かえ)” の例文
迦羅奢は、常の聡明そうめいな自分にかえった。ふだんは、良人は気短で気のあらい人と考えていたのが、今はあべこべにあることに気づいた。
金井君の唇は熱い接吻を覚える。金井君の手は名刺を一枚握らせられる。旋風つむじかぜのように身をかえして去るのを見れば、例の凄味の女である。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
旅を終えて振りかえると、今なお続く民藝の分布について色々の結果を捕えることが出来る。固有の工藝が多く残るのは概して北方に多く、南国に浅い。
地方の民芸 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
これを陳皇后という。のち皇后寵ついに衰え驕恣きょうしますます甚だし、女巫楚服なる者自ら言う、術ありく上の意をかえらしむと。昼夜祭祀し薬を合せて服せしむ。
もしまよいを執りてかえらず、小勝をたのみ、大義を忘れ、寡を以て衆に抗し、す可からざるの悖事はいじ僥倖ぎょうこうするをあえてしたまわば、臣大王の為にもうすべきところを知らざるなり
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
咲子は立って廊下へ出たが、そこで振りかえって、千代子を招いた。千代子が同じく立って廊下へ出ると、小さな声で、こわいからいっしょに便所はばかりへ行ってくれろと頼んだ。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その傍に立ちしものは皆手伝えり、ただ佐太郎のみたたずみたるまま手をも挙げざりき、やがて群集はおのおのその伴を呼びつつののしり帰り、時々振りかえりて佐太郎を見やれり
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
乱杭、歯くそかくし鉄漿かねをつけて、どうだい、そのざまで、全国の女子の服装を改良しようの、音楽を古代にかえすの、美術をどうのと、鼻のさきで議論をして、舌で世間をめやがる。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と呼ぶ声が耳へ這入ったか、我にかえって片手を漸々よう/\出して茂之助の手へすがって
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
かえって後姿を眺めようとするような心持が、女と歴史とのすれちがいには起こらなかったのであります。有りとあらゆる前代の人の身の上は、小説の中にすらも皆は伝わっておりません。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
酒や女にふけっていた弟のだらしのない生活が、母親の胸におもかえされた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
再び息をかえして、爛々たる光熱を吐くに至る、されど君よ、死せる太陽が、めぐりめぐりて、他の星体に相会する年数は、十万年なるか、はた二十万年を要するか、そは微少なる吾々の智識にては
太陽系統の滅亡 (新字新仮名) / 木村小舟(著)
御家人ごけにん旗本はたもとの間の大流行は、黄白きじろな色の生平きびらの羽織に漆紋うるしもんと言われるが、往昔むかし家康公いえやすこうが関ヶ原の合戦に用い、水戸の御隠居も生前好んで常用したというそんな武張ぶばった風俗がまた江戸にかえって来た。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして、彼もまた、その日は瀟洒しょうしゃであった赤革靴のきびすをかえすと、やや低いスロープを作っている芝生のくぼみに、お光さんがいた。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
賽児墓に祭りて、かえるさのみち、一山のふもとを経たりしに、たま/\豪雨の後にして土崩れ石あらわれたり。これをるに石匣せきこうなりければ、いてうかがいてついに異書と宝剣とを得たり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
館原の藤吉とともに敵の流れ丸にあたり、重傷を負いて病院に運ばれ、佐太郎を死のまくらに呼び阿園が再縁のことをくれぐれも頼みて死しぬ、されば佐太郎は気絶したる阿園を呼びかえして
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
すぐ御葉山みはやまの下の鐘楼の鐘が、耳もとで鳴るように、いんいんと初更をつげわたると、範宴は、はっとわれにかえって、思わず大喝だいかつ
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高巍こうぎの説は、敦厚とんこうよろこしと雖も、時既におそく、卓敬たくけいの言は、明徹用いるに足ると雖も、勢かえし難く、朝旨の酷責すると、燕師えんしの暴起すると、実にたがいあたわざるものありしなり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こう、われにかえって、嘆声をもらすと、武蔵は初めて、菩提ぼだいと煩悩の中間から地上へ放し落されたように、両手を頭の後ろに結んで
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、後醍醐ご自身は、ここより車を南にかえし、奈良へ落ちん、というお計りなのである。——南都も深く宮方にちぎりおるもの。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はっと吾れにかえったのである。梶川与三兵衛は、余りに昂奮していた自分の手荒な処置に気がついたらしく、内匠頭の手を放した。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、それまでは、旧主小寺家からもらった小寺姓をも名乗っていたが、この時から、旧姓をまったく廃して、黒田姓ひとつにかえった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしていま、芦屋ノ浦からそのみよしを再度、赤間ヶ関へかえしている今日は、四月七日。そのかん、たった四十六、七日でしかなかった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのため紅い唇や、蜂蜜のようにねばる手や、甘酢あまずい髪の毛のにおいやらが、すぐ頭から去って、彼は、常の彼の身にかえっていた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紹巴はすぐ元の寝息にかえっている。みじか夜はすぐ明け放れた。起きるやいな、光秀は人々と別れて、まだ朝霧もふかいうちに下山した。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「君ニツカエテソノモトヲ忘レズ。関羽はまことに天下の義士だ。いつか去ろう! いつかかえり去るであろう! ああ、ぜひもない」
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
振向いて、じっと、しばらく空虚うつろな眼をすえていたが——あっ、とそれから初めて常態の神経にかえって、おどろきを口から洩らした。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、自分のことにかえるが、わしが御房の年ごろには、畏れ多いが、仏陀ぶっだ御唇みくちも女に似て見え、経文きょうもんそう文字も恋文に見えた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、祝龍はただちに部下へいいつけて、石秀を縄からげにし、郭門かくもんの内へ送りこむやいな、ふたたび馬をかえして敵の中へ突入して行った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
身体は疲れ果て、心は悲愁ひしゅう。しかもただ一騎でもあるし、戦うすべもなく、馬をかえしてべつな道へ急ぐと、またまた、一林の茂りをひらいて
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
、何とか、うばかえさんものとあがいているのらしいが、そうはさせぬ。……が、法師よ、いまから吉田山へ帰るなどは物騒だぞ、よせ、よせ
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
誰か、けた。開けると同時に、男は、背に負ってきた十八公麿を、ほうりこむように、門の中へ渡して、さっさと、元の道へ、かえした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
という情報をうけとると、万一の変を考慮して、急に、兵をかえし、越後の糸魚川いといがわ城にはいって、八千余騎を、国境の変に備え
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
土匪どひらし、村の治安が強固になり、めいめいの生活が平和にかえると、誰ひとりこの地方では、武蔵の名を呼び捨てにする者はなかった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
案のごとく万太郎は、相手を優形やさがたと見くびッて、手捕てどりにする気でかかりましたが、ハッと気がついて途中からさらにうしろへ飛びかえって
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たえず車副くるまぞいのかたちで、帝のお近くにいた佐々木道誉は、すぐ馬をかえして、同役の千葉ちばすけ貞胤さだたね、小山秀朝らにはかり、それの配置を作った。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
努めて磊落らくらくであろうとしたのだ。けれどすこし話しているまに、そういう努力はすぐ霧消して、彼のすがたはやはり知性の結晶にかえっていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
敵の宿屋七左衛門も、自己の一突きで赤母衣あかほろの小武者は死したものと思い、くびすかえして、十四、五間も先へ歩を移していた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『オオ、泣くな吉千代、お父様は、ちと御機嫌のわるい日じゃ。晩には、いつものお父上にかえって笑顔えがおを見せて下さろうぞ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
甲州の百姓は生色をとりかえした。町々はどよめいた。商賈は眼の色を変えて塩をけ歩いた。塩を見たものはその白いものを一握り握ってみて
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
粛々しゅくしゅく、行軍の足なみにかえる。その頃から素槍すやりを引っさげた部将が、一倍大股な足どりで、絶えず隊側を監視しつつ進んだ。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
およそ、朝政を一新し、百年の毒賊北条の府をくつがえし、世を昭々たるいにしえの御代にかえそうためには、これしきな憂き目ぐらい、何ほどの驚きでもない。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「では、異国の学をかがみとして、時弊を打ち破り、ひいては執権北条の幕府をもくつがえして、政治まつりごとを遠きいにしえにかえさんとの思し召でもあるか」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御本陣から吹きならす貝の音に応じて、各所の貝の音が答えつつ、全軍三万の兵は、堤をった水脚みずあしのように、きびすかえして動き始めたのであった。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
謙信は、きびすかえすと、またひとりで、山の上の本陣——陣場平とよぶわずかな平地へ向って、ぶらぶらと登って行った。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「俺は、思いのほか、浅傷あさでだったので、ひと月も経つと、もとの体にかえったが、何しろ、おめえの傷は、場所がわるい」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「たしかにこの辺まで、二人の姿が見えたのだが……」と金吾は足をかえしてその辺りの雑草のなかを踏み分けてみます。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
虎之助は頭から血をあびたまま、雑兵がたおれてもまだその脚に抱きついていた。苦悶してあばれるので、離したら生きかえるような気がするのだった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふたたび名馬書写山の鞍にかえると、彼は中国山脈の西の背にうすずく陽を馬上に見ながら、平井山の本陣から、万感を胸に、ゆるゆる降りていった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
然し、握っていた藩札が、みな紙屑かみくずになってしまうかと恐れた町人たちも、後では彼等自身すこし気恥かしくなったように落着き込んだ顔にかえった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)