七夕たなばた)” の例文
年に一度の歓会しかない七夕たなばた彦星ひこぼしに似たまれなおとずれよりも待ちえられないにしても、婿君と見ることは幸福に違いないと思われた。
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
七夕たなばた乞巧奠きこうでんは漢土の伝承をまる写しにしたように思うている人が多い。ところが存外、今なお古代の姿で残っている地方地方が多い。
水の女 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
私はさう思つて、ひとり静かに初秋の夜を楽んでゐたが、いつとなしに、幼い頃の故郷の七夕たなばたや盂蘭盆の有様が思ひ出された。
月を見ながら (新字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
ソレカラ江戸市中七夕たなばたの飾りには、笹に短冊を付けて西瓜すいかきれとかうり張子はりことか団扇うちわとか云うものを吊すのが江戸の風である。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
空には月が出てみちぶちには蛍が飛んでいた。其処に唐茄子とうなすを軒にわした家があって、栗丸太の枝折門しおりもんの口には七夕たなばたの短冊竹をたててあった。
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
新暦が歳時記を支配するようになってから、人事としての七夕たなばたは夏の部に移り、天文の天の川は秋に取残される形になった。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
七月七日は、七夕たなばたちなみ、玉礀ぎょっかん暮鐘ぼしょうの絵を床に、紹鴎じょうおうのあられ釜を五徳ごとくにすえ、茶入れは、初花はつはなかたつきが用いられた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
盆も七夕たなばたもその通りではあるが、わずかに月送りの折合いによって、なれぬ闇夜に精霊しょうりょうを迎えようとしているのである。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
なるほど七夕たなばた星を人間と見てそれが恋のためにすそ引つからげて天の川を渡る処など思ひなば可笑おかしき事もありなん。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
然るにひとり吾輩の如き世間無用の間人かんじんにあつては、あたかも陋巷の湫路今なほ車井戸と総後架そうごうかとを保存せるが如く、七夕たなばたには妓女と彩紙いろがみつて狂歌を吟じ
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
きょうは主人の言いつけで、湯島の親類へ七夕たなばたに供える西瓜を持ってゆく途中、道をあやまって御徒町の方角へ迷い込んで来たものであるということが判った。
西瓜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
十一日は陰暦の七夕たなばたの前日である。「ささは好しか」と云って歩く。翌日になって見ると、五色の紙に物を書いて、竹の枝に結び附けたのが、家毎いえごとに立ててある。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
七夕たなばたが近くなると江戸を包むやぶは、一日々々繁くなるばかり。いらかの波を渡る、眞夏の風にあふられて、その五色の藪が、カサカサと鳴り渡るのも季節の風情でした。
八月は小学校も休業やすみだ。八月七日は村の七夕たなばた、五色の短冊たんざくさげたささを立つる家もある。やがて于蘭盆会うらぼんえ
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
七夕たなばたさま」をよんで見ました。あれは大変な傑作です。原稿料を奮発なさい。先達せんだってのは安すぎる。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
うごめかいて言った処は、青竹二本に渡したにつけても、魔道における七夕たなばたの貸小袖という趣である。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
同じ階級内では、節句せっく七夕たなばたの団子などはもちろん、きまりきったお正月のもちまでもやり取りした。
三行書みくだりがきの中奉書はの年の七夕たなばた粘墨ねばずみに固まりてれたる黒毛にかびつきたるは吉書七夕の清書の棒筆、矢筈やはず磨滅まめつされたる墨片は、師匠の褒美ほうびの清輝閣なり、彼はえり
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
たとえば『そらまめの花』の巻には「七夕たなばた」の七の字があるだけで本来の「数字」は一つもないのに、『八九間』の巻には「小鳥一さけ」にすぐ続いて「十里あまり」が来る。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そこで今年の七夕たなばたは天の川が不意の洪水で、待ちに待つた逢瀬を妨げられるのであらうか。
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「ただの一夜を七夕たなばたさまが、それも雨ふりゃ逢わずに帰る。何と逢瀬おうせがあわれやら——」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ことしの七夕たなばたは、例年になく心にしみた。七夕は女の子のお祭である。女の子が、織機のわざをはじめ、お針など、すべて手芸に巧みになるように織女星しょくじょせいにお祈りをするよいである。
作家の手帖 (新字新仮名) / 太宰治(著)
二人の姪は明日の七夕たなばたにあたることなどを言合って、互に祭の楽しさを想像しながら、出て行った。娘達を送出して置いて、三吉はぴッたり表の門を閉めた。掛金も掛けて了った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「きょうは一月遅れの七夕たなばたですから、初穂はつほとして早出来の甘藷を掘って見ました。」
七夕たなばたあかや黄や紫の色紙がしっとりとぬれにじんでその穂やくわの葉にこびりついている。死んだほたるのにおいか何かがむせんで来る。あけっぱなしの小舎こやがある。蚕糞こくそまゆのにおいがする。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
七夕たなばた、天皇祭でなくば茸狩たけが蕨採わらびとり、まアこんなもので,それを除いては別段これぞという遊びもない,けれども今は四月二十日、節句でもなければ祭でもない、遊戯と言ッては蕨採りのみだ
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
お百姓がお客様なのであるが、売手におそれて近寄らないのと、売る方でも気まりが悪いので、七夕たなばたの星まつりのようにささの枝へ幾個いくつもくくりつけて、百姓の通る道ばたに出しておいてぜにに代えた。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その男の作った七夕たなばたの歌は、今でもこの国に残っていますが、あれを読んで御覧なさい。牽牛織女けんぎゅうしょくじょはあの中に見出す事は出来ません。あそこに歌われた恋人同士はくまでも彦星ひこぼし棚機津女たなばたつめとです。
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
七夕たなばたと虫払いがすむと、泰文は急に八坂へ行くといいだした。
無月物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
牛を引き七夕たなばたのごと野を歩む満人まんじん見ゆる夕明りかな
七夕たなばたさまは
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
七月七日、七夕たなばたの生れという珍らしい生れ性。そのせいか天性の肌には何ともいえないひそみがただよい、ものいえば息もぐわしい風情がある。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
七月七日も例年に変わった七夕たなばたで、音楽の遊びも行なわれずに、寂しい退屈さをただお感じになる日になった。星合いの空をながめに出る女房もなかった。
源氏物語:42 まぼろし (新字新仮名) / 紫式部(著)
七夕たなばたまつりはその前日から準備をしておくのが習いであるので、糸いろいろの竹の花とむかしの俳人にまれた笹竹は、きょうから家々の上にたかく立てられて
半七捕物帳:35 半七先生 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
平次は無造作むざうさに笑い飛ばして、縁側にうしろ手を突いたまゝ、空のあをさに見入るのでした。七夕たなばたも近く天氣が定まつて、毎日々々クラクラするやうなお天氣續きです。
銭形平次捕物控:124 唖娘 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
縁側えんがわの柱などであろうか、七夕たなばたの夜二星を迎うる毎に、必ずその柱にもたれる習慣になっている。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
人日じんじつ七夕たなばたには地方毎の風習の差がはなはだしく、とても民間と歩調を合わせることが出来ないのを知って、結局は理論にってこの五つの日を決したという話が伝わっている。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
……あれ、誰か客人だと思ったら——わしの顔だ——道理で、兄弟分だと頼母たのもしかったに……宙に流れる川はなし——七夕たなばた様でもないものが、銀河あまのがわには映るまい。星も隠れた、真暗まっくら
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そういえば今夜は七夕たなばただ、去年の今頃はどんなに旅から帰る叔父さんを待受けたろう、いくら自分ばかり織女を気取ってもその頃の叔父さんは未だ牽牛けんぎゅうでは無かったなぞとも書いてよこした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
よく磨らむかな女童めわらは七夕たなばたは磨る墨のいろのきんつまで
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
今宵七夕たなばたまつりに敢えて宣言、私こそ神である。
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
年に一度会う七夕たなばたさまよりも情けないわけだ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
七夕たなばたの祭はいつか昨日きのうと過ぎた。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「そればかりか、この七夕たなばた御前能ごぜんのうをひかえて、尾張中将様の御謹慎、家中御一統の心痛、それみな貴様の悪戯がなせるお家の禍いでなくて何であろうぞ」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次は無造作むぞうさに笑い飛ばして、縁側に後ろ手を突いたまま、空のあおさに見入るのでした。七夕たなばたも近く天気が定まって、毎日毎日クラクラするようなお天気続きです。
銭形平次捕物控:124 唖娘 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
となりの長唄ながうたのお師匠さんの家では、日曜日でも稽古三味線けいこじゃみせんの音がきこえた。来月の七夕たなばたには何か色紙を書くのだと言って、女中は午後から一生懸命に手習いをしていた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
このお美しい風采ふうさいを見れば、七夕たなばたのように年に一度だけ来る良人おっとであっても女は幸福に思わなくてはならないなどと思っている時、宮は若君を抱いてあやしておいでになった。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
落着おちついてると……「あゝ、この野中のなかに、いうにやさしい七夕たなばたが……。」またあわてた。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それから越後に入って、柏崎の七夕たなばた流しというのが、式は越中と近くてその翌朝の七月朔しちがつさくを以て始まっていた。明治の世になっていったん絶えたというが、この節また復活していないかどうか。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
七夕たなばたや庭に水打日のあまり りん
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)