傾城けいせい)” の例文
山に誓い、海に誓い、神ほとけに誓っても、それは傾城けいせい遊女の空誓文と同じことで、主人がそれを反古ほごにするのは何でもないのである。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
嵯峨さが御室おむろ」で馴染なじみの「わたしゃ都の島原できさらぎという傾城けいせいでござんすわいな」の名文句から思い出の優婉ゆうえんな想像が全く破れる。
女郎免じょろうめん傾城けいせい屋敷などというと人はすぐになまめかしい伝説を想像したがるが、これも本来はまた神に仕えて舞う女性の名であった。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
唯だ其性質の天晴傾城けいせいしんとも言はる可き程なるを見て、紅葉は写実の点より墨を染めたりと言はんより、寧ろ理想上の一紅唇
源内が先に立って、楽屋口から頭取座の方へ行くと、瀬川菊之丞せがわきくのじょうが、傾城けいせい揚巻あげまき扮装いでたちで、頭取の横に腰を掛けて出を待っている。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
京伝に及ばずと自ら認めた臭草紙でも『傾城けいせい水滸伝』や『金毘羅船こんぴらぶね』のような名篇を続出して、盛名もはや京伝の論ではなくなっている。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
麗服颺菁ようせい眳藐流眄べいびょうりゅうべん、一顧傾城けいせいとあるを、山岡明阿の『類聚名物考』一七六に引いて、邪視をナガシメと訓じあるを見あてた。
浜御所の廻廊すべての燈籠どうろうに灯を入れること。そして、仮粧坂けわいざかや名越の傾城けいせい白拍子しらびょうしなどを、たくさんに呼びあつめろ。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
誠に無理な事で、傾城けいせい遊女の身の上で、揚代金あげだいきんを取って置きながら、お客に肌を許さんとは余り理のない話でございます。
といっている。近松の心中物しんじゅうものを見ても分るではないか。傾城けいせいの誠が金でつらを張る圧制な大尽だいじんに解釈されようはずはない。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さうだつてね、新吉原の土手で、遊びに行く武家がポンポン髷を切られるんだつてね、——大きい聲ぢや言へねえが、『人は武士なぜ傾城けいせいに嫌がられ』
最後にその「花かすていら」さえ今はもう食物しょくもつではない。そこには年の若い傾城けいせいが一人、なまめかしいひざを崩したまま、斜めにたれかの顔を見上げている。………
誘惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
親兄弟に見離され、あかの他人の傾城けいせいに、可愛がらりょうはずがない、とある以上は、細君にさえ持てない主人が、世間一般の淑女に気に入るはずがない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
若太夫 (千寿の取りなしに力を得たように)今度の狂言に比べますと、大当りだという傾城けいせい浅間ヶ嶽の狂言などは、浅はかな性もない趣向でござりまする。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
大音あげて弁ずらく、将軍西国より御上洛ならば、さだめて、鞆、尾の道の傾城けいせい共を、御召連れなされ候わん。それに食わせる引出物。一匹射留めて進上しよう。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
この小さんは、美音で音曲にも長じてゐたが、ひどい大菊石おほあばたでその醜男ぶおとこが恐る可き話術の妙、傾城けいせい八つ橋の、花に似たかんばせの美しさを説くと、満座おもはず恍惚となる。
吉原百人斬り (新字旧仮名) / 正岡容(著)
冥途めいど飛脚ひきゃく」の中で、竹本の浄瑠璃じょうるりうたう、あの傾城けいせいに真実なしと世の人の申せどもそれは皆僻言ひがごと、わけ知らずの言葉ぞや、……とかく恋路にはいつわりもなし、誠もなし
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
傾城けいせいは金でかふものにあらず、意気地にかゆるものとこころへべし」とはくるわおきてであった。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
ことわざにも「傾城けいせいに誠なし」と申します。遊女などの申す言葉などあてになるものですか。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「ええ、鼠小紋春着新形ねずみこもんはるぎのしんがた。神田の与吉よきち実は鼠小僧次郎吉じろきち傾城けいせい松山、」ちょっと句切って
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「妙高山に立てこもる女賊にょぞくの張本傾城けいせい小銀が、女兵ばかりを四百率い殿しんがり致しておりまする」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
金紗きんしゃ元結もっといぐらいな長さの、金元結の柔らかい、よりのよい細いようなのを、二、三十本揃えたもの。芝居の傾城けいせいかつらにかけてあるのと同じ)だって、プツンとって、一ぺんかけただけだった。
傾城けいせいにマコトなし、などと云うのに、相思相愛というのが解せない話で、そういうものが実在するにしても一興だが、行ってみてコトワザの方の真実を裏づけるような事実を見るのも一興である。
傾城けいせいならぬ身の空涙こぼして何に成るべきや、昨日あはれと見しは昨日のあはれ、今日の我が身に爲す業しげゝれば、忘るゝとなしに忘れて一生は夢の如し、露の世といへばほろりとせしもの
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
たとえば、『座頭ざとう』とか、『傾城けいせい』とか、『しおくみ』とか、『鷺娘』とかというふうのものは、読む詩としてもある情調を印象するには相違ないが、「叙情詩」として優れたものと言えるであろうか。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
打越うちこえて柴屋寺へといそぎける(柴屋寺と言は柴屋宗長が庵室あんしつにして今なほありと)既に其夜も子刻こゝのつ拍子木ひやうしぎ諸倶もろとも家々の軒行燈のきあんどんも早引てくるわの中も寂寞ひつそり往來ゆきゝの人もまれなれば時刻じこくも丁度吉野屋よしのや裏口うらぐちぬけ傾城けいせい白妙名に裏表うらうへ墨染すみぞめの衣を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
読んでお夏が「我もむろで育ちし故、母方が悪いの、傾城けいせいの風があるのとて、何処の嫁にも嫌はるゝ、これぞい事幸ひと、なほ女郎の風を似せ」
「歌念仏」を読みて (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
ともかくも傾城けいせい一人を身請けするというからには、相当の金がいるはずである、よほど遊んだ金を持っている奴でなければできないことじゃ。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
傾城けいせいぐちならば咎めるまでもないが、なにか心得があっていうことならば、これも聞き捨てにならないことと彼は思う。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうだってね、新吉原の土手で、遊びに行く武家がポンポン髷を切られるんだってね、——大きい声じゃ言えねえが、『人は武士なぜ傾城けいせいに嫌がられ』
あまりの不思議さに我を忘れて、しばしがほどは惚々ほれぼれ傾城けいせいの姿を見守つて居つたに、相手はやがて花吹雪はなふぶきを身に浴びながら、につこと微笑ほほゑんで申したは
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
年来としごろになりければ平塚の宿に夜叉王やしゃおうといふ傾城けいせいのもとへ通ひて女子一人設けたり寅の年の寅の月の寅の日に生まれければその名を三虎御前とぞ呼ばれける。
自分の友人が何人も住んでいる小石川傾城けいせいヶ窪のごときは、すなわち無意識の滑稽といわねばならぬ。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
傾城けいせいに扮せる中村七三郎と五郎に扮せるものと覚しき市川純蔵両人を大なる盃に載せうしろに菊花と紅葉を
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おなじ刺青でも二人立と来ては大仕事で、殊に滝夜叉は傾城けいせいの姿ですから、手数がなか/\かゝる。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
絵なり、すがたなり、天女、美女、よしや傾城けいせい肖顔にがおにせい、美しい容色きりょうたと云うて、涙を流すならば仔細しさいない。誰も泣きます。鬼瓦さながらでは、ソッとも、嘘にも泣けませぬ。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
顔見世狂言にひどい不評を招いた中村七三郎は、年が改まると初春の狂言に、『傾城けいせい浅間あさまだけ』を出して、巴之丞とものじょうの役にふんした。七三郎の巴之丞の評判は、すさまじいばかりであった。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
筆「はい、巣鴨すがも傾城けいせいくぼ吉田監物よしだけんもつの家来下河原清左衞門と申す者でございます」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「妾ア真実まこと傾城けいせい上りさ。そうしてやっぱり泥棒さ。傾城の小銀たア妾のことだよ」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
勘當かんだう致せしも當分の見懲みこらしと存ぜしなり五八とやらは幇間たいこなどに似合にあはぬ深切なる者又初瀬留事もまことをし心底しんてい其樣な女ならば傾城けいせいにてもくるしからず身請みうけ致し夫婦に致さんと存ずるが何卒なにとぞ御世話下されまじきやと母の頼みなれば吉右衞門も平兵衞にむかひ何卒此上は貴殿きでんへ御任せ申間宜敷御取計おとりはからひ下され候樣にと申にぞ家主平兵衞夫は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
……どれ、だいぶ寒い思いをしたから、今夜は八瀬の傾城けいせいに会ってその極楽のふすまに、迦陵頻伽かりょうびんがの声でも聞こう。おさらば
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さう申しては何んですが、あれが君傾城けいせいの果てとは、どうしても思はれません。たいしたお心掛けでございます」
これ皆町の息子親の呼んで当てがう女房を嫌い、傾城けいせいなずみて勘当受け、跡職あとしきを得取らずして紙子かみこ一重の境界となるたぐい、我身知らずの性悪しょうわるという者ならずや
さればさすがに有験うげんの隠者もうかとその手に乗らうとしたが、思へばこの真夜中に幾百里とも知らぬ「あんちおきや」の都から、傾城けいせいなどの来よう筈もおぢやらぬ。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
忽然こつぜん川岸づたいにけ来る一人の女がハタとわが足許につまずいて倒れる。いだき起しながら見遣みやれば金銀の繍取ぬいとりある裲襠うちかけを着横兵庫よこひょうごに結った黒髪をば鼈甲べっこう櫛笄くしこうがい飾尽かざりつくした傾城けいせいである。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ただ二番目の松若は傾城けいせい花子に化けているという役で、どうしても美しい女の顔にならなければならないので、特に鬘師かつらしに註文したらしく、前髪の一方を長く切下げたように垂れさせて
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この小増はわしが久しい馴染で、ういうくるわには意気地いきじと云って、一つ屋敷の者で私に出ている者が、下役の貴公には出ないものじゃ、そこが意気地で、少しは傾城けいせいにも義理人情があるから
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「それでは……お前は傾城けいせいになるつもりかえ」
「もしまたわたし傾城けいせい上がり……」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「へッ、二本差が十八や十九の娘に惚れて、刀や脇差をひねくり回すはありませんよ。——人は武士なぜ傾城けいせいに嫌がられ——なんと、うまい事を言ったもので」