さしまね)” の例文
彼は、有王が泣き止むのを待って、有王の右の手をつかんで、妻をさしまねくと、有王をぐんぐん引張りながら、自分の小屋へ連れて帰った。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
(右手を挙げてさしまねく。)あ、やうやう聞こえたさうな。やれ、うれしや。なう、喃、菊枝どのいのう。早う、早う、菊枝どのいのう。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
平安軍を引いて突至し、燕兵千余を殺しゝも、王歩軍ほぐんさしまねいて縦撃しょうげきし、その陣を横貫し、断って二となしゝかば、南軍ついに乱れたり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「これはどうもうっかりしておりまして、飛んだ不調法をいたしました」とトウリァ君にさしまねかれて、村長も面食らって飛んできた。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
縄なくて十重とえくくとりこは、捕われたるを誇顔ほこりがおに、さしまねけば来り、ゆびさせば走るを、他意なしとのみ弄びたるに、奇麗な葉を裏返せば毛虫がいる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
乗り合いは思わず手をちて、車もうごくばかりに喝采かっさいせり。奴は凱歌かちどきの喇叭を吹き鳴らして、おくれたる人力車をさしまねきつつ、踏み段の上に躍れり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼が一生は、教唆者にあらず、率先者なり。夢想者に非ず、実行者なり。彼は未だかつて背後より人を煽動せず、彼はつねに前に立ってこれをさしまねけり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
思へば悟道ごだうの末も稍〻やゝ頼もしく、風白む窓に、傾く月をさしまねきてひやゝかに打笑うちゑめる顏は、天晴あつぱれ大道心者だいだうしんしやに成りすましたり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
下女が返事をする前に、ガラッ八を目でさしまねいた平次は、畳屋との境になっている黒板塀の方へ近づきました。
やさしくさしまねいているのは、官兵衛孝高である。将監の従者は、主人のうしろからおそるおそる進んで、背にひもで十文字に負って来た幼い者を解いて下ろした。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一手二手ひとてふたてでも其水泳に熟達しているのが見えたので竜次郎は安心して、「兎に角此方へ……」と、さしまねいた。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
挙げてさしまねかるることもあらば返すにこまなきわれは何と答えんかと予審廷へ出る心構えわざと燭台しょくだい遠退とおのけて顔を見られぬが一の手と逆茂木さかもぎ製造のほどもなくさらさらときぬの音
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
この時の会は出席者が少く、二十人ばかりの人数がもうテーブルに就いてゐたが、小山内氏は私を見るとニヤニヤしながらさしまねいて「此処へ来給へ」と自分の隣りの席を指した。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
兵馬を、さしまねいた仏頂寺弥助の気色きしょくなんとなく穏かならず、どういう料簡りょうけんか、近づく兵馬を尻目にかけて、腰なる刀を抜いて青眼に構えたのは、意外でもあり、物騒千万でもある。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
また笑顏になつた京子は、ます/\尻込みしようとするお駒を、れた二重腮ふたへあごさしまねいた。道臣とそれから次の室の襖に半分顏を現はした定吉とは、冷水でも浴せられたやうなさまをした。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
一通ひとゝほりの挨拶あいさつをはつてのち夫人ふじん愛兒あいじさしまねくと、まねかれてをくするいろもなくわたくし膝許ひざもとちかすゝつた少年せうねん年齡としは八さい日出雄ひでをよし清楚さつぱりとした水兵すいへいふう洋服ようふく姿すがたで、かみ房々ふさ/″\とした
と安子夫人がスリッパを薦める間に、お里はもう揚げ板を上げて清君をさしまねいた。
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
此方こなたの姿を見るより子爵は縁先に出でてさしまねきつつ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「御覧なさい。」と、三人の客をさしまねいた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「じゃ、俺達は一足先に行くぜ」忠次は選まれた三人を、さしまねくと、みんなに最後の会釈をしながら、頂上の方へぐんぐんと上りかけた。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
とアーチのところにたたずんでいる私を、さしまねきました。初めてテラスに上っていって、私はこの紳士に挨拶あいさつをしたのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
小声で、信長は、さしまねいていた。はッと、寄って行くと、着ている被衣かずきを彼の顔へよせて、何やらささやいていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
王曰く、勝負しょうはいは常事のみ、日中を過ぎずして必ず諸君のために敵を破らんと。すなわち精鋭数千をさしまねいて敵の左翼に突入す。王の子高煦こうこう、張玉等の軍を率いてひとしく進む。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
いたずらにこの境遇を拈出ねんしゅつするのは、あえ市井しせい銅臭児どうしゅうじ鬼嚇きかくして、好んで高く標置ひょうちするがためではない。ただ這裏しゃり福音ふくいんを述べて、縁ある衆生しゅじょうさしまねくのみである。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
手を挙げて、二三度つづけざまにさしまねくと、あとの二人もひらひらと、高く手巾ハンケチるのが見えた。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
伯父伯爵がさしまねくと、美しいローンを、小兎のように飛んで来て、二人の前へ立ち止ります。
死の予告 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
と、自分のうしろに、二三歩離れて謹直な恰好かっこうをして突っ立っている夫の仙太郎をさしまねいた。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かう云つて書生は、群集をさしまねきながら
饒舌 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
と言った団さんは田鶴子さんをさしまねいた。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
お徳はわが子を縁側の方へさしまねく。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ふと、その方を見ると、スラリとした長身に、学校の制服を着けた青年が、丘の麓を見下しながら、誰かをさしまねいてゐる所だつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
角兵衛にさしまねかれて、小次郎は彼の前にひざまずいた。人材を愛し、士を遇することに厚かったこの時代では、一応、謁見をうける者からそういう礼はるが、すぐ忠利の方でも
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
盛庸等海舟かいしゅうに兵を列せるも、皆おおいに驚きおどろく。燕王諸将をさしまねき、鼓譟こそうして先登せんとうす。庸の師ついえ、海舟皆其の得るところとなる。鎮江ちんこうの守将童俊どうしゅんす能わざるを覚りて燕に降る。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
天下の羣小ぐんしょうさしまねいで、いたずらにタイモンのいきどおりを招くよりは、らんを九えんき、けいを百けいえて、ひとりそのうち起臥きがする方が遥かに得策である。余は公平と云い無私むしと云う。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こはそも華族の御身おんみとして、かったいものの屠犬児に、直接じきじき御面会おあいは心得ずと、矢島は思えど、主命なれば、きたれ、とかれさしまねきて、庭口より露地へ廻れば、夫人は縁側にしとねを移して
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と仲人をさしまねいた。
女婿 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ふと、その方を見ると、スラリとした長身に、学校の制服を着けた青年が、丘の麓を見下しながら、誰かをさしまねいている所だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
来らざるものは和楽わらくの扇にさしまねく風をいとうて、寒き雪空におもむ鳧雁ふがんるいである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「あい。」と云いしが眗して、土間より立ったる半纏着の壮佼わかものさしまね
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小次郎は、鉄扇をもって、彼らのかしらさしまね
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同伴の登山者が、わづか一町か二町か、離れてゐるのなら、さしまねいてやることも出来れば、声を出して呼んでやることも出来た。が、二十町も三十町も離れてゐれば、うすることも出来ない。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
近頃は作者夥間なかまも、ひとりぎめに偉くなって、割前の宴会のみかいの座敷でなく、我が家の大広間で、脇息きょうそくと名づくる殿様道具のおしまずきって、近う……などと、若い人たちをあごさしまね剽軽者ひょうきんものさえあると聞く。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
同伴の登山者が、わずか一町か二町か、離れているのなら、さしまねいてやることも出来れば、声を出して呼んでやることも出来た。が、二十町も三十町も離れていれば、何うすることも出来ない。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)