりした、容色きりやうのいゝのを一目ひとめると、あつ、と其處そこ飛脚ひきやく尻餅しりもちいたも道理だうりこそ。一昨年をとゝしくなつた女房にようばうであつた。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)