ひと)” の例文
旧字:
可懐なつかしい、恋しい、いとおしい、嬉しい情を支配された、従姉妹いとこや姉に対するすべてのおもいを、境遇のひとしい一個蝶吉の上に綜合して
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
派手の反対意味としては地味がある。渋味をも地味をもひとしく派手に対立させることによって、渋味と地味とを混同する結果を来たす。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
かの大判の竪絵たてえ鯉魚りぎょ滝上たきのぼりの図は外人ひとしく称美する処なれども、余はそれよりも英泉の作中にては名所絵と美人画とを採らんと欲す。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
鳥もけものひとしく涙を流している涅槃像だけに、質屋にかかっているのは情ない。作者はそれを「世のさまや」と歎じたのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
やがて持っていた刀をそこへ投げ出すとひとしく、道標の下へ崩折くずおれるように倒れて、横になって落葉の上へ寝てしまいました。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
間瀬久太夫が、誰に云うともなくこう云うと、原惣右衛門や小野寺十内も、やはり口をひとしくして、背盟はいめいの徒を罵りはじめた。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この二馬は一和してとどまる、これふたつながら荒くて癖が悪く、いつつなを咬み切る、罪を同じゅうし過ちをひとしゅうする者は必ず仲がよいと答え
しかしいずれに従うのも権威に従うのであるから、ひとしく一であるといわねばならぬ。即ち善悪の標準は全く立たなくなる。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
その「身は家国に許し、死生は吾久しくひとしうす」といい、その「身はたとえ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂やまとだましい
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
去り行く青春をおしむ心である。これは空中の日の歩みを一つの所にとどめて動くなと望むにひとしい気持であると自嘲した。
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
彼は実に多くの旧説のひとしく言うが如く、施基親王の王子で、おそらく河内の弓削氏の腹に生れた者であったであろう。
道鏡皇胤論について (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
あるひは男に近い教育を受け、男とひとしい資産を持つて独立の生活をして居る為に、自然その容姿までが一層男に近く成つて来たとも云はれるであらう。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
群生の神は、その極はひとしといえど、しかも縁に従って遷流し、麤妙そみょうの識を成せども、しかももととともに不滅なり。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
よって臣勇を奮いすすみ窺いて、確かに妖蟒ようもうを見る。頭、山岳の如く、目、江海に等し。首をぐればすなわち殿閣ひとしく呑み、腰を伸ばせば則ち楼垣尽くくつがえる。
蓮花公主 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
幸徳らの死に関しては、我々五千万人ひとしくそのせめを負わねばならぬ。しかしもっとも責むべきは当局者である。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
すっと入りて座につきたまえば、二人はうやまつつしみてともにひとしくこうべを下げ、しばらく上げも得せざりしが、ああいじらしや十兵衛が辛くも上げし面には
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そしクリストフが振り回す拳固げんこをも、また自分にふりかかってくる攻撃をも、ひとしく腹をかかえて笑っていた。
この今様ロビンソン・クルーソーがなにを言いだすのだろうと、一同は興味深く顔をのぞき込んだが、ひとしくのっぴきならぬ危険が起りそうな予感を覚えた。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
御番衆がひとしく手を突いて送っているのを見ると、気易きやすな態度でちょっと頭を下げながら、其処を通った。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
国民はひとしく起つて、渾然たる一体となり、広島で開かれた臨時議会は、僅かに五分間で、当時としては厖大なる臨時軍事費一億五千万円を可決したのである。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
三人がひとしく笑う。一疋の蟻は灰吹はいふきを上りつめて絶頂で何か思案している。残るは運よく菓子器の中で葛餅くずもち邂逅かいこうして嬉しさの余りか、まごまごしている気合けわいだ。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
島民等を頤使いしして、舟庫を作らせたり祭祀をとり行ったりもした。司祭コロンに導かれて神前に進む彼の神々しさに、島民共はひとしく古英雄の再来ではないかと驚嘆した。
南島譚:01 幸福 (新字新仮名) / 中島敦(著)
目を挙げて遥かに見しにそのヨブなるを見識みしりがたきほどなりければ、ひとしく声をあげて泣き、各々おのれの外衣うわぎを裂き、天に向いてちりきて己の頭の上に散らし
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
と、ひとしく野牛の群は、対岸から放たれ出した矢のために、再び逆流して奴国の方へ向って来た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
必ず自家薬籠中のものとしてしまう手腕に至っては団員のひとしく舌を巻いておるところであります。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今王政一新、四海属目しよくもく之時に当りて、如此かくのごとき大奸要路によこたはり、朝典を敗壊し、朝権を毀損きそんし、朝土を惑乱し、堂々たる我神州をして犬羊にひとしき醜夷の属国たらしめんとす。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
貫一は読了よみをはるとひとしく片々きれきれに引裂きて捨ててけり。宮の在らば如何いかにとも言解くなるべし。彼のしたし言解いひとかば、如何に打腹立うちはらだちたりとも貫一の心のけざることはあらじ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
いま僧徒らのひとしく森の方を眺め入れるを見、にわかに恐怖を見出でたるがごとく歩みを止む。若僧の顧み知りて怪しく叫ぶや、僧徒らつかむがごとく相つどう。不安なる対立。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
永遠を刹那に見る輪廻りんねの一心法界を、絶対にして広大なる理智の徳を、真言を、創造を、獅子の活力と精神力とを、自然に周遍する白象の托胎性を、ここにひとしくあがめ奉る。
ひとしく、そういいながら、見送り人たちは、武蔵を囲んで、船着きの浜まで歩いて行った。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
郡界普近ふきん(会津図幅も参照せり)には鶴ヶ岳の山名を欠けり、こは殆んど現今の地図にひとしきものにして、入岩岳とは鶴ヶ岳のことなり、鶴ヶ岳の称呼は越後方面の名なるが如く
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
童らはひとしく立ちあがりて沖のかたをうちまもりぬ。げに相模湾さがみわんへだてて、一点二点の火、鬼火おにびかと怪しまるるばかり、明滅し、動揺せり。これまさしく伊豆の山人やまびと、野火を放ちしなり。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それとこれとは異なれども、われ二匹争はずば、彼の猫如きに侮られて、阿容々々おめおめ雉子は取られまじきにト、黄金丸も彼の猟犬かりいぬも、これかれひとしく左右に分れて、ひたすら嘆息なせしかども。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
けだし、一貨物の生産の増加に対する唯一の大きな奨励は、その市場価値がその自然価値または必要価値を超過するということである、ということは、ひとしく真実な原理とされ得ようからである。
維昔むかし天孫豊葦原を鎮め給いしより、文化東漸とうぜんし、今や北海辺隅へんぐうに至る迄億兆ひとしく至仁じじん皇沢こうたくに浴せざるものなし。我が一家亦世々其恵を受け、祖先の勤功と父母の労苦とに由り今日あるを致せり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
ひとしく眼覚めた全人類の渾身の努力で無ければならぬ。
永久平和の先決問題 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
あはれひとしく、はたたか
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ものいう目にも、見えぬ目にも、二人ひとしく涙をたたえて、差俯向さしうつむいて黙然とした。人はかかる時、世に我あることを忘るるのである。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
春浪さんも唖々さんも共にひとしく黄泉よみの客となった。二十年の歳月は短きものではない。世の中も変れば従って人情も変った。
申訳 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
全く客観の出来事を語るにひとしいものですから、いくらか安心した池田良斎をして歯痒はがゆい思いをさせずにはおかないと見えて
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ニイチェのいわゆる flügelbrausende Sehnsucht はドイツ国民のひとしく懐くものである。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
さて桃木製の人形が人を画いた桃符に代ったとひとしく、鶏を磔に懸けたのが戸上に画鶏を貼り付けるに変わったのじゃ。
それから今日まで妻として貞操に何の欠けた所もない生活を続けて来ているのは自分ら夫婦にとって東から日が昇るのとひとしく当然あたりまえの事としている。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
故国をく如き一種の気安さを感じると共に、みづからもまたこれ等の大群と運命をひとしくする弱者である事に想ひ到つてにがい悲哀にたれざるを得なかつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
十歳を以て短しとするは、蟪蛄けいこをして霊椿れいちんたらしめんと欲するなり。百歳を以て長しとするは、霊椿をして蟪蛄けいこたらしめんと欲するなり。ひとしく命に達せずとす。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
王曰く、勝負しょうはいは常事のみ、日中を過ぎずして必ず諸君のために敵を破らんと。すなわち精鋭数千をさしまねいて敵の左翼に突入す。王の子高煦こうこう、張玉等の軍を率いてひとしく進む。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
日本民族すなわち天孫民族であるとの思想は、実際上多数の帝国臣民の、ひとしく抱懐するところである。そして余輩もまた、或る意味においてこれを信ずる一人である。
その伯父のすぐ下の弟——つまり三造にとってはひとしく伯父であるが——の、極端に何も求むる所のない、落著いた学究的態度の方が、彼には遥かに好もしくうつった。
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
とは、民衆の中にあるひとしき焦躁しょうそうであった。その気もちは、信長の第二子北畠信雄きたばたけのぶおと、三男神戸信孝かんべのぶたかるにたいして、当然抱かずにいられない一般の同情でもあったのである。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
五・一五事件の当事者ならずとも心ある読史家のひとしく認めているところであろう。
甲賀三郎氏に答う (新字新仮名) / 夢野久作(著)