こだま)” の例文
を三唱すると、その声は遍く洞内に響き渡って、こだまはさながら月がこの一隊を祝するように、「月世界探検隊万歳※」と唱え返した。
月世界跋渉記 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
ひさしぶりで、うしてかせたまゝ、りの小間使こまづかひさへとほざけて、ハタとひらきとざしたおとが、こだまするまでひゞいたのであつた。
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
この自然と伽藍がらんって、何を考え、何を志向していたか、当時の彼らの生態なりわいやら生きこだまがそこはかとなく心に響いてくることだった。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
江戸演劇に用ひらるる鳴物はひとり三絃の合方のみにとどまらず本釣鐘ほんつりがねときの鐘、波の音、風の音、雨車あまぐるまの如きを初めとし、こだまきぬた虫笛むしぶえ
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
学者らしく又先生らしい心持の勘には、今日のジャーナリズムの相当荒っぽい物音がそのまま疑問もなくこだますることは無さそうに思える。
生態の流行 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
グラウンドには、真新らしいユニホームの大学の選手たちが、快音をこだまするシート・ノックの白球を追って、きびきびと走り廻っている。
昼の花火 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
しづかに彼の耳に聞えてきたのは、それはこだまになつた彼の叫声であつたのか、または遠くで、母がその母を呼んでゐる叫声であつたのか。
測量船 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
が、その時賑かな笑い声が、静な谷間にこだましながら、きと彼の耳にはいった。彼は我知らず足を止めて、声のする方を振り返った。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
だが、殿さまが——と、まン中にいる彼が弱々しく反駁する。すると、まるでこだまするように反問するものがある——殿とは何だ?
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
つきすると、木々きぎこずえ青葉あおばつつまれ、えだえだかさなりって、小鳥ことりもりこだまこして、うえはならすくらいに、うたしました。
と責めつけられても百姓は生命いのちより金の方が欲しいと見えて、「盗賊どろぼう々々」と云う声がこだまに響きますが、たれあっても助ける者はありません。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
てついた道に私たちの下駄を踏み鳴らす音が、両側の大戸をめきった土蔵造りの建物にカランコロンとびっくりするようなこだまかえした。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ただ下の方からドニェープルの騒音がぼんやり聞えるのと、束の間づつ喚び醒まされる波の音が次ぎ次ぎに三方からこだまして来るばかりである。
その音が遠くこだまして聞えて来る。場所が三井寺だけに、秋天の下にひろがる大湖を背景にして、谺も遠きに及ぶのであろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
一人の婦人が、ゾッとした様に呟くと、それが、奇妙なこだまとなって、耳から耳へと伝わって行った。男達でさえ、ふと身内が寒くなるのを感じた。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
薄暗い穹窿きゆうりゆうもとに蝋燭の火と薫香の煙と白と黄金きんの僧衣の光とが神秘な色を呈して入交いりまじり、静かな読経どくきやうの声が洞窟の奥にこだまする微風そよかぜの様に吹いて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
樫鳥かしどりや、木つつきや、島じゅうを木づたい鳴きかわす鳥のなかでひよどりの声がことによくこだまにひびく。なに鳥か大杉の梢で玉のを投げるように鳴く。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
真鍮の金属性の音はいたずらに静かな大空にひびいて、荒野のあなたにこだましていた。ラザルスは海路を行った。
一度にわかにすさまじく湧き起った響が四山へ轟きわたって、そのこだま少時しばらくの間あたりにどよめいている。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
ドンと爆音が耳にこだましたと同時に庭前へ飛びだして西の空を望むと、むくむく灰色の大噴煙の団塊が、火口から盛り上がるのを見るのである。それから一秒、二秒。
わが童心 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
その声とともに、勝則の左頬に鳴った、平手打ちのはげしい音が、深夜の空気に、しいんと、こだました。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
そうして、ふと触れる路傍の小石の一つ一つに、その杖は、忘れられた過去の日の、思いがけない音色と陰翳いんえいとを捉えるのだ。杖の音ははねかえって、八方にこだまする。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
やがてえいも十二分にまはりけん、照射ともしが膝を枕にして、前後も知らず高鼾たかいびき霎時しばしこだまに響きけり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
一人おいて向こうに寐ているはずの悟空ごくういびき山谷さんこくこだまするばかりで、そのたびに頭上の木の葉の露がパラパラと落ちてくる。夏とはいえ山の夜気はさすがにうすら寒い。
嘆き合っているとき、突如、夜陰の空にこだまして、ピョウピョウと法螺ほらがひびき伝わった。
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
いつも運動場の南の隅からき起こる生徒の叫びをこだましている、薄気味の悪い教室だった。
錯覚の拷問室 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
明治時代をしのばせる旧式な洋館であったせいか、廊下の足音が高い天井にこだまするような感じの、がらんとした、化物屋敷じみた病院で、妙子は一歩を中にみ入れた最初の瞬間に
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
呼べばこだまは返せども、雲はゆうにして彼はこたへず。歯咬はがみして貫一は後を追ひぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私から少し離れたところに童子どうじがゐてしきりにこだまおこしてゐる。童子が、ハルロー! といふと、それが五つも六つものこだまになつてはるかの方に消える。童子が、イイヤー、ホホー! といふ。
イーサル川 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
左の方に目を転ずると、早崎はやさきの瀬戸から天草灘へかけ、大小幾多の島々の影が海天一色かいてんいっしきの間に、次第に融け込んで行く。日ぐらしのコーラスが谷にこだまして一斉にその日の最後の礼讃らいさんを捧げる。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
僕の声はそこらの森にこだまするばかりで、どこからも答える者はなかった。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
海面にこだまして汽笛が物憂げに鳴り響き、今や雨のごとくに降りしきるテープとハンカチの波の向うに、この時突然太子とシャアとの姿がボート甲板デッキいささか船首バウ寄りのこっちに現れたのであった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
併し、夫のさうするままに、彼の妻も声を合せて犬の名を呼んだ。その甲高い声が丘にこだました。七八度も呼ばれると、重い鎖の音がして、犬どもは、二疋とも同時に、いかにものつそりと現はれた。
その時、沼のあなたに当って、こだまを返す一つの呼び声がありました
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こだまが谺を生んで空に消えてゆきました。
動物列車 (旧字旧仮名) / 桜間中庸(著)
生きる音遥かに遥かこだまする
鶴彬全川柳 (新字旧仮名) / 鶴彬(著)
久しぶりで、うして火を置かせたまゝ、気に入りの小間使さへ遠ざけて、ハタとひらきとざした音が、こだまするまで響いたのであつた。
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
きのうまでは、のみ手斧ちょうなの音が屋敷うちにこだましていたが、今日はまたふすまの張りかえやら御簾職人などが、各部屋ごとに立ち働いている。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
益々あますところなく当時のロマンティックな文学の潮流にこだましながら、その流れのなかでも、まことに際だった一筋の赤い糸となって行った。
婦人と文学 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
向う山では鹽原角右衞門が山賊を打とめ、旅人を助けんと家来と知らず鉄砲の狙いを定めて、ガチリッと引金を引く拍子に、どうんとこだまへ響いて
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ところが、ほとんどそれと同時に、第三の異様な物音が、まるで、今石膏の割れた音のこだまの様に、人々の耳をうった。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
吠える音はよほど近よっていたが、まだ方角は分らなかった。灰色のうす明りは灰色の野山をけじめもなく包んでいた。それから、声はこだまするように友を呼んだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
一歩々々と久遠寺くおんじの七堂伽藍どうがらんが近づくに随い、ドンドンドドンコ、ドドンコドンと、一貫三百どうでもよいのあのあやに畏こい法蓮華囃子ほうれんげばやしが、谷々にこだましながら伝わりました。
葡萄蔓えびかづらかとも見ゆる髪の中には、いたいけな四十雀しじふからが何羽とも知れず巣食うて居つた。まいて手足はさながら深山みやまの松檜にまがうて、足音は七つの谷々にもこだまするばかりでおぢやる。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そういう水田に雁鴨その他の鳥が何か求食あさりに下りる。それを目がけてしきりに鉄砲を撃つ。蕭条たる冬の里には日々何事もなく、ただ水田にこだまする鉄砲の音が聞えるのみだというのであろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
声は暗い海に呑まれて、なんのこだまもかえっては来なかった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
のびらかに牛のこゑこだましよばふ
朝菜集 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
そして、彼方の闇が、おうっと、こだまをなすのを耳に、彼自身も太刀のこじりをねあげて、もとの城戸口の方へ駈けもどっていた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
立淀たちよどんだ織次の耳には、それが二股から遠く伝わる、もののこだまのように聞えた。織次の祖母おおばは、見世物のその侏儒いっすんぼしおんなを教えて
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
山道にはうらうらと陽炎かげろうがゆらぎ、若葉の薫りはむせ返る様。谷間にこだまする冴え返った小鳥の声も楽しかった。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)