“斉(せい)” の例文
旧字:齊
いや、谷将軍のすがたに向って、婦人たちは一斉(せい)に両手をつかえていたから、鶴子夫人も良人の中佐へ眸(ひとみ)を上げていられなかった。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
孔子は十二君に歴事したりといい、孟子が斉(せい)の宣王(せんおう)に用いられずして梁の恵王を干(おか)すも、君に仕(つか)うること容易なるものなり。
徳育如何 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
子華(しか)が先師の使者として斉(せい)に行った。彼の友人の冉(ぜん)先生が、留守居の母のために飯米を先師に乞うた。先師はいわれた。——
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
ちょうど大都会の夜に電燈が一斉(せい)にともると同じように、暗い魂の中に永遠の炎が燃えたつ決定的な瞬間が、人生にはある。
太公望呂尚は、斉(せい)に封(ほう)ぜられて、人民に生業のみちを教えたので、海辺の人々が、そこの利益の多い生活を慕って、斉の国にやってきたのです。
二人斃された一ツ橋家の武士ども、太刀を構えたまま後退(あとじさ)り、次第次第に下がったが、岩角まで行くと背中を見せ、一斉(せい)に岩蔭へ引いてしまった。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と扉(ドア)を叩くような物音がした。三人の男は、サッと顔色をかえると、一斉(せい)に入口の扉の方にふりむいたのだった。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
心持(こゝろもち)余程(よほど)の大蛇(だいじや)と思(おも)つた、三尺(じやく)、四尺(しやく)、五尺(しやく)、四方(はう)、一丈(ぢやう)余(よ)、段々(だん/″\)と草(くさ)の動(うご)くのが広(ひろ)がつて、傍(かたへ)の谷(たに)へ一文字(もんじ)に颯(さツ)と靡(なび)いた、果(はて)は峯(みね)も山(やま)も一斉(せい)に揺(ゆる)いだ
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
燕(えん)王、周(しゅう)王、斉(せい)王、湘(しょう)王、代(だい)王、岷(みん)王等、秘信相通じ、密使互(たがい)に動き、穏やかならぬ流言ありて、朝(ちょう)に聞えたり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
衛(えい)の霊公の三十九年と云う年の秋に、太子蒯聵(かいがい)が父の命を受けて斉(せい)に使したことがある。途(みち)に宋の国を過ぎた時、畑に耕す農夫共が妙な唄を歌うのを聞いた。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「私の先祖が斉(せい)にいたものですから、斉を姓としてるのですよ。私の幼な名は阿霞(あか)といいますの。」
阿霞 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
けさの新聞を待ちかねて手に取れば、宇都宮の新聞は一斉(せい)に筆をそろえて今度の事件を詳細に報道したり。八時頃お冬さんをたずねると、まだなんにも知らない様子なり。
慈悲心鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
『過去(かこ)のことを思(おも)い出(だ)すものは、両眼(りょうがん)を抉(くじ)ってしまいましょう。リュバフキン!』と、彼(かれ)は大声(おおごえ)で誰(たれ)かを呼(よ)ぶ。郵便局(ゆうびんきょく)の役員(やくいん)も、来合(きあ)わしていた人々(ひとびと)も、一斉(せい)に吃驚(びっくり)する。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
万章問いて曰く、或るひと謂(い)う、孔子衛(えい)に於ては癰疽(ようそ)を主(やど)とし、斉(せい)に於ては侍人(じじん)瘠環(せきかん)を主(やど)とせりと、これ有りしや。孟子曰く、否、然らざるなり、事を好む者これを為(つく)れるなり。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
長吉(ちやうきち)には鉄棒から逆(さかさ)にぶらさがつたり、人の丈(たけ)より高い棚(たな)の上から飛下(とびお)りるやうな事は、いかに軍曹上(ぐんさうあが)りの教師から強(し)ひられても全級(ぜんきふ)の生徒から一斉(せい)に笑はれても到底(たうてい)出来得(できう)べきことではない。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
人々は、ぱったり議論をやめて、一斉(せい)にその紳士を見つめました。
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
カラスどもは一斉(せい)に三階の窓をのぞいている
死の淵より (新字新仮名) / 高見順(著)
一斉(せい)の叫喚(けうくわん)——うつつ
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
あのころの魯(ろ)だの斉(せい)だのという国には、血をながす喧嘩(けんか)もやみ、泥棒も消え、奴隷(どれい)もいず、うそつきもいなくなったのなら、はなしは分かる。
わしも難をさけて斉(せい)に行ったが、途中、ある山の麓の墓場で、一人の婦人がさめざめと泣いているのに出遭ったのじゃ。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
残酷の豎儒(じゅじゅ)となし、諸王は太祖の遺体なり、孝康(こうこう)の手足(しゅそく)なりとなし、之(これ)を待つことの厚からずして、周王湘(しょう)王代(だい)王斉(せい)王をして不幸ならしめたるは、朝廷の為(ため)に計る者の過(あやまち)にして
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
魯の叔孫豹(しゅくそんひょう)がまだ若かった頃、乱を避けて一時斉(せい)に奔(はし)ったことがある。途(みち)に魯の北境庚宗(こうそう)の地で一美婦を見た。俄(にわ)かに懇(ねんご)ろとなり、一夜を共に過して、さて翌朝別れて斉に入った。
牛人 (新字新仮名) / 中島敦(著)
往古(いにしへ)に富める人は、四〇天の時をはかり、地の利を察(あきら)めて、おのづからなる富貴(ふうき)を得るなり。四一呂望(りよぼう)、斉(せい)に封(ほう)ぜられて民に産業(なりはひ)を教ふれば、海方(うなべ)の人利に走りて四二ここに来朝(きむか)ふ。
秦(しん)の哀公が会を設けて、覇を図る処があつて、斉(せい)国の夜明珠(やめいしゆ)、魯(ろ)国の雌雄剣、晋(しん)国の水晶簾(すゐしやうれん)などとならぶ中に、子胥先生、我(わが)楚国以(もつ)て宝とするなし、唯善を以て宝とすとタンカを切つて
いろ扱ひ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それから斉(せい)や趙(ちょう)に遊んだ。
岷山の隠士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
むかし斉(せい)の田横(でんおう)は、一処士の身にありながら、漢の高祖にも降らず、ついに節操を守って自害しました。いわんやわが劉予州は、王室の宗親。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「斉(せい)が一飛躍したら魯のようになれるし、魯が一飛躍したら真の道義国家になれるのだが。」
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
開封府(かいほうふ)に居らしめ、第六子楨(てい)を楚(そ)王とし、武昌(ぶしょう)に居らしめ、第七子榑(ふ)を斉(せい)王とし、青州府(せいしゅうふ)に居らしめ、第八子梓(し)を封じて潭(たん)王とし、長沙(ちょうさ)に居(お)き、第九子杞(き)を趙(ちょう)王とせしが、此(こ)は三歳にして殤(しょう)し
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
美食家の斉(せい)の桓公(かんこう)が己のいまだ味わったことのない珍味(ちんみ)を求めた時、厨宰(ちゅうさい)の易牙(えきが)は己が息子(むすこ)を蒸焼(むしやき)にしてこれをすすめた。十六歳(さい)の少年、秦(しん)の始皇帝は父が死んだその晩に、父の愛妾(あいしょう)を三度襲(おそ)うた。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
黄河(こうが)の上流にあたり、渭水(いすい)の下流に位置し、旧(ふる)き呉(ご)や楚(そ)の国と隣りあい、遠くは斉(せい)と魯(ろ)の境につらなる水陸の要衝だった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
みんなの視線が一斉(せい)に次郎の顔に集まった。次郎はこの家に来てから、何かにつけ、みんなに見つめられるのが、何よりも嫌だったが、この時ばかりは、全く別の感じがした。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「関羽は春秋も読んでいよう。斉(せい)の景公は、諸侯の身で、東郭(とうかく)の野人に会うため、五度も尋ねているではないか」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「斉(せい)の桓公(かんこう)が公子糾(きゅう)を殺した時、召忽(しょうこつ)は公子糾に殉じて自殺しましたのに、管仲(かんちゅう)は生き永らえて却って桓公の政をたすけました。こういう人は仁者とはいえないのではありますまいか。」
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
楽毅は春秋戦国の世に、燕(えん)の昭王(しょうおう)をたすけて、五国の兵馬を指揮し、斉(せい)の七十余城を陥したという武人。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三人は一斉(せい)にその方に眼をやった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
四隣の晋(しん)も楚(そ)も斉(せい)もいちどに起って、呉の領土を分け奪(ど)りにし、呉はついに亡んだ。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、博労たちは、賭博の紛争(もつれ)に血ばしった眼を、一斉(せい)に伊織の小さい姿へ移した。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、上目越しの顔が、一斉(せい)にうごいた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
歩みて斉(せい)の城門を出(い)づ
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人々の眸も一斉(せい)に
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)