敷居しきい)” の例文
出口の腰障子こししょうじにつかまって、敷居しきい足越あごそうとした奈々子も、ふり返りさまに両親を見てにっこり笑った。自分はそのまま外へ出る。
奈々子 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
かやは背中を窓の敷居しきいにもたれたままがくんと首を垂れて何かぶつぶつわけの分らないことを呟いている。呼んでみたが返事をしない。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
床屋とこや伝吉でんきちが、笠森かさもり境内けいだいいたその時分じぶん春信はるのぶ住居すまいで、菊之丞きくのじょう急病きゅうびょういたおせんは無我夢中むがむちゅうでおのがいえ敷居しきいまたいでいた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
するとベッドは、まるで六とうの馬にでもひかれているように、敷居しきいをこえ、階段かいだんをのぼったりおりたりして、ごろごろとうごきつづけました。
虫ばんだが一段高く、かつ幅の広い、部厚ぶあつ敷居しきいの内に、縦に四畳よじょうばかり敷かれる。壁の透間すきま樹蔭こかげはさすが、へりなしのたたみ青々あおあおと新しかった。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして敷居しきい鴨居かもいとを無理に取り附けて、障子を入れ、所々はがれている漆喰の壁には、妙な形の柱を添えて軸物が掛けてあるという風であった。
満洲通信 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
にいさん、ただいまかえりました。」と、おとうとはいって、敷居しきいをまたぐと、なにかしていたあには、びっくりしていて
白すみれとしいの木 (新字新仮名) / 小川未明(著)
いつもなら、そのあとすぐ事務室の掃除にとりかかる順序だったが、しばらく敷居しきいのところに突っ立って耳をすました。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
台所の流しの下には、根笹ねざさや、山牛蒡やまごぼうのような蔓草つるくさがはびこっていて、敷居しきいの根元はありでぼろぼろにちていた。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
さるはさけんで、またあわてておもてへしました。すひょうしに、敷居しきいの上にていた昆布こんぶでつるりとすべって、はらんばいにたおれました。
猿かに合戦 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
それでも敷居しきいをまたぐと土間のすみのかまどには火が暖かい光を放って水飴みずあめのようにやわらかくしないながら燃えている。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そして自分は敷居しきいの上に腰掛けていたので、その通りがかりの女を戸口の腰掛けにすわらした。二人の女は話した。
初秋の夜で、めすのスイトが縁側えんがわ敷居しきいの溝の中でゆるく触角を動かしていた。針仕事をしている母の前で長火鉢ながひばちにもたれている子は頭をだんだんと垂れた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
表の大戸おおどは、ほこりがこびりついていて、動く様子もない。裏手に小さい扉がついていて、敷居しきい生々なまなましい泥靴の跡がついている。これを引張ったが、明かない。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「あすこから来るよ」と、小供は何時いつも空車を引込んで置く狭い土間どま敷居しきいの下に指をさした。
車屋の小供 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
へだてふすまだけは明けてある。片輪車の友禅ゆうぜんすそだけが見える。あとは芭蕉布ばしょうふ唐紙からかみで万事を隠す。幽冥ゆうめいを仕切るふちは黒である。一寸幅に鴨居かもいから敷居しきいまで真直まっすぐに貫いている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
奇術の紳士と運転手らしい男とは、自動車からおりて、鉄の戸の敷居しきいのところにかがんで、なにか秘密なあいずをしました。やがて、戸が開かれて、四五人の男が出てきました。
街の少年 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それを戸と敷居しきいの間にませて、三人の力をあわせると、板戸はさすがにメリメリと音を立てながら、敷居から二枚もろにはずれてしまい、行燈あんどんの灯で照らされた、中はまさに血の海。
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
御広間おひろま敷居しきいの内外を争い、御目付部屋おめつけべや御記録ごきろくおもいこがし、艴然ふつぜんとして怒り莞爾かんじとして笑いしその有様ありさまを回想すれば、まさにこれ火打箱ひうちばこすみ屈伸くっしんして一場の夢を見たるのみ。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しばらくは外で躊躇ちゅうちょしているが、思い切ったように土間の敷居しきいの所に姿をあらわす。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
と、その瞬間、客間のもう一つのドアがいきなりぱっと開いて、敷居しきいの上に姿を現わしたのは、昨日庭で見かけたあのむすめだった。彼女は片手を上げたが、その顔にはちらりと薄笑うすわらいが浮んだ。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
書見しょけんにでも飽きたか、同じく御書院番の一人で浅香慶之助、三十四、五のちょいとした男ぶりだ。縁側にちかい部屋の敷居しきいぎわまで出て来て、思い出したように、しきりに爪を切っているところ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それが無かったのでその代りとして勧められた塩鯖しおさばを買ったについても一ト方ならぬ鬼胎おそれを抱いた源三は、びくびくもので家の敷居しきいまたいでこの経由わけを話すと、叔母の顔は見る見る恐ろしくなって
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
チャチな青塗り木造の西洋館の玄関をあけっ放しにして、そこの石段に四五人の腕白わんぱく小僧が腰をかけ、一段高いドアの敷居しきいの所に深山木幸吉があぐらをかき、みんなが同じ様に首を左右に振りながら
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と小間使いを退しりぞけた。正三君は敷居しきいぎわに坐っておじぎをした。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それにはこたえずに、藤吉とうきちから羽織はおりを、ひったくるように受取うけとった春信はるのぶあしは、はやくも敷居しきいをまたいで、縁先えんさきへおりていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「王さまのところへいって、こういってくださいな。王さまがけんをぬいて、敷居しきいの上で三度ほど、あたしの頭の上でふってくださるようにって。」
敷居しきいをまたぐと、ランドセルの大吉を先頭に、並木と八津がしたがって、家の中をぐるぐるまわっていた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
宿屋の敷居しきいの所にうずくまってあまり人好きのせぬ顔立ちではあるがその時はちょいとよく見えていた母親が、鎖につけた長いひもで二人の子供を揺すりながら
あがり口のあさ土間どまにあるげたばこが、門外もんがい往来おうらいから見えてる。家はずいぶん古いけれど、根継ねつぎをしたばかりであるから、ともかくも敷居しきい鴨居かもいくるいはなさそうだ。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
と指さされた窓のもとへ、お君は、夢中むちゅうのように、つかつか出て、硝子窓の敷居しきいすがる。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
青い蚊帳かやつるした奥のへやと茶の間の境になった敷居しきいの上に、細君が頭をこちらにして俯伏うつぶしになっている傍に、わかい女が背をこっちへ見せて坐っていたがその手にはコップがあった。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
同時に土間の敷居しきいの所に、石ノ上ノ文麻呂と、清原ノ秀臣が凜然りんぜんとして立っている。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
たとえば封建の世に大名の家来は表向きみな忠臣のつもりにて、その形を見れば君臣上下の名分を正し、辞儀をするにも敷居しきい一筋の内外うちそとを争い、亡君の逮夜たいやには精進しょうじんを守り、若殿の誕生には上下かみしもを着し
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
と、昆布こんぶ敷居しきいの上に長々ながながそべりました。
猿かに合戦 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
敷居しきいに、三つ指をついていた。
元禄十三年 (新字新仮名) / 林不忘(著)
はずんだ石ころのように坂道をかけおりた松江は、わが家の敷居しきいをまたぐなり、走ってきたそのままの足のはこびで、母のねている納戸なんどにとびこんだ。母はいなかった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
マルグリットはその大変取り乱れた光景にあきれて、敷居しきいの上に立ち止まった、そして叫んだ。
そこで三左衛門は碁盤を前へ出して、一方のあし敷居しきいの上に載せるようにした。
竈の中の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)