愛嬌あいきょう)” の例文
女はさっそく隣近所に蕎麦そばを配るし、なにしろ美人で愛嬌あいきょうがいいので、源右衛門も奇異の感よりはむしろ最初から好意をよせていた。
西宮は三十二三歳で、むッくりと肉づいた愛嬌あいきょうのある丸顔。結城紬ゆうきつむぎの小袖に同じ羽織という打扮いでたちで、どことなく商人らしくも見える。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
丸ぽちゃの可愛らしい娘ですが、笑っても、物を言っても、無智な愛嬌あいきょうがこぼれそうで、これも付き合いきれないところがあります。
これでこそ貫目のある好男子になられたというものであると女たちがながめていて、指貫さしぬきすそからも愛嬌あいきょうはこぼれ出るように思った。
源氏物語:18 松風 (新字新仮名) / 紫式部(著)
が、いつもなら、ひとにいわれるまでもなく、まずこっちから愛嬌あいきょうせるにきまっていたおせんが、きょうはんとしたのであろう。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
しかしそれにしても刃物は剣呑けんのんだから仲見世なかみせへ行っておもちゃの空気銃を買って来て背負しょってあるくがよかろう。愛嬌あいきょうがあっていい。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
新しい妻を讃美さんびしながら、日本中で、一番得意な人間として、後から後からと続いて来る客に、平素いつもに似ない愛嬌あいきょうを振りいていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
妹のなかは姉とはまったく反対で、姿かたちも美しいし愛嬌あいきょうもあり、頭がよくてすばしこくって、小さいじぶんからにんき者であった。
榎物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
愛嬌あいきょうもののうぐいすは、ほかのとりとちがって、うつくしいばかりでなく、こころもやさしく、わたしには、しんせつなのです。」と、こたえました。
風と木 からすときつね (新字新仮名) / 小川未明(著)
シリアのかみさんはサゲー小母おばさんよりも愛嬌あいきょうがあるだろうが、しかしヴィルギリウスがローマの居酒屋に入り浸ったとするならば
パチリとはしないが物思に沈んでるという気味があるこの眼に愛嬌あいきょうを含めて凝然じっ睇視みつめられるなら大概の鉄腸漢も軟化しますなア。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ところが、せっかく、死肉が笑い出しても、こちらの怪物は、それに調子を合わせるだけの愛嬌あいきょうを持ち合わせておりませんでした。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ある小鳥のようなわざとらしい落ち着きのない態度と、愛嬌あいきょうよそおってはいるがしとやかさと親愛さとに富んだ話し方をそなえていた。
けれどもごく愛嬌あいきょうが少なくちっとも愛くるしいという顔を見ることが出来ない。誠にツーンとして情ないという有様が見えて居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
かれはかくも神経質しんけいしつで、その議論ぎろん過激かげきであったが、まち人々ひとびとはそれにもかかわらずかれあいして、ワアニア、と愛嬌あいきょうもっんでいた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼女は三人のうちで一番年が若く、十六か七くらいに思えた。顔も圓顔の、無表情な中にも自然と愛嬌あいきょうのある面立おもだちをしていた。
誰にもれやすくて愛嬌あいきょうの好い葉子ではあったが、それだけにまた異性に対して用心深いことは、庸三もかねがね分かっていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
余はこの時つくづく露月を変な男だと思った。シンネリムッツリで容易に口を開かない。そうして時々笑う時には愛嬌あいきょうがある。その時余は
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
かの女は咄嗟とっさの間に、おならの嫌疑けんぎを甲野氏にかけてしまった。そしてそのめに突き上げて来た笑いが、甲野氏への法外ほうがい愛嬌あいきょうになった。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ルイザ・イヴァーノヴナは、気ぜわしない愛嬌あいきょうをふりまき、四方八方へ小腰をかがめながら、戸口まであとずさりして行った。
いずれにしても愛嬌あいきょうがあって、そうして何らの害毒を流す恐れのないのみならず、結果においては意外に好果をも結び得る種類の事柄である。
千人針 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
譚は玉蘭の来たのを見ると、又僕をそっちのけに彼女に愛嬌あいきょうをふりまき出した。彼女は外光に眺めるよりも幾分かは美しいのに違いなかった。
湖南の扇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
愛嬌あいきょうしたたるような口もと、小鹿が母を慕うような優しい瞳は少くとも万人の眼をいて随分評判の高かっただけに世間の嫉妬ねたみもまた恐ろしい。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
口はその下にかくれているのか、よくは見えない。目の横に、顔からとびだしたしゃもじ形の丸い耳がついていた。この耳も、愛嬌あいきょうがあった。
怪星ガン (新字新仮名) / 海野十三(著)
やっと別れた帰り路に、「〆八は愛嬌あいきょうがあって、評判がいいのだよ」とお母様はおっしゃいましたが、私は何だかいやでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
鎌倉に呼んでもらいたいばかりに、春の終りごろから、いくども愛嬌あいきょうのある手紙を書いたが、今年はお客さまですから、とお断りをいただいた。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
都会の女、あか抜けて愛嬌あいきょうのいい女、そんなのを期待して来たのならば、彼にもお気の毒だし、女房もみじめだと思った。
親友交歓 (新字新仮名) / 太宰治(著)
鋭いうちにも一種の愛嬌あいきょうを含んでいるので、かれが葱売ねぎうりの美しい娘などになれば、その眼がいかにも可愛らしく見えた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「トシ坊は愛嬌あいきょうものだね。いくつ? そうお、三つ。トシ坊はきょうからおじちゃんと、病院でねんねするんだよ。いい子だから、泣かないね。」
夕張の宿 (新字新仮名) / 小山清(著)
それも旅の衆の愛嬌あいきょうじゃ言うて、えらい評判のい旅籠屋ですがな、……お前様、この土地はまだ何も知りなさらんかい。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もぎとるようにしてお雪をつれて行くと、無理矢理むりやり有朋のそばへ坐らせて、お女将は、ここを先途せんど愛嬌あいきょうをふりまいた。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
ヤアさん。たまにゃア仕方がないことよ。」と愛嬌あいきょうを作って君江は膝頭ひざがしらの触れ合うほどに椅子を引寄せて男のそばに坐り
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そして私が持ってゆくと、檻のふちへ身体をすり付けて私に愛嬌あいきょうを示す、もう一度私の踊りが見たいというのだろう。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
今にもまんずるはいの断えず口もとにさまよえるとは、いうべからざる愛嬌あいきょう滑稽こっけい嗜味しみをば著しく描きいだしぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「だけど、おまえ、久子だって六年生ぐらいまでは口数のすくない、愛嬌あいきょうのない子だったよ。それがまあ、このせつはどうして、口まめらしいもの」
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
室の中には明るい洋燈ランプの光があった。杉本は童顔に愛嬌あいきょうをたたえていた。お高はその時黙って杉本のさかずきへ酌をした。杉本はまたそれを黙って飲んだ。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しかし足を止めるとすぐに、孫兵衛の鋭い注視がすわったので、そのうろたえた目をお品にそらし、愛嬌あいきょうよくみあって、何気ないさまに行き過ぎる。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その中でも重立ったかしらは年の頃五十あまり、万事に老練な物の言振りをする男で、肥った頬に愛嬌あいきょうを見せながら、肉屋の亭主に新年の挨拶などをした。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私の眼には文壇では里見さんを大柄にして、ドッシリと落ちつかせ、ソツなく愛嬌あいきょうをもたせた面影おもかげが残っている。
前髪黒く顔白く、眼に張りあって愛嬌あいきょうあふれ、唇あかく鼻高く、堂上方の公達きんだちか大管領の若者かと思われるようなその気高さ、莞爾かんじと笑って座についたが
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
上さんの方がかえって愛嬌あいきょうが少いので、上さんはいつも豆のり役で、亭主の方が紙袋に盛り役を勤めて居る。
熊手と提灯 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
普通なみの犬ころなどとちがって品のいものでなかなか賑やかで愛嬌あいきょうがある。そこで第一に一つ彫り初めました。
「私のお父つぁんはだんさんみたいにええ男前や」とらしたりして悪趣味あくしゅみ極まったが、それが愛嬌あいきょうになった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
光明皇后の十二ひとえも時代錯誤でおかしいが、この蒸し風呂の設備と相面して銭湯風の浴室が画いてあるのは、愛嬌あいきょうを通り越してむしろ皮肉に感ぜられた。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
色の白い愛嬌あいきょうのある円顔まるがお、髪を太輪ふとわ銀杏いちょう返しに結って、伊勢崎の襟のかかった着物に、黒繻子くろじゅすと変り八反の昼夜帯、米琉よねりゅうの羽織を少し衣紋えもんはおっている。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
アワタケは割に大きな、間のぬけた茸で、村の人はアンパンといって馬鹿にしている。いかにもアンパンという感じの、うまくもない茸であるが愛嬌あいきょうがあった。
山の秋 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
しかし、その笑いはにこにこしていて、狂人のように笑っても愛嬌あいきょうをそこなわなかった。それで人が皆楽しく思って、隣の女や若いお嫁さん達が争って迎えた。
嬰寧 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
元来緑雨の皮肉には憎気にくげがなくて愛嬌あいきょうがあった。緑雨に冷笑されて緑雨を憎む気には決してなれなかった。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
く冷淡に事務に従事する人でも、親切に愛嬌あいきょうまたは好意を持つと持たぬのでおのずからその務めのはかどりも違う。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
無造作むぞうさな人物で、自分で自分の自動車を操縦して、よく玉村商店へ遊びに来たが、話し好きで、どことなく愛嬌あいきょうがあったので、主人の玉村氏ともじき懇意を結び
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)