むら)” の例文
頭の中は急にむらがり集まる考えを整理するために激しく働き出した。葉子はひとりでに両手で髪の毛の上からこめかみの所を押えた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
見るとひとむら椿つばきの木かげに鵙屋家代々の墓が数基ならんでいるのであったが琴女の墓らしいものはそのあたりには見あたらなかった。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
だが、何と猿廻しの素早いことか、こんもり盛り上っている山査子さんざしむらの、丘のように高い裾を巡って、もう彼方むこうへ走っていた。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
田圃たんぼみづうみにならぬが不思議ふしぎで、どう/\とになつて、前途ゆくてに一むらやぶえる、それさかひにしておよそ二ちやうばかりのあひだまるかはぢや。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
萩のむらがつた中では蟲がひそかに鳴いてゐた。夜が更けてから二人は門を脱けて裏の土手の上へ出た。彼はそこの深い草の中へ坐り込んだ。
草の中 (旧字旧仮名) / 横光利一(著)
すると、北岸の一むらの林から、真っ白な水煙を蹴立って、乱軍の中をわき目もふらず直線に対岸へ上がって行った一隊がある。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかにも風のある朝らしい橙色の東空に鼠色雲がむらだっている空の見晴しや、山の手電車がしっきりなく来てそこから呑吐される無数の男女が
三月の第四日曜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
五株六株あるいは十株もむらをなしているときは、かの向日葵などと一様に、むしろ男性的の雄大な趣を示すものである。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
市九郎は、街道に沿うて生えている、一むらの丸葉柳の下に身を隠しながら、夫婦の近づくのを、おもむろに待っていた。
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
失戀の彼が苦しまぎれに渦卷の如く無暗に歩き𢌞つた練兵場は、曩日なうじつの雨で諸處水溜りが出來て、紅と白の苜蓿うまごやしの花が其處此處にむらをなして咲いて居た。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
失恋の彼が苦しまぎれに渦巻の如く無暗に歩き廻った練兵場は、曩日のうじつの雨で諸処水溜りが出来て、紅と白の苜蓿うまごやしの花が其処此処にむらをなして咲いて居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この道が眞直に一むらの木立で圍まれた小高い處に輝いてゐる光へと走つてゐる——一叢の木立は確かに樅らしい。
また植木屋だけに、狭い庭にこけ付きの風雅な石三つを伏せ、女竹のひとむら、石の根締めに石菖せきしょう、古木の梅におもとという配置もしっとりとおちついていた。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
二人は気味わる/\みちの中ばまで参ると、一むら茂る杉林の蔭より出てまいる者をすかして見れば、面部を包みたる二人のおのこ、いきなり源次郎の前へ立塞たちふさがり
この袋小路にははいって来る人もないので、名も知らぬ野生の灌木かんぼくむらや、ちょうどその季節に美しい花をつける紫丁香花むらさきはしどいやが、一面にはびこり繁っている。
それは横浜の街はずれの、四方を田に囲まれた、十四五軒一むらのうちの一軒だった。そしてその家へ引越した冬のある雪の降る朝、私に初めての弟が生まれた。
(新字新仮名) / 金子ふみ子(著)
それは、面白いくらい速い。寿女は、また、土にめりこんだ瀬戸物の真っ白いかけらへ呆んやりと眼をうつした。溝のきわの、ひとむらの痩せた草へ眼をうつした。
痀女抄録 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
鳥居甲斐守の叱咤の声に誘わるように、群衆の波の底から、一とむらの焔のように飛上った女があります。
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
頬には一束の毛がふさのようにむらがっている。ひげは白く太い。——しかしその獰猛どうもうさを一番に語っていそうなのは、しなやかな丸太棒とでもいいたいようなその四肢だった。
黒猫 (新字新仮名) / 島木健作(著)
これを結びたる天糸は、本磨き細手の八本りにて、玲瓏たる玉質、水晶の縄かとも見るを得べく、結び目の切り端の、処々しょしょに放射状を為すは、野蚕やさん背毛はいもうの一むらの如し。
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
足元からすこしだらだら下がりになりかやが一面に生え、尾花の末が日に光っている、萱原の先きが畑で、畑の先に背の低い林が一むら繁り、その林の上に遠い杉の小杜こもりが見え
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
紫や白の花がむらがって咲いていましたので、お母様が荷物を片附ける手を休めて、「まあ綺麗ですね」と、思わずおいいになると、お父様は、それ見ろとでもいいたそうに
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
すると今年の一月になってから、緑の糸のような葉がむらがって出た。水も遣らずに置いたのに、活気に満ちた、青々とした葉が叢がって出た。物の生ずる力は驚くべきものである。
サフラン (新字新仮名) / 森鴎外(著)
毛深き腋にすがり、むらまた叢をつたはりて濃き毛と氷層のあひだをくだれり 七三—七五
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
枝々のみねの中には、羊歯・蘭類がそれぞれ又一つの森のようにむらがり茂っている。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
小屋にはもう戸がないからだ。ひとむら蕁麻いらくさがひょろ長く伸びて、しきいをかくしている。で、にんじんが腹這いになってそれを眺めると、まるで森のようだ。細かいほこりが土をおおっている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
月がなくただ星あかりでしか見えない池の裏手の、萩芒はぎすすきの枯れむらの間をぬけて行った者がいた。かぶり物をしていたから顔はようは見られなかったがと、母御はそなたではなかったのかといった。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
三番目の木は一むら下生したばえの上に二百フィート近くも高く空中に聳え立っていた。巨人のような植物で、赤い幹は小屋ほどの大きさがあり、その周囲の広い樹蔭こかげでは歩兵一箇中隊でも演習が出来たろう。
日あたりの山のなぞへの鉾杉は葉のむら深し群れこもりつつ
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
人の肌膚はだへの豹の目はむらなす花にいりまじり
所々が灌木のむらにかくされている
赤倉 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
野菊むら東尋坊に咲きなだれ
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
蟹のように這ってあるいて、枯れた蘆やすすきのむらをくぐって、ともかく往来まで顔を出したが、彼はまた考えた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
うわごとに似たつぶやきと共に歩きだしてもいるのである。卯木もひきずられるように小道の横へ入っていた。一阿弥はそこの真ッ黄色な山吹のむらを見ると
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは横浜の街はずれの、四方を田に囲まれた、十四、五軒一むらのうちの一軒だった。そしてその家へ引越した冬のある雪の降る朝、私に初めての弟が生れた。
表へ向いた小屋の板戸が明いているので、津村はひとむらの野菊のすがれた垣根かきねの外にたたずみながら、見る間に二枚三枚といて行く娘のあざやかな手際てぎわを眺めた。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この辺は一面の大野原で、いわゆる御岳おんたけの大斜面、灌木のむら、林や森、諸所に大岩が立っている。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
自動車じどうしや引戻ひきもどし、ひらりとりるのに、わたしつゞくと、あめにぬれたくさむらに、やさしい浅黄あさぎけて、ゆら/\といたのは、手弱女たをやめ小指こゆびさきほどの折鶴をりづるせよう
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
やゝ黄ばんだならかしわの大木が処々に立つ外は、打開いた一面の高原霜早くして草皆枯れ、彼方あち此方こちひくむらをなすはぎはすがれて、馬の食い残した萩の実が触るとから/\おとを立てる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
じき下には、地方裁判所の樺色かばいろの瓦屋根があって、その先には道庁の赤煉瓦、その赤煉瓦を囲んで若芽をふいたばかりのポプラが土筆草つくしのようにむらがって細長く立っていた。それらの上には春の大空。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
虹かゝる岬のはてのむら松は小さく群れて目にさやかなり
ひとむらくすのわか黄金こがねいろ
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
地蔵さまの足もとから二間ほども離れたすすきむらのなかに馬士まご張りの煙管きせるの落ちていたのを発見したが、捜査の必要上、今まで秘密に付していたのであった。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
幾十日の風雪をしのいで、やっと揚子江ようすこうのほとりに出ていた。この日も雪は梨の花と散りまがい、見れば、江岸の枯れあしむらから、一ト筋の夕煙が揚っている。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下の渓川へ流れ落ちてい、崖の中途からむらの山吹の花が、清水の方へしなだれかゝっているのである。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
半分咲いている山吹のむら、三分通り咲いている躑躅つつじの叢、あっちにも此方こっちにも飛び散っていた。
奥さんの家出 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
松島の道では、鼓草たんぽぽをつむ道草をも、溝をまたいで越えたと思う。ここの水は、牡丹のむらのうしろを流れて、山の根に添って荒れた麦畑の前を行き、一方は、つのぐむあし、茅の芽の漂う水田であった。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
列並つらなみの山のくるしみ、ひとむら
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
見ると彼方に一むら椰子林やしりんがあった。一隊の兵と数りゅうの旗が、一輛の四輪車を押し出してくる。孟獲は悪夢の中でうなされたようにあッと叫んで引っ返しかけた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なるほど、そう云えば私達を囲んで、木間や藪の蔭や丘の上から黒雲のようにむらがって、蛇のような尻尾を頭の上へピンと押し立てた人猿どもが、私達へジリジリと迫って来た。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)