巍然ぎぜん)” の例文
いわばその二つの主峰は、一時雲に隠れていたものが、ふたたびその健在な姿を、巍然ぎぜんと、雲表うんぴょうにあらわしたものといっていい。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
チスガリーの頂上より北方を眺めますと、ダージリンで見たよりもなお豪壮雄大なるヒマラヤ雪峰が巍然ぎぜんとしてそびえて居るです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
が、モーツァルトの一千に上る作品は、天にそそり立つ大記念碑として、すべての人の前に巍然ぎぜんとして立っているではないか。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
当時の慷慨家をして「彼巍然ぎぜんたるニコライ会堂」あるいは「東京市中を睥睨へいげいする希臘ギリシャ教会堂」と慷慨せしめたる、四百年前の最大」建築なり。
四百年後の東京 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
預言者は其精神を死骨と共に棺中に埋めず、巍然ぎぜんとして他の「時」に霊活し、無声無言の舌を以て一世を号令するものなり。
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
途中白石の町は往時むかし民家の二階立てを禁じありしとかにて、うち見たるところ今なお巍然ぎぜんたる家無し。片倉小十郎は面白き制をきしものかな。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その破れた窓の障子からむこうの崖なる木立こだちの奥深く、巍然ぎぜんたる西洋館の窓々に燈火の煌々こうこうと輝くのを見、同時にピアノのるるを聞きつけて
その涯の所に突然大きな建物が、解らないものの中で一番解らないものの象徴のように、巍然ぎぜんとしてそびえていた。彼はそれを監獄だと信じていた。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
田圃を距てたほこりっぽい昔の街道の向う側に城のように巍然ぎぜんたる石垣や土手をつらねているのが棚田の家だったのです。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ただに盛岡六千戸の建築中の巨人である許りでなく、また我が記憶の世界にあつて、総ての意味に於て巨人たるものは、実にこの堂々たる、巍然ぎぜんたる
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
帝都の中央に大審院や司法省の大廈たいか高楼が巍然ぎぜんとして立っているのを見、またこれを写真にとり絵端書などに造って誇っている世上のありさまを見て
理想的団体生活 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
『淵鑑類函』巻四二九に虎骨はなはだ異なり、咫尺しせき浅草といえどもく身伏してあらわれず、その虓然こうぜん声をすに及んではすなわち巍然ぎぜんとして大なりとある。
巍然ぎぜんとして雲の上に聳え立つ白扇を逆倒にしたやうな美しい姿をみて『美しい』と云はざるを得なかつた。
もはや毛頭それに逆おうなぞとは考えたこともないほど巍然ぎぜんたるものであるにかかわらず、たよりに思うのは、その関係のなかに在るひとりの人間でしかないのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
自分は小山から小山の間へと縫ふやうに通じて居る路をあへぎ/\伝つて行くので、前には僧侶の趺坐ふざしたやうな山があゐとかしたやうな空に巍然ぎぜんとしてそびえて居て
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
女役者として巍然ぎぜんと男優をも撞着どうちゃくせしめた技量をもって、小さくとも三崎座に同志を糾合きゅうごうし、後にはある一派の新劇に文士劇に、なくてならないお師匠番として
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
しかれども封建社会の精神は巍然ぎぜんとして山のごとく屹立きつりつするにあらずや。吾人は今日において封建割拠の結合のほかにいまだ政治上の結合なるものを見ざるなり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
岩代の燧岳ひうちたけ、越後のこまたけ、八海山等皆巍然ぎぜんとして天にてうし、利根水源たる大刀根岳は之と相拮抗きつこうして其高きをあらさふ、越後岩代の地方に於てはけつしてゆきを見ざるに
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
時まさに三時、定遠の前部は火いよいよ燃えて、黄煙おびただしく立ち上れど、なおのがれず。鎮遠またよく旗艦を護して、二大鉄艦巍然ぎぜん山のごとくわれに向かいつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
昏迷こんめいし、奮激し、降伏をがえんぜず、地歩を争い、何らかの逃げ道をねがい、一つの出口を求めつつ、巍然ぎぜんたる理想の前から一歩一歩退く時、後方にある壁の根本は
三囲みめぐり華表とりいを圧して巍然ぎぜんそびえたコンクリートの建物である、——六月の曇った空のいろを浮べた隅田川のものういながれが、一層その眺めを荒廃したものにみせていた……
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
外国の影響を受けてもなお巍然ぎぜんとそびえてる美の伝統——芝居としての一つの芝居、文体としての一つの文体、おのれのわざをよく知ってる作者、書くことを知ってる著作者
丸ビルは多少破壊しておったが、それでも巍然ぎぜんとしてそびえておった。丸ビルの中も雑踏しておった。その群衆の中に三菱地所部長の赤星氏が巻ゲートルをして突立っておった。
丸の内 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
法隆寺の塔のもつ巍然ぎぜんたる威容は、上宮太子じょうぐうたいしの御人格そのままと申していいほど立派なものである。鳥仏師の釈迦しゃか三尊にみらるるような絶対帰依きえる厳格さをしのんでもよかろう。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
実にもって客観なるものを、かくまでに足蹴あしげにかける彼の主観は、正しくもまた極端なる内容本位をもって、巍然ぎぜんとして、しかも悠揚洒々その名画を生み続けたのである。(昭和六年)
牧渓の書の妙諦 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
三楽がしも小田氏の如く勢に附したらば、失敗はせざりしならむ。三楽は鯁骨こうこつを有す。成敗以外に、巍然ぎぜんとして男子の意気地を貫きたり。成敗を以て英雄を論ずべからずとは、三楽の事也。
秋の筑波山 (新字新仮名) / 大町桂月(著)
熔鉱炉を据えた仕事場を正面に控えて山の中腹に巍然ぎぜんとしてそびえる巨大な建物は、この鉱山の一切の事を一手に扱う大機関で——すなわち今日の山事務所で、その頃は吟味所ぎんみどころと呼んでいたが
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
列車の窓が次々に送り迎える巍然ぎぜんたる街衢がいく、その街衢と街衢との切れ目毎にちらつく議事堂の尖塔せんとうを遠望すると、今更に九年の歳月と云うものの長さ、———その間には帝都の変貌へんぼうのみならず
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わが国現代文芸の興隆発達の功績の三分の一をその一身に背負っているとでもいいたげな様子に巍然ぎぜんとして空高く四方を圧し、経済雑誌界の権威たる天野博士の東洋経済新報社のビルディングが
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
さて下に降りて上を仰ぐと、小池の姿が雪の上に巍然ぎぜんと聳えている。
五色温泉スキー日記 (新字新仮名) / 板倉勝宣(著)
島の中央に巍然ぎぜんとして屹立きつりつする・蝙蝠模様で飾られた・り屋根の大集会場バイを造ったのも、島民一同の自慢の種子である蛇頭の真赤な大戦舟を作ったのも、すべて此の大支配者ムレーデルの権勢と金力とである。
南島譚:01 幸福 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そのうしろ楼門そびゆ、巍然ぎぜんとして鬱たり。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
巍然ぎぜんとして、天のなかばに。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ただそれのみでなく、湖水の東南より西南にわたって高くそびゆる豪壮なヒマラヤ雪峰は巍然ぎぜんとして妙光を輝かして居ります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
鍛冶房かじぼう、銭糧局、織布しょくふ舎、築造大隊、酪乳らくにゅう加工所、展望台組、倉庫方、邏警らけい部など、あらゆる適所に適材をおき、水際巍然ぎぜん、少くもここのさいでは
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「然うだ、那処に建つ!」う思つただけで、松太郎の目には、その、純白まつしろな、絵に見る城の様な、数知れぬ窓のある、巍然ぎぜんたる大殿堂が鮮かに浮んで来た。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
十月さく。舟廻槻木ヲテ岩沼ノ駅ニ飯ス。名取川駅ノ東ヲめぐツテ海ニ入ル。晡時ほじ仙台ニ投ズ。列肆れっし卑陋ひろう。富商大估たいこヲ見ズ。独芭蕉ばしょうノ屋宇巍然ぎぜんトシテ対列スルノミ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
五重巍然ぎぜんと聳えしさま、金剛力士が魔軍を睥睨にらんで十六丈の姿を現じ坤軸こんぢくゆるがす足ぶみして巌上いはほに突立ちたるごとく、天晴立派に建つたる哉、あら快よき細工振りかな
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
つゐに将来大障碍をのこさしめたり、障碍しやうげとは何ぞ、一行は巍然ぎぜんたる燧岳眼前にあるを以て、そのふもとの尾瀬沼にいたらんには半日にしてれり、今夜其処にたつするをべしとかんがへしに
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
彼女が勢力にまかせて押退けたおりには、奥深くへと自然に開けていった壁が——何の手ごたえもない幕のように見えた壁が、巌壁がんぺきのように巍然ぎぜんそびえたっていて、はじき飛ばした。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
南面して巍然ぎぜんたる円柱をめぐらせてそびえ立っているのでしたが、そちらの方を指さしながら、今にも涙のしたたり落ちんばかりの様子が、何かは知らず、ただならぬ気色けはいに見受けられました。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
石で作られた像かのように巍然ぎぜんとして腰かけている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すなわち巍然ぎぜんとして大なり〉と支那説がある。
さしも全土にわたる教門の勢力をあつめて、この浪華なにわの一丘に、巍然ぎぜんたる特異な法城を構えていた石山本願寺も、もう以前ほどな実力はなくなっていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
荷船にぶね肥料船こえぶねとまが貧家の屋根よりもかえって高く見える間からふと彼方かなた巍然ぎぜんとしてそびゆる寺院の屋根を望み見る時、しばしば黙阿弥もくあみ劇中の背景を想い起すのである。
二万五千六百の雪峰 であって巍然ぎぜんとして波動状の山々の上に聳えて居る様はいかにも素晴らしい。その辺へ着きますと閃々せんせんと電光が輝き渡り迅雷じんらい轟々ごうごうと耳をつんざくばかり。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
貞任さだたうの昔忍ばるる夕顔瀬橋、青銅の擬宝珠の古色したたる許りなるかみなかの二橋、杉土堤すぎどての夕暮紅の如き明治橋の眺めもよく、若しそれ市の中央に巍然ぎぜんとして立つ不来方城に登つて瞰下みおろせば
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
だんだん足場を取り除けば次第次第にあらわるる一階一階また一階、五重巍然ぎぜんそびえしさま、金剛力士が魔軍を睥睨にらんで十六丈の姿を現じ坤軸こんじくゆるがす足ぶみして巌上いわおに突っ立ちたるごとく
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そして伊藤公は——かなりな我儘わがままをする人だというので憎みののしるものもあればあるほど、畏敬いけいされたり、愛敬あいきょうがあるとて贔屓ひいきも強かったり、ともかくも明治朝臣のなかで巍然ぎぜんとした大人物
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
と、美濃方の兵が、朝起きるたび、河べりで眼をこすっている間に、巍然ぎぜんたる一城の威容を作りあげていた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)