くも)” の例文
傘をさして散歩に出ると、到るところの桑畑は青い波のように雨に烟っている。妙義みょうぎの山も西に見えない、赤城あかぎ榛名はるなも東北にくもっている。
磯部の若葉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかるに形躯けいく変幻へんげんし、そう依附いふし、てんくもり雨湿うるおうの、月落ちしん横たわるのあしたうつばりうそぶいて声あり。其のしつうかがえどもることなし。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「更深月出雨仍灑。照見銀糸垂半天。」十四夜はくもつてゐた。「秋郊醸雨気熇蒸。来夜佳期雲幾層。」然るに幸に十五夜に至つて晴れた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
廿四日 寒さ骨にとおる。朝日薄く南窓を射、忽ちまたくもる。午後日影ほがらかなり。蕪村忌小会。今日は鴨の機嫌ことに好し。
雲の日記 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
あいにく今は四月のくもった日の午後五時近くであった上に、きょうはほとんど日光を見なかったことに気がついたので、なんとかそれを胡麻化ごまかそうとしたが
琅邪ろうや代酔編』二に拠れば、董勛の元日を鶏、二日を猪などとなす説は、漢の東方朔とうぼうさくの『占年書』に基づいたので、その日晴れればその物育ち、くもればわざわいありとした。
夕がたに少し晴間が見えるかと思うと、夜分はまたくもり、明がたには雨がさっと通りすぎる。
女を生めばなお比隣ひりんに嫁するを得、男を生めば埋没して百草にしたがう。君見ずや青海のほとり、古来白骨人の収むるなし。新鬼は煩寃はんえんし旧鬼は哭す。天くもり雨湿うるおうて声啾々しゅうしゅうたり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
此方こちらは幸兵衞夫婦丁度霜月九日の晩で、宵からくもる雪催しに、正北風またらいの強い請地のどてを、男は山岡頭巾をかぶり、女はお高祖頭巾こそずきんに顔を包んで柳島へ帰る途中、左右を見返り、小声で
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
くもった日や暗い夜に、かの喬生と麗卿とが手をひかれ、一人の小女が牡丹燈をかかげて先に立ってゆくのをしばしば見ることがあって、それに出逢ったものは重い病気にかかって、悪寒さむけがする
世界怪談名作集:18 牡丹灯記 (新字新仮名) / 瞿佑(著)
灯前影ヲとぶろフテ彷徨彳亍ほうこうてきちょくタリ。たちまチ声ノ中空ヨリ落ルモノアルヲ聞キ、窓ヲ推シテコレヲルニ、天くもリ月黒ク、鴻雁こうがん嘹喨りょうりょうトシテたちまチ遠ク乍チ近シ。ひそかニ自ラ嘆ズラク、ワガ兄弟三人幸ニシテ故ナシ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
とは言ったが、母の声はなんだかくもっているようにも聞かれた。娘もだまって俯向うつむいていた。かれらには何かの屈託があるらしかった。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いわんやこの清平の世、坦蕩たんとうの時においておや。而るに形躯けいくを変幻し、草木に依附いふし、天くもり雨湿うるおうの夜、月落ちしん横たわるのあしたうつばりうそぶいて声あり。
牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
空はくもって雨が降ったりんだりしていた。抽斎はこの日観劇に往った。周茂叔連しゅうもしゅくれんにも逐次に人の交迭こうてつがあって、豊芥子ほうかいしや抽斎が今は最年長者として推されていたことであろう。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
こうして加賀屋の一家が笑いさざめいている中で、嫁のお元の顔色はなんだかくもって、まだ青い眉のあとがひそんでいるようにも見えた。
半七捕物帳:37 松茸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ときふゆはじめで、しもすこつてゐる。椒江せうこう支流しりうで、始豐溪しほうけいかは左岸さがん迂囘うくわいしつつきたすゝんでく。はじくもつてゐたそらがやうやうれて、蒼白あをじろきし紅葉もみぢてらしてゐる。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
善八を案内者につれて、半七が馬道へゆき着いた頃には、このごろの長い日ももう暮れかかって、聖天しょうでんの森の影もどんよりとくもっていた。
半七捕物帳:30 あま酒売 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
椒江しょうこうの支流で、始豊渓しほうけいという川の左岸を迂回しつつ北へ進んで行く。初めくもっていた空がようよう晴れて、蒼白あおじろい日が岸の紅葉もみじを照している。みちで出合う老幼は、皆輿を避けてひざまずく。
寒山拾得 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
空は一面にくもっていた。近所の溜りの池で再び蛙の声が起った。これは聞慣れた普通の声であった。わたしは久振ひさしぶりで故郷の音楽を聴いた。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
くもった日の空が二人ふたりの頭上において裂け、そこから一道いちどうの火が地上にくだったと思うと、たちまち耳を貫く音がして、二人は地にたおれた。一度は躋寿館せいじゅかんの講師の詰所つめしょに休んでいる時の事であった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
午後からくもった冬の空は遂に雨をもたらして、闇を走る人々の上につめたい糸のしずくを落した。が、そんなことに頓着している場合でない。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
二十六日、天くもりてきりあり。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
去年の一月末のくもつたに、わたしはよんどころない義理で下町のある貸席へ顔を出すことになつた。そこにある社中の俳句会が開かれたのである。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
娘 きょうもどうやらくもって来た。降らないうちにこの着物を洗って置こうか。(池をのぞく。)おお、池の水も澄んでいる。
蟹満寺縁起 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この年の花どきは珍らしく好い天気の日がつづいて、花にあらしの祟りもなかったが、四月に入ってからくもった日が多かった。
半七捕物帳:68 二人女房 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
二人の勇士は九月なかばのくもった日に、石町こくちょうの暮れ六ツの鐘を聞きながら、岩井町から遠くもない柳原堤へ出かけて行った。
半七捕物帳:43 柳原堤の女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
長三郎はきょうの探索の結果を報告して、どこにも姉の立ち廻ったらしい形跡のないことを説明すると、父の顔色はくもった。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
時雨しぐれという題で一句ほしいようなくもった日のひるすぎに、三十四五の痩せた男が其月宗匠の机のまえに黒い顔をつき出した。
半七捕物帳:36 冬の金魚 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
話はそれぎりでしたが、その時に母は妙な顔をしたばかりでなく、だんだんにくもったようないやな顔に変ってゆくのがわたくしの眼につきました。
蜘蛛の夢 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
四日も五日も生憎あいにくくもっていたが、これで湯あがりに仰ぎる大空も青々と晴れていたら、更に爽快であろうと思われた。
風呂を買うまで (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それは「どうも困ります」のくもった日で、桑畑をふいて来る湿った風は、宿の浴衣ゆかたの上にフランネルをかさねた私の肌に冷々ひやひやみる夕方であった。
磯部の若葉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
花どきの癖で、長持ちのしない天気はきのうの夕方からなま暖かくくもって、夜なかから細かい雨がしとしとと降り出した。
半七捕物帳:31 張子の虎 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
長八は膝に手を置いて、その太眉をくもらせた。長三郎も薄々あやぶんでいた通り、これが表向きになると黒沼の家に疵が付かないとも限らない。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかし彼の顔色もなんだかくもっているように見えた。向田大尉がここを立去るのは余り好い意味でないらしいと、佐山君はひそかに想像していた。
火薬庫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
二十八日も朝からくもって、ときどきに雪を飛ばした。わたしの家の裏庭から北に見渡される戸山が原には、春らしい青い色はちっとも見えなかった。
しかし彼の顔色もなんだかくもっているように見えた。向田大尉がここを立ち去るのは余り好い意味でないらしいと、佐山君はひそかに想像していた。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
毎日くもってはいるが、この頃すこしも雨がないので、溝の水もだんだんに乾いて、泥に埋められていた仏像が自然にその形をあらわしたのであろう。
半七捕物帳:25 狐と僧 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
昼のうちはくもっていたが、宵には薄月のひかりが洩れて、凉しい夜風がすだれ越しにそよそよと枕元へ流れ込んで来る。
薬前薬後 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お定は襦袢じゅばんの袖口で眼をふいていた。それをあとに見て半七は奥へ通ると、主人夫婦はいよいよ顔をくもらせていた。
半七捕物帳:31 張子の虎 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
此頃このごろ日晷ひあし滅切めっきりつまって、午後四時には燈火あかりが要る。うららかな日も、今日は午後からにわかくもって、夕から雨を催した。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
くもった寒い日、私は高輪たかなわの海岸に立って、灰色の空と真黒の海を眺めた。明治座一月興行の二番目を目下起稿中で、その第三幕目に高輪海岸の場がある。
一日一筆 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それから先は、おれよりも貴様の方がよく知っている筈だぞ。そうして、白ばっくれてここの家へたずねて来た……。どうだ、おれの天眼鏡にくもりはあるめえ。
半七捕物帳:45 三つの声 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
第二の夢の世界は、前の天竺よりはずっと北へ偏寄かたよっているらしく、大陸の寒い風にまき上げられる一面の砂煙りが、うす暗い空をさらに黄色くくもらせていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
今夜は宵から薄くくもって、弱い稲妻が時どきに暗い空から走って来た。それが秋の夜らしい気分を誘って、酒を飲まないお染はなんだか肌寒いようにも思われた。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この年の五月はとかくくもり勝ちで、新暦と旧暦を取り違えたのではないかと思われるような五月雨さみだれめいた日が幾日もつづいた。その二十三日の火曜日の夜である。
有喜世新聞の話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
九月の末にはくもった日がつづいた。神田の半七は近所の葬式とむらいを見送って、谷中やなかの或る寺まで行った。
半七捕物帳:25 狐と僧 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
三月二十九日のくもった日で、家を出るときから、空模様が少しく覚束おぼつかないように思われたが、あしたは晦日みそかで店を出にくいというので、女中と小僧に傘を用意させて
半七捕物帳:49 大阪屋花鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
奥へ通ると、主人夫婦はくもった顔をそろえて半七を迎えて、かの張子の虎というのを出してみせた。虎は亀戸かめいどみやげの浮人形のたぐいで、背中に糸の穴が残っていた。
半七捕物帳:31 張子の虎 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おれが御歳暮に寒鴉かんがらすの五、六羽も絞めて来てやるから、黒焼きにして持薬にのめとそう云ってやれ。もし、大和屋の旦那。おめえさんの眼玉もちっとくもっているようだ。
半七捕物帳:03 勘平の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
護謨ごむほうずきを吹くようなかわずの声が四方に起ると、若葉の色が愁うるように青黒くくもって来る。
磯部の若葉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)