いか)” の例文
信吾のいかりはまた発した。(有難う御座います。)その言葉を幾度か繰返して思出して、遂に、頭髪かみ掻挘かきむしりたい程腹立たしく感じた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
しかし、わしは夜を日についで、北京府ほっけいふに立ち帰り、かよう云々しかじかと、梁中書りょうちゅうしょ閣下にお告げする。当然、烈火のおいかりは知れたこと。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
笑ふかと見れば泣き、泣くかと見ればいかり、おのれの胸のやうにそこひも知らず黒く濁れる夕暮の空に向ひてそのかなしみと恨とを訴へ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
佐竹はその無情をいかって、乗って来た馬の首を寺の井戸の中に斬り落し、自分は大平山の上にのぼって自殺して果てた。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
内儀のお延はフト舌をすべらせて、あわてて口をつぐみました。聡明さがツイ、女の本能のいかりに破れたという様子です。
或るときは、いかりで真蒼になって、痩せた指でプセットをつまみあげてその眼をじっと睨み据えているかと思うと、だしぬけに地面へ叩きつけたりした。
老嬢と猫 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
藤原は、船尾にランプをつり上げながら、残された船を見送って、えられない寂しさと、いかりとに心を燃やした。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
それをいかりてくって懸れば、手に合う者はその場で捻返ねじかえし、手に合わぬ者は一笑ッて済ましてのち、必ずあだむくゆる……尾籠びろうながら、犬のくそ横面そっぽう打曲はりまげる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ミンチン先生はそれを止める術もなく、いかりのあまり石のように立って、セエラを見送るばかりでした。
今はかの当時、何を恥じ、何をいかり、何を悲しみ、何を恨むともわかち難き感情の、はらわたたぎりし時は過ぎて、一片の痛恨深くして、人知らずわが心をくらうのみ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「いうまでもない儀にござります」ますます桃ノ井兵馬の声は、いかりと怨みとに顫えを帯びて来た。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
れこたおこんねえ、おこつたつくれえげつちやあから」與吉よきちのいふのをいてぢいさんのいかりはやはらげられた。卯平うへいあをかほをして凝然ぢつつぶつたしがめていてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
それによると美しき酋長の娘に思いをよせた狒々は、余り浮かれ過ぎて悪巫山戯わるふざけをしたので、遂に酋長のいかりを買って捕えられ、『鉄の処女』の刑に処せられることになった。
鉄の処女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
月日の流れは、いかなる悲しみも、恐れも、いかりも、いつとなく洗い薄めて行くものだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お高へわたし種々しゆ/″\源八が戀慕こひしたふ樣子を物語りければお高は大にいかり文を投付なげつけ一言も云はずすぐに母へ右の事をはなせしにぞ父も此事をきゝ然樣さやうの者はいとまつかはすにしくはなしと與八へはながの暇を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
引摺ひきずりな阿魔めと、はていかりを発して打ち打擲を続けるのだそうでございまして。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、貴方からいつまでも離れまいとする心は、いつでも時江さんに飛びついていて、貴方そっくりのあの顔に、しっくりと絡みついて離れないのです。ああおいかりになってはいけませんわ。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
いよいよ屈せず、太祖高皇帝の神牌しんぱいを書して城上に懸けしむ。燕王あえて撃たしむるあたわず。鉉又数々しばしば不意に出でゝ壮士をして燕兵をおびやかさしむ。燕王いかることはなはだしけれども、計の出づるところ無し。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
飢ゑにし鰐の怒りを我思ふわれのいかりに似ずとはいはじ
河馬 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
雄々し、いかるかその姿
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
彼女はその赤ん坊をごく静かにゆすぶりながら、ぼんやり見とれていると、ふいに、今までのいかりも憎しみも一つのかぎりない温情の中へ溶けこんで行った。
小さきもの (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
だから能登守の左右の者が、その無礼をいかって眼と眼を見合わせると、能登守はなにげなき風情ふぜいで取合いません。
彼方此方かなたこなたに、こう駈け廻りつつ叫ぶ声が、夜叉やしゃの襲来のようであった。——若い声、しゃがれた声、いかり声。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
呼べどさけべど、宮は返らず、老婢は居らず、貫一は阿修羅あしゆらの如くいかりて起ちしが、又たふれぬ。仆れしを漸く起回おきかへりて、忙々いそがはし四下あたりみまはせど、はや宮の影は在らず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
立春りつしゆんぎてから、かへつ黄昏たそがれ果敢はかないうすひかりそらちるはず西風にしかぜなにいかつてかいて/\まくつて、わたつても幾日いくにちまぬほど稀有けう現象げんしやうともなうて
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
私はその時始めて弟の悪辣な計画を知っていかり、彼が時機を見て発表するからそれまでは秘密にしていろ、と堅く口留めしました自分の身分をすっかり院長に語ってしまいました。
鉄の処女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
致されよ往々は家主の爲にもなるまじと申入たれば大にいかかへつて我々を追立おひたてんとなすゆゑ泥工さくわん棟梁とうりやう家主に異見して相濟あひすみし程の事もあれば馬喰町の隱居殺したるは勘太郎にちがひなしと申を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
石となれ石は怖れも苦しみもいかりもなけむはや石となれ
和歌でない歌 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
文三はモウ堪え切れないいかりの声を振上げて
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
つい今の、内匠頭の態度は、内心、彼の胸を十分にいからしていた。見ておれと、思っていた機会が、すぐ来たのだ。彼は、ばしっと、扇子で自分のを打った。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの場合彼女がよしんば意味のない言葉をしゃべくっていたとしても、或は美くしい詩を朗読していたとしても、おれはまったく同一のいかりを感じたにちがいない。
ピストルの蠱惑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
かかることありし翌日はおびただしく脳のつかるるとともに、心乱れ動きて、そのいかりしのちを憤り、悲みし後を悲まざればまず、為に必ず一日の勤を廃するは彼の病なりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
以て勘太郎店立たなだて申入候へば勘兵衞もつての外にいかり却て私し共に店立申付候程の事にて何故か勘太郎を贔屓ひいき仕つり候と申せしかばこゝに於て大岡殿大聲に其方家主をもつとめながら右體みぎていの者は訴へ出べきにいつはりを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
いかにぼろ服を着ておればとて、金持ちの奴等がおれを殺そうと脅かすなんて、あんまり馬鹿にしていやがる——そう考えると、一種の狂暴ないかりが全身を走った。
乞食 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
それを今、外から聞いて来た主税が、いかって父にその鬱念うつねんを吐こうとすると
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女はこの激しいいかりの前にどぎまぎして、云い訳もしどろもどろだった。
生さぬ児 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
と、武蔵はいかるが如く
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
アルトヴェル氏はえがたいいかりを夫人の方へ向けた。
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)