蓑笠みのかさ)” の例文
妙義みょうぎの山も西に見えない。赤城あかぎ榛名はるなも東北に陰っている。蓑笠みのかさの人が桑をになって忙がしそうに通る、馬が桑を重そうに積んでゆく。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
神は眼に見ることが出来ないから、この蓑笠みのかさを着て永い間、田の番をしてくれたものを、その代表者のつもりで歓待をするのであろう。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
たきくつがへすやうで小留をやみもなくうちながらみんな蓑笠みのかさしのいだくらゐ茅葺かやぶきつくろひをすることは扨置さておいて、おもてもあけられず、うちからうち隣同士となりどうし
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
穏かでないのは、これが城下の人ではなく、蓑笠みのかさをつけ得物えものを取った、百姓一揆いっきとも見れば見られぬこともない人々であります。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この時になって初めてその服装みなりを見ると、依然として先刻さっきの鼠の衣だったが、例の土間のところへ来ると、そこには蓑笠みのかさが揃えてあった。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そのゆうべ、渡良瀬川の芦荻ろてきの中に小舟をひそめて、彼は身をつつむ蓑笠みのかさに、やがて、じっとり降りてくる晩春のおもたい夜を待っていた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
豊雄はそのあとで、そこの主人の蓑笠みのかさを借りて家へ帰ったが、女のおもかげが忘られないので、そればかり考えているとその夜の夢に女の許へ往った。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
寄宿している伝右衛門の家の若い妻が、今夜は雪になりますよ、と云ったので、厚く着重ねた上から蓑笠みのかさを衣ていた。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
蓑笠みのかさ」という対句ついくは、丁度「梅にうぐいす」の如くほとんどつきものとして日本ではしばしば歌にさえよまれたが、この言葉も既に早く支那にあったことが分る。
蓑のこと (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
日がな一日降りしきる強雨の中で、蓑笠みのかさを着た数百人の人夫が山から大木をり出す音だけでも周囲に響き渡った。そこには砲座を定めて木の幹をたたむものがある。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
此ふゞきは不意ふいにあるものゆゑ、晴天せいてんといへども冬の他行たぎやうには必蓑笠みのかさを用ること我国の常なり。
めぐみのほどを六〇指戴さしいただきて帰りなんとて、傘とりて出づるを、六一見送りつも、あるじが蓑笠みのかさかりて家に帰りしかど、なほおもかげ六二露忘れがたく、しばしまどろむあかつきの夢に
陣笠をあおむけたような葉がま夏の日光をたたえかねてゆらゆらとゆれている。巻葉も美しい。雨の日はもっとよい。雨あしのすきまなくみえるのも、蓑笠みのかさの人などゆくのも。
妹の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
もとより貧しき身なれども、母の好みにまかせ、朝夕あさゆふの食事をととのへすすむといへ共このたけのこはこまりはてけるが、(中略)蓑笠みのかさひきかづき、二三丁ほどあるところの、藪を心当こころあてゆきける。
案頭の書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
こもりあそばされた護良親王様もりながしんのうさまを、まず第一に落し参らせ、つづいて将卒を落しやり、火かくる者一人をとどめ置き、舎弟の七郎正季まさすえや、和田正遠等を従えて、自身も蓑笠みのかさに身をやつし
赤坂城の謀略 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
水をひたひたとたたえた向河岸の石垣の際に、こんもりと雪の積もった処々を引っいて木肌の出たいかだが乗り捨ててあり、乗手と見える蓑笠みのかさの人間が、稲荷いなりの垣根の近くで焚火をしている。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
新世帯の床の間に行脚あんぎゃ蓑笠みのかさに添へて安置したるは汝が一世のこうなるべし。
土達磨を毀つ辞 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
人の騒ぎ罵る声は、いよいよ喧しくなりました。思うに蓑笠みのかさを着けた幾多の百姓連が、得物えものを携えて出水出水の警戒に当るらしくあります。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
起きて身支度をすると、いつの間に用意してくれたのか、蓑笠みのかさのほかに新しい草鞋までも取揃えてあった。腰弁当の握り飯もこしらえてあった。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
白い光のしまが、ななめに天地をかすめている、遠くからながめると、飛んでくる白鷺しらさぎとも見える二つの蓑笠みのかさをかぶった者が
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その折記念に遺して去った蓑笠みのかさは鬼ノ宮に、鍬は藤田という家に伝わっているそうだが、藤田は多分弥十郎の末ですなわち草分くさわけの家であったろう。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「男らしくもない、そんな事を言って梅雨期つゆどきはどうします、まさか蓑笠みのかさを着て坐ってやしまい。」
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
旦那寺だんなでらなれば北高和尚をむかへてくわんをいだし、親族しんぞくはさら也人々蓑笠みのかさに雪をしのぎておくりゆく。
前に記した如く、よく用いられるのは「蓑笠みのかさ」の言葉で、もとより蓑と笠と二つのものを示した言葉だが、いつも共に用いてつきものである。「蓑になり笠になり」などということわざもある。
蓑のこと (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
禰宜ねぎの家の近くまで山道を降りたところで、半蔵は山家風なかるさん姿の男にあった。からかさをさして、そこまで迎えに来た禰宜の子息むすこだ。その辺には蓑笠みのかさで雨をいとわず往来ゆききする村の人たちもある。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
明くる朝まだ暗いうちに、伊兵衛は古い蓑笠みのかさを借り、釣り竿と魚籠びくを持って宿を出た。城下町のほうへ三丁ばかりいったところに、間馬川という川があり、この近所でのあゆの釣り場といわれていた。
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
豆腐屋蓑笠みのかさにて庭の木戸より入り来る。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
すなわち遠くはあの書物の編述せられた時代にもすでに近頃の人がカガシを以て蓑笠みのかさの人形のことと解するのと、同一の誤りがあったらしいのである。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
もちろん濡れる覚悟であったから、客も船頭も蓑笠みのかさをつけていたが、雨がやんだらしいので隠居は笠をぬいだ。笠の下には手ぬぐいで頬かむりをしていた。
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
蓑笠みのかさの人だの、荷駄馬だの、そろそろ道ばかりでなく時代も風俗も、武蔵の頃にさかのぼって行くような気持になる。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此ふゞきは不意ふいにあるものゆゑ、晴天せいてんといへども冬の他行たぎやうには必蓑笠みのかさを用ること我国の常なり。
あの男は相当に名を成した時分にも、書画会へ出るには出ましたがね、雨の降る時などは蓑笠みのかさで、ハイ葛飾の百姓がまいりましたよ、といって末席でコクメイに描いていたものです。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あわやと思って自分は起き出し、まず窓から見ると、会津家あいづけ参内さんだいの様子である。そのうち自分は町の空に出て見て、火事装束かじしょうぞくの着込みに蓑笠みのかさまで用意した一隊が自分の眼前を通り過ぐるのを目撃した。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あれから道もない和気郷わけごうの山奥へ分け入り、きのうの雷雨の頃は、蓑笠みのかさ着て、津山川の下流しもをいそいでいた。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蓑笠みのかさの人が桑をになって忙がしそうに通る、馬が桑を重そうに積んでゆく。その桑はむしろにつつんであるが、柔かそうな青い葉はゆでられたようにぐったりと湿れている。
磯部の若葉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
旦那寺だんなでらなれば北高和尚をむかへてくわんをいだし、親族しんぞくはさら也人々蓑笠みのかさに雪をしのぎておくりゆく。
蓑笠みのかさをつけて、数人の男をつれて山の中へ入り込んで、一草を見るごとに、必ずそれを取ってめて、良いか悪いかを見分けて、その場所へいちいち目じるしを立てておいたものだ。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
雨合羽あまがっぱ蓑笠みのかさ、洋傘、番傘、わらじ、足駄穿あしだばきなどの泥だらけな群集に、女子供や老人たちまでじって、物珍しげに、私たちの自動車は取り囲まれてしまう。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さて十月の頃にいたり雪る日には鮏も多く獲易えやすきものゆゑ、一日あるひる雪をもいとは蓑笠みのかさをかため、朝よりたなにありてさけをとり、ふごにとりためたる時はふごにもなはをつけおけば
筒袖つつそで野袴のばかまをつけたのや、籠手こて脛当すねあてに小袴や、旅人風に糸楯いとだてを負ったのや、百姓の蓑笠みのかさをつけたのや、手創てきずを布でいたのや、いずれもはげしい戦いとうえとにやつれた物凄ものすごい一団の人でしたから
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
無言のうちに、誰のおもてこわばっていた。その十六日の夕方、頼朝は、蓑笠みのかさに身をつつんで、わずかな従者と共に、密かに配所を出、北条家のほうへ、移っていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その辻堂を出立する時、チュガ公の背には一枚の古ゴザが敷かれて、その上にまたがる蓑笠みのかさの茂太郎——こうなるとチュガ公は、茂太郎のために、伝送の役をつとめんとして来たようなものです。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
旅支度にも馴れているのか、彼はたちまち、蓑笠みのかさまで持って、はや先に出て、表の闇にたたずんでいる。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
出てみると、柵門に馬をおき、雨中を濡れてきた隠岐ノ清高が、蓑笠みのかさを兵にあずけて、ただ一人
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一人の持っていたさおを引っくって、蓑笠みのかさを着けた男がすばやく彼の前へ小舟の先を着けて来る。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
海口うみぐちへ着くやいな、しぶきにぬれた蓑笠みのかさとともに、筏をすて、浜べづたいに、蒲原かんばらの町へはいったすがたをみると、これぞまえの夜、鼻かけ卜斎ぼくさいの屋敷から遁走とんそうした菊池半助きくちはんすけ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その日は、風雨がひどく、蕭々しょうしょうと寒くさえあった。藤吉郎は、桑十にも泊っていた農家の者にも、懇切にひき止められたのであるが、蓑笠みのかさを借りうけて押して登って行ったのである。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主従四、五十騎みな蓑笠みのかさすがたで、馬のすねも、徒士かちの小者も、泥ンこだった。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
午頃ひるごろ、武蔵は帰って来た。それから半刻ほどして、また後から、蓑笠みのかさを着た村の人々がそろって来た。そして、お蔭で早く出水が退いたとか、病人が喜んでいるとか、かわるがわる礼をのべ出した。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
林町の安兵衛と聯絡を取って、神崎与五郎は、蓑笠みのかさを身にまとって
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)