後毛おくれげ)” の例文
夫人この時は、後毛おくれげのはらはらとかかった、江戸紫の襟に映る、雪のようなうなじ此方こなたに、背向うしろむき火桶ひおけ凭掛よりかかっていたが、かろく振向き
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何うやらお嬢さんの後毛おくれげが、何うやら私の頬の辺に、もつれかかりはしないだろうか? こんなような感じがしたからである。
奥さんの家出 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さし伸ばされた雪のようなうなじにかかる後毛おくれげ、唇を喰いしばって外向けた横顔の美しさ……いまの湛左衛門にとってこれ以上のさかなは無かった。
武道宵節句 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ちょうどこの白い触肢のあるきのこみたいに、ばらっと短い後毛おくれげが下ってさえ、もう顔の半分も見えなくなってしまうのですから。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
二人の小使にぐったりとだかれてエレベータアの方へ行くはる子のわきについて歩きながら、しづ子が後毛おくれげを頬にこぼして
舗道 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
枕のとがなるびん後毛おくれげを掻き上げたのちは、ねじるように前身ぜんしんをそらして、櫛の背を歯にくわえ、両手を高く
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
薄暗いランプの光に照されて透通すきとほるやうに白い襟足えりあしに乱れかゝつて居る後毛おくれげが何となくさびしげで、其根のがつくりした銀杏返いちやうがへしが時々ふるへて居るのは泣いてゐるのでもあるのか
夜汽車 (新字旧仮名) / 尾崎放哉(著)
物を言う時には絶えず首をうごかす、其度にリボンが飄々ひらひらと一緒にうごく。時々は手真似もする。今朝った束髪がもう大分乱れて、後毛おくれげが頬をでるのを蒼蠅うるさそうに掻上かきあげる手附もい。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
お通はまたたきもせずみまもりながら、手も動かさずなりも崩さず、石に化したるもののごとく、一筋二筋頬にかかれる、後毛おくれげだにも動かさざりし。
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼女は、額の後毛おくれげを無造作にはね上げて、幹に突っ張った、片手の肩口から覗き込むようにして、なおも話しかけるのを止めようとはしなかった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
夫の帰った物音に引窓からさす夕闇ゆうやみの光に色のない顔を此方こなたに振向け、油気あぶらけせた庇髪ひさしがみ後毛おくれげをぼうぼうさせ、寒くもないのに水鼻みずばなすすって、ぼんやりした声で、お帰んなさい——。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
肩が細かく波を打つ、耳髱へかかった後毛おくれげが、次第に顫えを増して来る。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
グラフィーラは後毛おくれげをたらしたまま、歪んだ笑顔で
背中をさすろうとした手がすべって、ひやひやと後毛おくれげくぐって、柔かな襟脚にさわったが、やがて水晶のように冷たいのを感じた。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
眼の縁がっと紅く染って来て、小びんの後毛おくれげをいつも気にする人なんだが、それが知らず知らずのうちに一本一本殖えて行く——と云うほど、あの人だっても夢中になってしまうんだよ。
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
私は以前よくこの長屋の前を通る時、寒い冬の夕方なぞ、薄暗い小窓の破れ障子に、うちなるランプの後毛おくれげを乱した女の帯なぞ締め直している薄い影をば映し出しているのを見た事があります。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
上らぬ枕を取交えた、括蒲団くくりぶとんいちが沈んで、後毛おくれげの乱れさえ、一入ひとしお可傷いたましさに、お蔦は薄化粧さえしているのである。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
白井は女の額に垂れかゝる後毛おくれげを弄びながら
来訪者 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
指環をめた白い指をツト挙げて、びん後毛おくれげを掻いた次手ついでに、白金プラチナ高彫たかぼりの、翼に金剛石ダイヤちりばめ、目には血膸玉スルウドストンくちばしと爪に緑宝玉エメラルド象嵌ぞうがんした
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
雪の襟脚、黒髪と水際立って、銀の平打ひらうちかんざし透彫すかしぼりの紋所、撫子なでしこの露も垂れそう。後毛おくれげもない結立ての島田まげ、背高く見ゆる衣紋えもんつき、備わった品のさ。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一刷ひとはけ黒き愛吉の後姿うしろつき朦朧もうろうとして幻めくお夏のそびらおおわれかかって、玉をべたる襟脚の、手で掻い上げた後毛おくれげさえ、一筋一筋見ゆるまで、ものの余りに白やかなるも
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
長範をば討って棄て、血刀ちがたな提げて呼吸いきつくさまする、額には振分たる後毛おくれげ先端さき少しかかれり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あれ、不可いけませんよう。」「可いてことさ。」せりあううちに後毛おくれげはらはら、さっと心も乱髪みだれがみ、身に振かかるまがつびのありともあわれ白露や、無分別なるものすなわちこれなり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つぶやきつつ、提灯差附け凝視みつむれば、身装みなりこそ窶々やつやつしけれ、頸筋えりすじの真白きに、後毛おくれげにおいこぼるる風情、これはと吉造首をひねって、「しっかりせい。」襟よりずっと手を差入れ
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
びん後毛おくれげを掻いたついでに、白金プラチナ高彫たかぼりの、翼に金剛石ダイヤちりばめ、目には血膸玉スルウドストンくちばしと爪に緑宝玉エメラルド象嵌ぞうがんした、白く輝く鸚鵡おうむかんざし——何某なにがしの伯爵が心を籠めたおくりものとて、人は知って
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
島野はにらみ見て、洋杖ステッキと共に真直まっすぐに動かず突立つったつ。お雪は小洋燈に灯を移して、摺附木を火鉢の中へ棄てた手でびん後毛おくれげ掻上かいあげざま、向直ると、はや上框あがりがまち、そのまませわしく出迎えた。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
母も後毛おくれげ掻上かきあげて、そして手水ちょうずを使って、乳母うば背後うしろから羽織はおらせた紋着に手を通して、胸へ水色の下じめを巻いたんだが、自分で、帯を取ってしめようとすると、それなり力が抜けて
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、こう、水の底へ澄切ったという目を開いて、じっと膝を枕に、かいな後毛おくれげを掛けたまま私を見詰める。眉が浮くように少し仰向あおむいた形で、……抜けかかったくしも落さず、動きもしません。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と袖で胸へしっかと抱いて、ぶるぶると肩を震わした、後毛おくれげがはらりとなる。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と気を揉む頬の後毛おくれげは、寝みだれてなお美しい、柳の糸より優しいのである。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夫人はこれを聞くうちに、差俯向さしうつむいて、両方引合せた袖口そでくちの、襦袢じゅばんの花に見惚みとれるがごとく、打傾いて伏目ふしめでいた。しばらくして、さも身に染みたように、肩を震わすと、後毛おくれげがまたはらはら。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まあお聞きそれからしまのお召縮緬めしちりめん、裏に紫縮緬の附いた寝衣ねまきだったそうだ、そいつを着て、紅梅の扱帯しごきをしめて、蒲団の上で片膝を立てると、お前、後毛おくれげ掻上かきあげて、懐紙で白粉おしろいをあっちこっち
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
横に飾った箪笥たんすの前なる、鏡台の鏡のうちへ、その玉のうなじに、後毛おくれげのはらはらとあるのがかよって、あらたに薄化粧した美しさが背中まで透通る。白粉の香は座蒲団にもこもったか、主税が坐ると馥郁ふくいくたり。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
横にかすめて後毛おくれげをさらりと掛けつつ、ものうげに払いもせず……きれの長い、まつげの濃いのを伏目ふしめになって、上気して乾くらしい唇に、吹矢の筒を、ちょいと含んで、片手で持添えた雪のようなひじから
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と横を向いた、片頬笑みの後毛おくれげを、男に見せて、婀娜あだに払い
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一人の婦人が、はらはらと後毛おくれげのかかった顔で
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)