皎々こうこう)” の例文
皎々こうこうとして、夏も覚えぬ。夜ふけのつゝみを、一行は舟を捨てて、なまずと、ぼらとが、寺詣てらまいりをするさまに、しよぼ/\と辿たどつて帰つた。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そこから冬の月の皎々こうこうと照っているのが見える。一読身に沁むような冬夜の光景である。「戸尻の風」の一語が極めて適切に働いている。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
皎々こうこうたる満月に照されて、近き上河内岳の巨体は、深沈な大気の中にすき透るような蛍光を放っているかのように想われた。
大井川奥山の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
すると、その皎々こうこうたる頬の上からきらりきらりとひらめきながら、はすの葉をこぼれる露の玉のように転がり落ちるものがあった。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
折敷おしきには乾肴ほしざかな、鶴くびの一壺には冷酒。あれこれのぜいはなくても陣中の小閑を楽しむには充分である。——まして皎々こうこう一輪の月は頭上にある。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし何しろ秋の夜の空はぬぐった様に晴れ渡って、月は天心てんしん皎々こうこうと冴えているので、四隣あたりはまるで昼間のように明るい。
死神 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
八重は夜具を敷く前、塵を掃出すために縁側えんがわの雨戸を一枚あけると、皎々こうこうと照りわたる月の光に、樹の影が障子しょうじへうつる。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
小綺麗で絶品という感じはしたが、この屋敷には、皎々こうこうたる陰気さとでもいうような雰囲気がみなぎっていた。一時間が一日のように永かった。
その時はもう雪も止んで、十四日の月が皎々こうこうとして中天ちゅうてんに懸っていた。通りの町家は皆寝鎮ねしずまっていた。前を見ても後を見ても、人通りはない。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
らちも無い空頼みしていそいで雨戸をあけると寒月皎々こうこうと中空にかかり、わが身ひとつはもとの身にして、南無阿弥陀なむあみだと心底からの御念仏を申し
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
夜の広い畳の上に、明るさ、皆の口をつぐんだ沈黙が、皎々こうこうと漲った。伸子の心の中もその通りであった。彼女は悲しくも、腹立たしくもなかった。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ちょうどそれが陰暦六月十四日の晩でございますから月も明らかに漠々たる原野を皎々こうこうと照して居るというような訳で
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
佐瀬の宅は築地橋つきじばしに近い河岸沿いの宅で、通されたのは西洋館の広々とした応接室、飾のついた電燈が皎々こうこうと、四辺あたりの贅沢な調度品を照らして居た。
真珠塔の秘密 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
ほうき一ツ持っても、心持いいほど綺麗に掃いてくれる。始終薄暗かったランプがいつも皎々こうこうと明るくともされて、長火鉢も鼠不入ねずみいらずも、テラテラ光っている。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いつかの晩だって、電気が消えたと思ったら、そのとたんあいつの声が四馬頭目しばとうもくのうしろで聞えたじゃないか。それまで皎々こうこうと電気がついていたんだ。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
月は皎々こうこうと照り輝いていました。それでいて星も星夜のように白金の棘を長く煌き放っている山の夜空の不思議さ。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そうして先生のお姿も、また鉄扇もなんにも見えず、ただ先生のお眼ばかりが、二つの鏡を懸けたように、わっちの眼前で皎々こうこうと、輝いたものでございます。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
平常ふだんなら、物の形などの見える灯ではありませんが、夜更けになって眼が馴れると、それが皎々こうこうとして、舞台の上を蟻の這うのも見えそうですから不思議です。
三日ばかり薄曇りが続いたあとで、きれいに晴れあがった空には、十七夜くらいの月が皎々こうこう耀かがやいていた。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
城の石垣に大きな電灯がついていて、後ろの木々に皎々こうこうと照っている。その前の木々は反対に黒ぐろとしたかげになっている。その方で蝉がジッジジッジと鳴いた。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
その風を懐しく吸い込みながら、茂みを分けて這い出して見ると、中天に皎々こうこうたる月が懸り、見おろす海面には、美しい銀波が躍っている。サテは夜であったか。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
皎々こうこうとさえ渡りたること玻璃はりきょうのごとき心の面に、糸屋の主人が独身であったという一条と、女の客が多すぎたという一条との二つに不審をおぼえたものでしたから
みきった天心に、皎々こうこうたる銀盤ぎんばんが一つ、ぽかッとうかび、水波渺茫すいはびょうぼうかすんでいるあたりから、すぐ眼の前までの一帯の海が、限りない縮緬皺ちりめんじわをよせ、洋上一面に、金光が
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
医院はまだ宵の口なので、大きなラムプが部屋にりさげられてあって光は皎々こうこうと輝いていた。客間は八畳ぐらいだがあか毛氈もうせんなどが敷いてあって万事が別な世界である。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
これが闇の夜ならばとにかく、皎々こうこうたる満眼の月夜であるだけに、お雪は物凄いと思いました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
皎々こうこうと月のさえた夜だったが、寒さははげしかった。わたしたちの駅伝馬車は、てついた大地を矢のように走った。馭者ぎょしゃはたえずむちを打ちならし、馬はしばらく疾駆した。
月は皎々こうこうと明るく、海の上は一面に光っている。それでも僕の眼にはなんにも見えないのだ。
海亀 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
月は絶えず彼の鼻の上にぶらさがったまま皎々こうこうとして彼の視線を放さなかった。その海の断面のような月夜の下で、花園の花々は絶えず群生したのようにほの白い円陣を造っていた。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
おさな心に残っているのは皎々こうこうたるらんぷと、杉の葉と、白いテーブルクロースだった。
数秒後に、皎々こうこうと電燈がついた。しかし下座の奥手には誰の姿もなかった。
街はふるさと (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
当時まだ電燈は発明されておりませんでしたから、いく本かの美しい装飾そうしょくをほどこした銀色の燭台しょくだいが、テーブルの上に立て並べられ、皎々こうこうたる光のもとにいとも静粛せいしゅくに、食事がすまされました。
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
興津に下りて次第に同村の方に近寄り見るに、村内の若者がおよそ二、三十人も真っ裸になって、いずれも潮水に身体をきよめ、石段の両側に百余の提灯ちょうちんをつるし、社前には皎々こうこうたる篝火かがりびをたき
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
うちそとは、にもやまにもゆきもっていました。そのばんは、めったにないさむさであって、そらあおガラスをったようにさえて、星晴ほしばれがしていました。また、皎々こうこうとしたつき下界げかいらしていました。
白すみれとしいの木 (新字新仮名) / 小川未明(著)
えいえいと押す船の底が、沙にきしって寒そうな音を立てる。皎々こうこうたる寒月の下、船を押す人の姿が沙上に黒々とうつっているような気がする。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
ぼっとなって、辻に立って、前夜の雨をうらめしく、空をあおぐ、と皎々こうこうとして澄渡すみわたって、銀河一帯、近い山のからたまの橋を町家まちやの屋根へ投げ懸ける。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けれど、山峡やまあいのあいだに、皎々こうこうとして半月の冴える頃、こだまする人々の声を聞いては、さすがの彼も戦う力を失った。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私の歩いている路は未だに暗いけれど、海上の空は雲が破れて、其処から皎々こうこうたる月がさしているのだろう。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
畑のむこうの杉林の梢のところが黒々と瀧子の白地に朝顔を出した浴衣の肩のあたりを横切ってうつっていて、その上の空に月が皎々こうこうと輝きながら泛んでいる。
鏡の中の月 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
夜の十時頃日記をしたためつつ荒屋の窓から外を眺めますと、明月皎々こうこうとして大樹の上を照らして居るに河水潺々せんせんとしてなんとなく一種凄寥せいりょうの気を帯びて居ります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
もしそれ明月皎々こうこうたる夜、牛込神楽坂うしごめかぐらざか浄瑠璃坂じょうるりざか左内坂さないざかまた逢坂おうさかなぞのほとりにたたずんで御濠おほりの土手のつづく限り老松の婆娑ばさたる影静なる水に映ずるさまを眺めなば
つむぎの座蒲団は少し斜めになって、その下に敷いた茣蓙ござは、水へ二三寸落ちかけておりますが、皎々こうこうと照らされた材木の上にも、敷物にも血の痕などは一つもありません。
部屋の中は皎々こうこうと輝いた。今まで見えなかった様々の物が——壁画や聖像やがん厨子ずしが、松明の光で見渡された。それはいずれも言うもはばかり多い怪しき物のみであった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
やがて日が暮れると洞庭秋月皎々こうこうたるを賞しながら飄然ひょうぜんねぐらに帰り、互に羽をすり寄せて眠り、朝になると二羽そろって洞庭の湖水でぱちゃぱちゃとからだを洗い口をすす
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
今までのように皎々こうこうたる月光が、雲を破って現われることは、ちょっと覚束おぼつかなくなりました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
皎々こうこうたる水銀灯の光の下で仕事をする人々は、技師といわず、職工といわず、場内の一隅いちぐうに据えられた、高さ五十尺の太い熔融炉キューポラ周囲まわりを取巻いて、一斉に上を見上げていた。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
颯爽さっそうとしたその英姿! 凛然りんぜんとしたその弓姿ゆんすがた! 土壇のあたり、皎々こうこうとしてまばゆく照り栄え、矢場のここかしこ仙台藩士の色めき立って、打ち睨むその目、にぎりしめる柄頭つかがしら
電車の往来もすくなくなつて、人通りは勿論少い。たゞ大空には皎々こうこうとした月がえ渡つて、もう夜霧が降りたのでせう、近所のトタン屋根やねも往来の地面も湿れたやうに白く光つてゐました。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
異邦の渺茫びょうぼうたる高原の一つ家で、空高い皎々こうこうたる秋の月を眺めた者のみの知る、あのたえ難いみだすような胸の疼痛とうつう、死の苦痛にも勝るあの恐ろしい郷愁にも似た苦悩に充満するのだった。
五階の窓:04 合作の四 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
満月に近い月が、ちょうど窓の正面に皎々こうこうと輝いている。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
外は皎々こうこうたる満月。懐中電燈がなんにもならない。