よんどころ)” の例文
旧字:
もつとも銀之助はよんどころない用事が有ると言つて出て行つて、日暮になつても未だ帰つて来なかつたので、日誌と鍵とは丑松が預つて置いた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
受人がなければ奉公は出来ず、と云って国へけえれば抜刀ぬきみ追掛おっかけられて殺されてしまいやすから、よんどころなく此処から飛込んで死にやすが
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「いいえ。奥さんはよんどころない御用がおありなさいますので、お出掛けになりました。いずれお手紙をお上げ申しますとおっしゃいました。」
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
君も大学の外に Praxis を遣つてゐて、よんどころない処は往診もするといふのだから、なか/\人の処へ話しになんぞは来られないのだ。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
乃公おれよんどころなく出て来たが、どうも不思議で仕方がないから、少時しばらくしてから又引返した。そして又っと見ていたら、歌さんが
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「お笑い下さるな、打明けて申せば家内の体が御当地に合わぬとみえ、兎角調子がすぐれぬ様子、よんどころなく南の方へでも移ってやろうと存じます」
おもかげ抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「小生も兼て人を不忠とか不義とか、大言に罵り置きたれば、よんどころ無きも、今度は一身を以て、国難に代らねばならぬ事、疾に落着つかまつるなり」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
さういふところよんどころなくすて置いていつか分る時もあらうと茫然ばうぜん迂遠うゑんな区域にとどおいて、別段くるしみもいたしませんかつた。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
「それやよんどころない事情があったから——、ほんの申訳ばかりに、一緒の家で暮らしていたというだけのことですわ」
青い風呂敷包 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
そこで、よんどころなく毎日々々弁当をつるして家は出るが、学校には往かずに、そのまま途中で道草を食って遊んで居た。
私の経過した学生時代 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なんにもしたくないのだから、家賃とか米代とか、おっかさんにきびしく言われるものは、よんどころなく書き物をして五円、八円取って来たが、其様そんな処へ遊びに行く銭は
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
夜に入りて旅館に帰り、ようよう一息ひといき入れんとせしに、来訪者引きも切らず、よんどころなく一々面会して来訪の厚意を謝するなど、その忙しさ目も廻らんばかりなり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
よんどころなくわたくし守護霊しゅごれい相談そうだんをかけてましたが、あちらでも矢張やはりよくわからないのでございました。
はなはだ失礼ですが、今夜はよんどころない会があって、ちょっと顔を出さねばなりませんから、中座ちゅうざをいたします。どうぞ皆さん『雨しょぼ』でも踊らせてゆっくりお過し下さい。」
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
一夜、鶏が誤って夜半に鳴き、みこと、周章舟を出したがを置き忘れ、よんどころなく手で水を掻いて帰る内、わにに手をまれた。因って命と姫をまつれる出雲の美保姫社辺で鶏を飼わず。
直ぐ来て呉れねばどんなことになるも知れぬと云ふのだからよんどころない——実に梅、悪い奴共の寄合よりあひだ、警視庁へ掛合つて社会党の奴等やつら片端から牢へでもブチ込まんぢや安心がならない
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
それかと云って、もう少し気楽なところでは、卓布や食器がひどく薄汚かったり、妙に騒々しかったり、それよりも第一料理が重苦しくて、自分の胃にはよんどころなく負担が過ぎるのである。
雑記(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
よんどころなく塩煎餅しおせんべいや玉子煎餅を与えるが悪い菓子屋では腐りかかった玉子を材料に使うから随分危険だし、塩煎餅も腹へもたれる、外に品質の適当な物があっても味が甘過ぎて小児に毒だし
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
喧嘩は仲直りで済んだが、一番手傷の重い弁公は、もう見世物に、くッついて、旅から旅を歩くわけにゃあ、いかねえ。よんどころなくこのおれも、あいつと一緒に越ガ谷に、居残ることになったのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
今日は斯う云う権門けんもんだとか、明日はあゝ云う集会があってよんどころなく遅く成りましたら橋場の別荘へ泊りますと、断っては出掛けます。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
よんどころなく、私も引受けて、歯医者に逢わせる御約束をしましたら、やっと、その時、火のように熱い御手が私から離れたようにこころづきました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
家からはお母さんが子供を悉皆すっかり引き具して、三輪さんからは奥さんが無い袖は振られぬとばかりによんどころなく独りぽっちで、いずれも見送りに出て来た。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ただそれが事実じじつである以上いじょうよんどころなく申上もうしあげるようなものの、けっしてけっしてわたくしになってわけでもなんでもないことを、くれぐれもおふくみになっていただきとうぞんじます。
と態と暴々あら/\しいことを云うのも此処の義理を思うからで、腹の中では不便ふびんとは思いましたが、よんどころなく政七は妹の手を引いて出てまいる。
いったん身柄を任せた上は是非もないことだ、いかように取り扱われるともよんどころなしと覚悟した浪士の中には辞世の詩を作り歌を読むものがあった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
乃公が居なくなったら、お母さんは喫驚するだろうけれどもこれも立身出世の為めとあって見ればよんどころない。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
亭「今までとは違ってお隅はよんどころない訳が有って客を取らなくっちゃアならん、みんなと同じに、枕付で出るから方々へ触れてくれ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
急いで蟹沢の船場迄行つて、便船びんせんは、と尋ねて見ると、今々飯山へ向けて出たばかりといふ。どうもよんどころない。次の便船の出るまで是処こゝで待つより外は無い。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
忠公は何とも無かったが、乃公は風邪をひいてしまった。一体なら発起人ほっきにんの忠公が大病になる筈だのに、よんどころなくて游いだ乃公おれの方がんな目に遇うなんて真正ほんとうに馬鹿げている。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
角「親に無沙汰で連れて来た其処は重々済まないが、何分親御の行方が知んねえもんだから、よんどころなく連れて来やしたので」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それを焼払おうとして、ある日寺院てらの障子に火を放った。親孝行と言われた実も、そこでよんどころなく観念した。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
よんどころなく
女婿 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
『しばらく君にははなかつたやうな気がするねえ。我輩も君、学校をめてから別にこれといふ用が無いもんだから、斯様こんな釣なぞを始めて——しかも、よんどころなしに。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
お前と私とは別段仲がかったから、お前に別れるのは誠に辛いけれども、よんどころない事があってお暇になったのだが、私が居なくなると番頭さんに無理な小言をいわれても
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私が家事不取締不埓至極という厳しい御沙汰ごさたを受けて切腹仰せ付けられるも知れないが、それより外に致し方はない、誠に困ったがよんどころないから宜しい、其のむきに届けるから
(もっとも、寄せ荷物なき時はよんどころなく、その節はいずれなりとも御取り計らいありたし。)
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何ういう人を亭主に持ちおると思ってる内に、旦那さまのお妾さまだと聞きやしたから、よんどころねえと諦らめてるようなものゝ、てもさめてもおまえさんの事を忘れたことアないよ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
よんどころなく、夫婦は白樺しらはりの樹の下をって、美しい葉蔭に休みました。これまで参りましても、夫婦は互に打解けません。源はお隅を見るのが苦痛で、お隅はまた源を見るのが苦痛です。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
実はよんどころなく火をかけて逃げたが、人相書が𢌞って居ようとは知らなかった、婆ア多分の礼も出来んが、両人りょうにん居るだけの手当をした上に少々ぐらいはお前にも心付を致すから
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
粂之助は和尚の従者ともで来たのだから今日は耳こじりを差して居る、兄玄道に引立てられ、よんどころなく奥の離座敷へ来るといきなり肩を突かれたからパッタリ畳の処へ伏しました。
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
森「おっかさん食べておくんなせい、お願いだ、旦那も心配していらア、旦那だって喧嘩はしたくはねえがよんどころなく頼まれて人を助けるのだから、まア堪忍してっておくんねえ」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
時々は私がだまかしてよんどころないお座敷で帰りが遅くなると云って上げるから、厭でもあろうがたった一度、舎弟とまくらを並べて寝て遣れば、どんなに悦ぶか知れない、それは厭だろうが
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
これは何うしてなか/\苦労をしなければ出来ないわけだが、お前さんも余程よっぽど苦労をしたね、やっぱり道楽のあげく、親兄弟に見放され、よんどころなく斯んな処へ這入ったのでげしょう
来いというから彼方あっちへお出でよ、今までお前を可愛がったのもね、おっかさんのいう通りよんどころなく兄弟の義理を結んだからお世辞に可愛がったので、みんな本当に可愛がったのじゃアないよ
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「いえ、今日こんにちよんどころないことで急ぎますから、御囘向ごゑかうあとでなすつて下さい……塔婆たふばをお立てなすつて、どうぞ御囘向ごゑかうを願ひます」「かしこまりました」と茶を入れて金米糖こんぺいたうなにかを出します。
塩原多助旅日記 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
子供はうまれたが、婦人は死んでしまった所密通をしたかどと子を堕胎おろした廉が有るから、よんどころなく其の死骸を旅荷にこしらえ、女の在所へ持ってき、親達と相談の上で菩提所ぼだいしょほうむる積りだが
貴方の伯父御さまの秋月さまは未だ染々しみ/″\お言葉を戴きました事もないゆえ、大藏とうより心懸けて居りますが、手蔓はなし、よんどころなく今日こんにち迄打過ぎましたが、春部様からお声がゝりを願い
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それを詰らぬ事に嫉妬やきもちでぎゃア/\云うからられないで、よんどころなく立って来たのだ
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
由「それも私共わたくしどもが好んで致したのではございません、よんどころなく頼まれましたので」
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
お前よりほかに知る者はないからよんどころなくお前を手に掛けて殺さなければならんよ
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)