三昧ざんまい)” の例文
と源氏へ仰せられたが、源氏はそのお言葉から青春時代の恋愛三昧ざんまいを忍んで物哀れな気分になった。源氏は院へ杯を参らせて歌った。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
が、尊氏は、はや勤行ごんぎょうの座について、読経をあげていた。——その三昧ざんまい一念な背を見ると彼はぜひなく遠くにそっと坐ってしまった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と口ずさみつつ、なんの執着もなく、晩年は仏門に入り名を自得と改めて、悠々ゆうゆう自適の一生を、俳句三昧ざんまいに送ったといわれています。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
やがて我れ知らずいつもの漉き三昧ざんまいの境に入ってしまって、ふと足音が漉屋の前にとまった時も、友太の心は淵のように静かであった。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
お嬢様は毎日々々お念仏三昧ざんまいで入らっしゃいますよ、今日は盆の事ですから、方々ほう/″\お参りにまいりまして、おそく帰るところでございます
去年の十一月以後は急に驚くほど勘定がかさんでおり、妙子がこの家でどんなにしたい三昧ざんまい贅沢ぜいたくをしていたかが想像出来るのであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「白々しいこと、えい、申すな! 主人の姫をそそのかし、人もあろうに仇敵かたきの子と、不義三昧ざんまいに落ち入らせた事、罪に非ずと抗弁するか!」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
山寺の一室に行李こうりいた宣揚は、遠く本堂の方かられて来る勤行ごんぎょうの声に心を澄まし、松吹く風に耳をあろうて読書三昧ざんまいに入ろうとしたが
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あらゆる秘密な行ないを、したい三昧ざんまいにふるまっている、それが彼には、まるで目の前の出来事のように、あからさまにながめられるのです。
鏡地獄 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「だって仕方がねえもの。原稿が書けなかったからほかあてもねえから、ともかく小田原で創作三昧ざんまい没頭して、傑作を書くんだ」
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
青年時代の俳諧はいかい三昧ざんまい、それをもしこの年まで続けて居たとすれば、今日の淡々如きにかうまで威張いばらして置くものではない。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
したがって、縁もゆかりもない田舎侍の一団が、道場へ押しこんできて、したい三昧ざんまいの生活をしているものと認めている気。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
即ちあの研究室の中に没頭して、一切の生活感や人間的情味を超越しているところの、真の学究三昧ざんまいの態度を意味する。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
朝早く私のベッドに乗る裁判官を迎えるときの私の悪口三昧ざんまいをお聞きになれば、あなたは裁判官に対する畏敬いけいの念などなくしてしまうことでしょう。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
なるほどいずれも相当にしたい三昧ざんまいをし尽した報いで、こんな狭い天地に逼塞ひっそくはしているけれど、以前を言えば駒井の上に出でるものはいくらもある。
年下の者と思ってよいほどにあしらっていれば、言いたい三昧ざんまいの悪口、仕たい三昧の狼藉、もう堪忍がならぬぞよ。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
勝手に台所を掻廻かきまわした挙句が、やれ、刺身が無いわ、飯が食われぬ、醤油が切れたわ、味噌が無いわで、皿小鉢を病人へ投打ち三昧ざんまい摺鉢すりばちの当り放題。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分たちのたい三昧ざんまいのことをして、その上おたがいに公然と老伯爵夫人から盗みをすることを競争していた。
自分は若いめかけのお吉と、月の半分以上はこの寮に暮し、藏前大通の一人と言はれて、遊藝三昧ざんまいにその日を送つて居る結構人で、フト自分の歳の事を考へたり
私がかねを勘定しいしいお宮と遊んでいるのに、柳沢は銭に飽かして遠くに連れ出すなり、外に物を食べに行くなりしようと思えば、したい三昧ざんまいのことが出来る。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
柏原の水飲百姓みずのみびゃくしょうで、しかも俳句三昧ざんまいに日を費している一茶の家は、貧乏も一通りではなかったのであろう。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
少し背中を猫背ねこぜに曲げて、時々仰向いたり、軽くからだを前後に動かしたりしているのがいかにも自由な心持ちでそして三昧ざんまいにはいっているようなふうに見えた。
二十四年前 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
中宮寺思惟像の思惟は、思索という言葉を用いるよりも、瞑想あるいは夢三昧ざんまいと云った方がふさわしい。ロダンの「考える人」には論理のきびしさが感ぜらるる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
ぼくはいつも真面目でいたいと思っているのです。東京に帰って文学三昧ざんまいふけりたくてたまりません。このままだったら、いっそ死んだ方が得なような気がします。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
十兵衞いよ/\五重塔の工事しごとするに定まつてより寐ても起きても其事それ三昧ざんまい、朝の飯喫ふにも心の中では塔をみ、夜の夢結ぶにも魂魄たましひは九輪の頂を繞るほどなれば
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
けてもれても、るものはただやまばかり、ひたすら修行しゅぎょう三昧ざんまいなが歳月としつきおくったわたくしでございますから、尚更なおさらこのうみ景色けしきったのでございましょう
事あれかしの世間は、我儘娘の末路、自由結婚、恋愛三昧ざんまい破綻はたん呵責かしゃくなく責めて、美妙にすてられた稲舟は、美妙をのろって小説「悪魔」を書いていると毒舌をろうした。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その後今の向島むこうじま梵雲庵ぼんうんあんへ移って「隻手高声」という額を掲げて、また坐禅三昧ざんまいに日を送っていたのでした。けれども真実の禅ではなく、野狐禅やこぜんでもありましたろうか。
我が宗教観 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
煙も地をはらつて、おもてを打つた。したが娘は黙然と頭を垂れて、身も世も忘れた祈り三昧ざんまいでござる。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
姫はそのまま、十二歳という幼ない年で尼になり、奈良の法華寺で念仏三昧ざんまいの日を送って暮した。
とかく世間を茶にして浮世うきよぶん五厘と脂下やにさがるテンと面白笑止おかしき道楽三昧ざんまいに堕したからである。
独りネビッチョけ物と成ッて朝夕勉強三昧ざんまいに歳月を消磨する内、遂に多年蛍雪けいせつの功が現われて一片の卒業証書をいだき、再び叔父の家を東道あるじとするように成ッたからまず一安心と
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
○さて此関山村のかたほとりに、ひと草庵さうあんむすびて源教げんけうといふ念仏ねんぶつ道心坊だうしんばうありけり。年は六十あまり、たゞ念仏三昧ざんまい法師はふしにて、无学むがくなれどもそのおこなひ碩僧せきそうにもをさ/\おとらず。
二時間ほど読書三昧ざんまいに入ったのち、ようやく気がついて、そろそろ帰るしたくをしながら、いっしょに借りた書物のうち、まだあけてみなかった最後の一冊を何気なく引っぺがしてみると
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これを最上乗さいじょうじょうと名づく、また第一義と名づく、また般若はんにゃ実相と名づく、また一真法界いっしんほっかいと名づく、また無上菩提ぼだいと名づく、また楞厳りょうごん三昧ざんまいと名づく、また正法眼蔵しょうぼうげんぞうと名づく、また涅槃妙心ねはんみょうしんと名づく
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
出れば刄物三昧ざんまいになるは知れ切ったこと、——ええ、ままよ、おれも下総十五郎だ、江戸で膾斬なますきりになってみるのも、地獄へいってからの話の種だと、男らしく斬られる覚悟をしたんですが
ソレ陶韋とういヲ祖述シ王劉おうりゅうヲ憲章シテ枯淡ヲ骨トナシ菁華せいかヲ肉トナシソノ志ヲ言ヒ以テソノ言ヲ永クスレバ則吟咏三昧ざんまいモマタ余師アラン。丙戌ノ元旦大雨そそグガ如ク木氷花ひょうかヲ成ス。遊杖ゆうじょうヲ壁ニ掛ク。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
夜、龍之介の「戯作三昧ざんまい」を読んだ。魔術、これはお伽噺とぎばなしのようにセンチメンタルなものだった。印度人と魔術、日本の竹藪たけやぶと雨の夜か……。霧つよく、風が静かになる、ベニは何か唄っている。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
あれからの僕も、そりゃ惨めでしたよ。したい三昧ざんまいな事を
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
髪逆かみさかだてた夫人は、遂に、感情のまま蜀軍の中へ馳けこんで来た。蜀軍はわざと逃げくずれる。そして止まるとまた、悪口三昧ざんまいを叩いた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今の私の望みは閑散な身になって風流三昧ざんまいに暮らしうることと、のちの世の勤めも十分にすることのほかはありませんが
源氏物語:19 薄雲 (新字新仮名) / 紫式部(著)
贅沢ぜいたく出来るのも今のうちだ、それ酒を飲め女を買えと、町人達まで自暴自棄となって悪事三昧ざんまいに耽けるようになった。
開運の鼓 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
わがままもののお内儀さんという人にも、長いあいだ、したい三昧ざんまいをさせて、ずいぶん眼にあまることまで、見て見ぬふりをなすったのでございますよ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
したい三昧ざんまいをすることが自由で、幸福というのは、欲しいものが何でも享楽ができるということくらいに、片づけて置くよりほかはないではないですか
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
氏のむすこのまれに見るいたずらっ子が、あくたれたり、あばれたりすればするほど、氏は愛情の三昧ざんまいに這入ります。
「見上げた方で御座います、朝晩念佛三昧ざんまいで、愼み謹んでをります。一足も外へ出ることではございません」
「とおっしゃると、筋も骨も抜けたように聞えますけれど、その癖、随分、したい三昧ざんまい我儘わがままを、するのを、旦那の方で制し切れないッて、評判をしますがね。」
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
十兵衛いよいよ五重塔の工事しごとするに定まってより寝ても起きてもそれ三昧ざんまい、朝の飯うにも心の中では塔をみ、夜の夢結ぶにも魂魄たましいは九輪の頂をめぐるほどなれば
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
私はふっつりと詩三昧ざんまいを思い切り、まじめな印刷工にかえっていまごろはかなりの印刷所のおやじになっていたのではなかろうかと、老いの愚痴でございましょうが
男女同権 (新字新仮名) / 太宰治(著)
女が刃物三昧ざんまいしても彼奴あいつにはかなわないし、何うしようかと考えたら、ふいと気がついたんだよ、此の間ね旦那が鉄砲を出して小鳥をうつ時手前てまえもやって見ろッてんでね
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)