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「カイン」「サタン」の詩二つながら人界の災殃さいおうし、「イパティイ」は古代衰亡の頽唐美たいとうび、「シリル」は新しき信仰を歌へり。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
これより帝優游自適ゆうゆうじてき、居然として一頭陀いちずだなり。九年史彬しひん死し、程済ていせいなお従う。帝詩をくしたもう。かつしたまえる詩の一に曰く
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
我に氣力をして善良の人たることを得しめよ、我をして些の羞慚しうざんの心なく、彼尼院中なるフラミニアを懷ふことを得しめよ。
赤壁せきへきの『清風せいふうおもむろに吹来つて水波すいはおこらず』という一節が書いてございましたから、二人で声を出して読んで居りますと
婦人と文学 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
最後にタダオモウナオは円座の中央に進みで、自分より先に死んでしまった妻と長子との名を呼び、即興の詩を高らかにして、舞をまった。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
私は唯貴方がたのお頼みに応じ再び新たに生命をして遣る丈の事です、何時でも宜しいから当人を連れてお出で成さい
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
今ではもう大抵忘れて了ったけれど、何でも文学は真理に新しい形をして其生命を直接に具体的に再現するものだ、とか聴かされて、感服した。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
(三)佐藤春夫、「キイツの艶書の競売に附せらるる日」と題する詩をしたりとは聞えず。賦すとは其事をちんずるなり。転じて只詩を作るに用ふ。
念仁波念遠入礼帖 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
自分は其頃兄に教はつて居た白文はくぶん八家文はつかぶんの難解の処を読み下し、又は即席に七ぜつして、大いに二人を驚かした。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
「武府の諸将は、みな弓を競って、日頃の能をあらわした。江湖の博学、文部の多識も、何か、佳章をして、きょうの盛会を記念せずばなるまい」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
で龍樹ヶ岳から帰りましてその夜は龍樹ヶ岳に登るのを作り、それから真妙純愛観しんみょうじゅんあいかんならびに雪山にて亡き父をとむら
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
へうになひて、赤壁せきへきし、松島に吟ずるは、畢竟ひつきやうするにいまだ美人を得ざるものか、あるひは恋に失望したるもののばんむを得ずしてなす、負惜まけをしみ好事かうずに過ぎず。
醜婦を呵す (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
剣を好み諸侯をかんして奇書を読みを作る。——十五歳迄の彼の生活は、まずザッとこんなものであった。
岷山の隠士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それにはいやしくも想像力にうぶな、原始的な性能をし、新しい活動の強みを与えるような偶然の機会があったら、それを善用しなくてはならないと云うのである。
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
こんなわけでございます、親分さん。禁制のとやら、不氣味な笛の音のする最中、私は裏の物置の中を
ある日玄機は崇真観しゅうしんかんに往って、南楼に状元じょうげん以下の進士等が名を題したのを見て、慨然として詩をした。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
赤壁せきへきというのにありますね、びょうたる蒼海の一粟いちぞく、わが生の須臾しゅゆなるを悲しみ……という気持が、どんな人だって海を見た時に起さずにはいられないでしょう。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
れいの臥床号飢の訣別詩をして十津川とつかわ郷士の一隊を連れ大阪湾のプチャーチン乗艦に当ろうとした頃(安政元年)は、もう押しも押されもせぬ一派の首領だった。
志士と経済 (新字新仮名) / 服部之総(著)
すなわち子路は(一)において千乗の国にを治めしめる力があると言われているが、(三)においては、その千乗の国が戦争と饑饉の艱難かんなんに逢っている時でさえも
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
荒村行をするに恰好かっこうな題目であったが、まだしも白衣の道者も来れば、御師おしも数軒は残っていたが、今度来て聞くとかなしいかな、村山では御師の家も退転してしまい
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
時にみことのりあって酒をたま肆宴とよのあかりをなした。また、「汝諸王卿等いささか此の雪をしておのおのその歌を奏せよ」という詔があったので、それにこたえ奉った、左大臣橘諸兄の歌である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
洞庭湖どうていこ杜詩とし琵琶行びわこうの文句や赤壁せきへきの一節など、長いこと想い出すおりもなかった耳ざわりのいい漢文のことばがおのずから朗々ろうろうたるひびきをもっくちびるにのぼって来る。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
おほよその人は詩をし絵をかく事をのみ芸術なりとす。われも今まではかく思ひゐたり。わが芸術を愛する心は小説を作り劇を評し声楽を聴くことを以て足れりとなしき。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
の詩をしその行を送りたる支倉常長はせくらつねながの一行のごときは一六一四年〔慶長十九年〕に太平洋を
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
匇々さうさう半余歳、塵臭漸やく脱し難からむとするに至つて、乃ち突如として帰去来をしぬ。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
かういふ活動が往復合せて一日に十四囘あるが、かの大河と海との大爭鬪よりもむしろこの方が活動の印象に富んで居て、そしてこの平和の町に一味の生氣をして居るのである。
少年の死 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
人々し哥をよみ、俳句の吟興ぎんきやうもありてやゝ時をうつしたるに、寒気次第にはげしく、用意の綿入にもしのぎかねて終夜よもすがら焼火にあたりてゆめもむすばず、しのゝめのそらまちわびしに
鶴見ははからずもこの事に感興を得て、数日の後に一篇の古調をした。全くの異例である。病人に食慾が出てきたようなものだといえばそれまでであるが、鶴見はそれを今以て不思議がっている。
左のごとき意味なき一詩をして感懐をもらしたのは
伯玉は常に洛神らくしんを愛誦して、妻に語った。
北固山ほっこざんを経てせる懐古の詩というもの、今存するの詩集に見えずと雖も、僧宗泐そうろく一読して、これあに釈子しゃくしの語ならんや、といしという。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ここに於て、中央公論記者も「梅花の」なる語を用ゐるならん。)梅花を唯愛すべきジエヌス・プリヌスの花とすは紅毛碧眼こうまうへきがんの詩人のことのみ。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
先王も詩文がお好きだったので、汝はよく詩をしてびへつらい、兄弟中でも一番愛せられていたが、その頃からひそかに他の兄弟たちも云っていた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そはアヌンチヤタが我にしたる樂天主義のたまものなりき。或時ベルナルドオのいふやう。汝はやうやくまことの男とならんとす。われ等に變らぬ眞の男とならんとす。
中から出たのは、平凡な能管のうかんが一冊、それを膝の前に開いて春日藤左衛門は見詰めました。
と、投げたように、袖を払って、拗身すねみに空のかりの声。おぼろを仰いで、一人立停たちどまった孫権を見よ。英気颯爽さっそうとしてむしろほこよこたえて詩を赤壁にした、白面の曹操そうそうの概がある。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大伴家持は、天平十九年春三月三十日、二上山の一首を作った、その反歌である。この二上山は越中射水いみず郡(今は射水・氷見両郡)今の伏木町の西北にそびゆる山である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
人々し哥をよみ、俳句の吟興ぎんきやうもありてやゝ時をうつしたるに、寒気次第にはげしく、用意の綿入にもしのぎかねて終夜よもすがら焼火にあたりてゆめもむすばず、しのゝめのそらまちわびしに
彼の刑に就かんがために江都こうと檻送かんそうせらるるや、彼自からおもいして曰く
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
わたくしが人より教えられざるに、はやく学生のころから『帰去来ききょらい』を誦し、また『楚辞』をよまむことをこいねがったのは、明治時代の裏面を流れていた或思潮の為すところであろう。栗本鋤雲くりもとじょうん
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すると李白は声に応じてした。
岷山の隠士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と、得意の歌をうたい、さらにまた、求められて、諸葛孔明しょかつこうめいの“五じょうげん”を指笛で吹いて聞かせた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中から出たのは、平凡な能管のうくわんが一册、それを膝の前に開いて春日かすが藤左衞門は見詰めました。
又曰く、予深く其の去るをおしみ、ためこの詩をす、既に其の素有の善を揚げ、またつとむるに遠大の業を以てすと。潜渓の孝孺を愛重し奨励すること、至れり尽せりというべし。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
題を得るときは思想は招かずして至るものなり。姫。さなり。其思想は神の賜ふ所なること人皆知る。されどそを句とし章とし、それに美しき姿しらべをし給ふは奈何いかに。われ。
然れども、キイツ云々の詩はオスカア・ワイルドの作なれば、佐藤春夫のす筈なし。それを賦したと言はれては、佐藤春夫も迷惑ならん。賦すに訳すの意ありや否や、あらば叩頭こうとう百拝すべし。
念仁波念遠入礼帖 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
先従花国賦迎春 花国かこくして春を迎えん
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「馬鹿、そいつあ阿房宮あぼうきゅうだ」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
慶長十年、播州姫路の三友寺に掛錫くわしやくし、一詩をして寺を退き、後、駿河の清見寺を訪ふ。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
くなつた父一しき清五郎から、お師匠に預けた禁制の、あれを吹けば、人の命にかゝはるといふ言ひ傳へのあることもこと/″\く存じて居りますが、お師匠の許を離れる、この私への餞別せんべつに、たつた一度