半纒はんてん)” の例文
はだかに半纒はんてんだけ一枚着てみんなの泳ぐのを見てゐる三十ばかりの男が、一ちゃう鉄梃かなてこをもって下流の方からさかのぼって来るのを見ました。
イギリス海岸 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
短い半纒はんてんに、逞しい下半身をあらわにした船頭は、巧みにを操りながら、その示すとおりに、すばやく舟をこぎまわすのであった。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
船頭の半纒はんてんや、客の羽織などを着せて、さすつたり叩いたり、いろ/\介抱に手を盡して居ると、何うやらかうやら元氣を持ち直します。
ピイーという雪風で、暑中にまいりましても砂をとばし、随分半纒はんてんでも着たいような日のある処で、恐ろしい寒い処へ泊りました。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
併し彼はその小頭の半纒はんてんを麗々しく着ていることが何かしら気恥ずかしいというように、田圃たんぼへ出る時と同じように首に手拭いを結んでいた。
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
おじいさんは、みじかい、綿わたのたくさんはいった、半纒はんてんていました。そして、おおきな眼鏡めがねうちからをみはって、若者わかものかおていましたが
幸福の鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
半纒はんてんを着た丈の高い労働者だった。彼はちょっと振りかえって見た。男も後を見た。そして「あほう……」と言った。酔っているらしかった。
雪の夜 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
お藤は、燃える眼を与吉の口もとに注いで、半纒はんてんの裾を土に踏むのもかまわず、とびつくようににじり寄っている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そう言われれば、六さんや由さんが半纒はんてんの裾になにかを丸めこんで、庭の奥へ入って行くのを見た記憶がある。
春の山 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
つげれば是さへ喜びて忽地たちまち心地は能く成けり忠兵衞たゞち結納ゆひなふそろへる中に其日は暮行くれゆ明日あすあさに品々を釣臺つりだい積登つみのぼせ我家の記章しるし染拔そめぬきたる大紋付の半纒はんてん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
亭主の李立は、あかじみた下郎げろう頭巾に、毛ムクじゃらな両腕ムキ出しの半纒はんてん一つ、薄暗い料理場の土間口に腰かけ、毛ずねの片方を膝に組んで、何かぼんやりしていたが
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ははさんと言ふは目の悪るい人だから心配をさせないやうに早く締つてくれればいが、わたしはこれでもあの人の半纒はんてんをば洗濯して、股引ももひきのほころびでも縫つて見たいと思つてゐるに
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
一人は四郎君のすぐ上の兄さんで早稻田大學、一人はその友人で農科大學の學生だと解つたが、三人とも古びた半纒はんてんを引つかけたまゝで下はから脛の、見るからに變な樣子であつた。
樹木とその葉:34 地震日記 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
えりに「湖畔亭」と染抜いた、古ぼけた半纒はんてんを着て、ひざの所のダブダブになったメリヤスの股引ももひきをはいているのですが、そのみすぼらしい風体に似げなく、顔を綺麗にっているのが
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
折から、裏門のくぐりを開けて、「どうも、わりいものが降りやした。」と鳶の頭清五郎がさしこの頭巾ずきん半纒はんてん手甲てっこうがけの火事装束かじしょうぞくで、町内を廻る第一番の雪見舞いにとやって来た。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
年は六十ばかり、肥満ふとった体躯からだの上に綿の多い半纒はんてんを着ているので肩からじきに太い頭が出て、幅の広い福々ふくぶくしい顔のまなじりが下がっている。それでどこかに気むずかしいところが見えている。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
馬子は辰蔵の胸ぐらを引っ掴んで小突きまわすと、辰蔵も半纒はんてんをぬいで起ち上がった。そばに十四五の少女がぼんやり突っ立っているが、相手の権幕が激しいので取り鎮めるすべもないらしい。
半七捕物帳:15 鷹のゆくえ (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
濠端ほりばた半纒はんてんひとりペンキ壺さげて過ぎゆく。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
三十七八——無精ひげに顏半分を包んだやうな、洗ひざらしの半纒はんてん一枚の與八は、何も彼もベラベラとしやべつてしまひさうです。
九月にはいって、夕刻になると風はもう肌に寒かったが、彼は木綿縞の色のせた半纒はんてん股引ももひき、古い草履ばきで、少し背中がかがんでいた。
榎物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その人は線路工夫の半纒はんてんを着て、つばの広い麦藁むぎわら帽を、上のたなに載せながら、誰にふとなく大きな声でさう言ってゐたのです。
化物丁場 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
「なんだね? 清次郎せいじろう氏。おめえ、半纒はんてんさまで禿頭はげあたまとしたのかね? 禿頭なら、その頭だけで沢山なようなもんだが……」
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
くるまうえから、ちたものは、勘太かんたじいさんの会社かいしゃるときまでにつけていた、半纒はんてん股引ももひきと帽子ぼうしでありました。
なつかしまれた人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
甚「の肉を食うと綿衣どてら一枚いちめえ違うというから半纒はんてんを質に置いてしまったが、オウ、滅法寒くなったから当てにゃアならねえぜ、本当に冗談じゃアねえ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
男がいだけの腰抜け侍とてんから呑んでいるつづみの与吉、するりとぬいだ甲斐絹かいきうらの半纒はんてん投網とあみのようにかぶらせて、物をもいわずに組みついたのだった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
正徳三年十二月十八日 百姓ていの女の死骸しがい年三十七八歳位衣類いるゐ木綿もめん手織縞布子ておりじまぬのこ木綿じゆばん半纒はんてん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
はゝさんとふはるいひとだから心配しんぱいをさせないやうにはやしまつてくれゝばいが、わたしはこれでもひと半纒はんてんをば洗濯せんたくして、股引もゝひきのほころびでもつてたいとおもつてるに
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その前に、しるしも何も分らない半纒はんてんを着て、ところどころ切れてすねの出ている股引ももひきをはいた、赤黒い顔の男が立っていた。よごれた手拭てぬぐいを首にかけていた。龍介は今度は道をかえて、にぎやかな通りへ出た。
雪の夜 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
筒袖かとも思われるような袂のせまいあわせの上に、手織りじまのような綿入れの袖無し半纒はんてんをきて、片褄かたづま端折はしょって藁草履をはいているが、その草履の音がいやにびしゃびしゃと響くということであった。
半七捕物帳:30 あま酒売 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
黒衿くろえりを掛けた半纒はんてん、紫色の地に絞りで大きく紅葉もみじの飛び模様を染めた、——をひっかけ、口紅はつけず、うす化粧をしていた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
どんなに眠かつたか、素肌の上に半纒はんてん一枚羽織つて、胸毛むなげと一緒に、掛守りと、犢鼻褌ふんどしが、だらしもなくはみ出します。
いやうでない、雪は催して居てもなか/\降らぬから、雪催しでちっと寒いが、降らぬうちに早く行って来よう、何を出してくんな、綿の沢山はいった半纒はんてん
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
くちには、いいながら、おじいさんは、自分じぶんている半纒はんてんや、よごれてつちなどのついている股引ももひきをながら、すぐにかえろうとはいわずにちゅうちょしていました。
なつかしまれた人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
上着のような半纒はんてんのようなへんなものを着て、だいいち足が、ひどくまがって山羊やぎのよう、ことにそのあしさきときたら、ごはんをもるへらのかたちだったのです。
どんぐりと山猫 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
馬が少し早くなると(早くするのだ)逃亡者はでんぐり返って、そのまま石ころだらけの山途やまみちを引きずられた。半纒はんてんが破れて、額やほおから血が出ていた。その血が土にまみれて、どす黒くなっている。
人を殺す犬 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
若い坑夫は半纒はんてんいで青の頭から引っかぶせた。
狂馬 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
しまあわせ半纒はんてん、三尺帯をきちっとしめている、痩せてほおのこけた顔は、寒さのためか蒼白くこわばり、唇も紫色になっていた。
源蔵ヶ原 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
部屋造りの洒落れた割合に、雇人の寢具や着物などが散らばしてあり、半纒はんてんも帶も、投出したまゝ淺ましい限りです。
丈「なんだかねえ、此間こないだ大工の棟梁にどうも今度の家根屋やねやはよくないと云ったから、大方それで来たのだろう、どんななりをして来たえ、半纒はんてんでも着て来たかえ」
おじいさんは、あたらしい着物きものにきかえて、自分じぶんのいままでにつけていた半纒はんてんや、股引ももひきや、やぶれた帽子ぼうしをひとまとめにして、そばにあった、貨物自動車かもつじどうしゃうえせておきました。
なつかしまれた人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
貧相なしなびたようなとしよりで、継ぎはぎだらけのあかじみた半纒はんてんに、繩の帯を巻き、干からびて骨ばかりのすねは、ぶざまに外側へ曲っていた。
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
半纒はんてんを冠つた澤庵石も、それつきりで市が榮えるかと思つた頃、八五郎の『大變』が旋風つむじに乘つて飛んで來たのです。
四年已前あと死去なくなりまして、子供もなし、寡婦暮やもめぐらしで、只今はお屋敷やお寺方の仕事をいたして居りますので、お召縮緬めしちりめん半纒はんてんなどを着まして、芝居などへまいりますと
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
幹太郎が振返ってみると、古い蛇ノ目傘をさした娘と、頭から半纒はんてんをかぶった男との二人づれで、それを見るなり、子供がまた幹太郎に云った。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
八五郎に小突かれながら來るのは、二十三四のめくらじま半纒はんてんを着た、小柄で、色の黒い、小商人あきんど風の男でした。
金「何か上げなよ、失礼だが半纒はんてんを、誠に失礼で御立腹か知らんが襦袢じゅばんなども上げなよ」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
年はどちらも三十四五であろう、二人とも黒っぽい紬縞つむぎじま素袷すあわせを着、痩せた男のほうは唐桟縞とうざんじま半纒はんてんをはおっていた。
ひとでなし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
身動きも出來ないといはれた重病の老人が寢卷の上に半纒はんてんを引つかけて、思ひのほかシヤンとしてをります。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
なり結城ゆうき藍微塵あいみじん唐桟とうざん西川縞にしかわじま半纒はんてんに、八丈のとおえりの掛ったのを着て門口かどぐちに立ち。
男は三十がらみで、木綿縞のあわせ半纒はんてんを重ね、尻端折りで、股引ももひきに麻裏をはいていた。彼は、「この座敷か」と老人に慥かめてから、縁先へあゆみ寄った。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)