)” の例文
しかし水から出すとすぐに、その光沢はせてきて、その姿が指の間にけ込む。彼はそれを水に投げ込み、また他のをあさり始める。
美しきものは命短しというをモットーとするように豪奢ごうしゃ絢爛けんらんが極まると直ぐ色せてあの世の星の色と清涼に消え流れて行きます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それはその海岸へ来てから朝晩に歩いているみちであった。櫟の葉はもう緑がせて風がある日にはかさかさと云う音をさしていた。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そう言いながらテナルディエは、黄ばみがかって色がせてしかも強い煙草たばこのにおいがする二枚の新聞紙を、包みの中から引き出した。
と節子はすこし顔をあかめた。彼女は何事も思うに任せぬという風で、手にした女持の洋傘のすこし色のせたのをひろげてした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
試みにその中のただ一つを掘り出してこの世の空気にさらすと、たちまちに色も光も消えせた一片の土塊つちくれに変わってしまった。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
夕日のなごりが空の一部を染め、波頭を赤々と照らしたと見る間もなく、たちまち光はせて、黒々とした闇が海と空とを包んでゆきました。
太平洋雷撃戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
すっかり禿げ上った白髪を総髪に垂らして、ひたいに年の波、鼻たかく、せた唇元くちもとに、和らぎのある、上品な、六十あまりの老人だ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
最早もはやあかねさえせた空に、いつしかI岬アイみさきも溶け込み、サンマー・ハウスのを写すように、澄んだ夜空には、淡く銀河の瀬がかかる——。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
英吉利イギリス海軍の快走艇ヨットだ。が、幼い歌人の幻滅にまで、帆の色は赤ではなかった。陽にせて白っぽくなったカアキイいろだった。
九月にはいって、夕刻になると風はもう肌に寒かったが、彼は木綿縞の色のせた半纒はんてん股引ももひき、古い草履ばきで、少し背中がかがんでいた。
榎物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
裲襠うちかけのすそを音もなく曳いて、鏡のまえに一度坐る。髪の毛、一すじの乱れも、良人を暗くするであろう。臙脂べにも、せていてはならぬ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
色とりどりの美しい端切れで作ったお手玉は、その色もせ、うすよごれていることで、持ち主のながい間のそれへの愛着を語っている。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
いったい、薬物室の酸化鉛のびんの中には、何があったのでしょう。あのせやすい薬物の色を、依然鮮かに保たせていたのは……
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
色のせた唇は、何やらわななきますが、それっきり言葉にもならず、美しい眉がひそんで、きざんだような頬を、痛ましい痙攣けいれんが走ります。
彼女はみじめななりをしている。ことに色のせた靴下が、焦げた靴の上にだらしなく下っているので、なおさらその感が深い。
此の温帯地の・色彩のせた幽霊然たる風景と比べる時、我がヴァイリマの森の、何という美しさ! 我が・風吹く家の、何たる輝かしさ!
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
胸の血汐ちしおの通うのが、波打って、風にそよいで見ゆるばかり、たわまぬはだえの未開紅、この意気なれば二十六でも、くれないの色はせぬ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は、これらの怪物の輪郭は十分はっきりしているが、その色彩が湿った空気のためであろうか、せてぼんやりしているらしいことを認めた。
落穴と振子 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
それに対して「成田山」だの「不動明王」だのとしたいろ/\の古い提灯ちょうちん……長かったりまるかったりするそれらのせた色のわびしいことよ。
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
紙の色もせて、虫にくわれてボロボロになっていましたが、なんの気なしにそれをひらいてみて、アッ! と和尚さんは胆をつぶされました。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
すでにやや色のせた晩夏の青空には、風に吹きちぎられた薄い雲ぎれが、一面に浮かんでいた。しかし太陽は彼の故郷の町の上に照っていた。
花聟の衣裳は磨り切れて艶々しい色もせ、荒野の悪い野良犬や尖ったいばらにその柔らかな布地ぬのじは引き裂かれてしまった。
坂の中ほどまでやって来ると、視野が改まり、向うに中学の色せた校舎が見えたが、彼のあしはひだるく熱っぽかった。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
汚れたかわら屋根、目にるものはことごとせた寒い色をしているので、芝居を出てから一瞬間とても消失きえうせない清心せいしん十六夜いざよい華美はでやかな姿の記憶が
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
色のせた粗末な革鞄トランクをほとんど投げ出すように彼の足許あしもとへ置くと、我慢がしきれないと云ったように急いで顔や手に流れている汗を手拭でふいた。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
ひじから手首まで鮎のように細く、生白いむずむずした臆病そうな艶を失ったせたいろで伸べられた。葉脈のようなうすあおいものがすいて見えた。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
冬の白じらと色のせた寒空のなかに、いまは空のしみほどの煙も出さない薄汚ない煙突をながめ、何故なぜかかならずくる急激な空腹感といっしょに
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
さて彼が丹精して作ったそれらの菊の花どもゝすっかり色香がせてしまったその年の冬の、或る晩のことであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私は松葉杖を傍に置いて、がつくりとベンチの上に凭れかゝつたおしづさんの姿と、其色のせた櫻とが妙に一緒に成つて、私の記憶に殘つてゐます。
「青白き夢」序 (旧字旧仮名) / 森田草平(著)
その他にマフラや絹地の刺繍物ししうものを売る女、フォチュンテラーと英文字で書いた腕章をつけて、色のせた背広を着
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
その色せたきんらんを除くと、すがりといって、紅い絹紐であんだ網をスッポリと壺にかぶせてあることだろう。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
見よ、演説壇上のこの人を——黒紋付の木綿羽織に、色せた毛繻子けじゆすの袴。大きな円い額には長く延びた半白の髪が蓬のやうに乱れて居る。年正に六十。
政治の破産者・田中正造 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
買手はこれで安く品が買えたとしても、色は本藍ほどに丈夫ではありませんし、使えばきたなくせてゆきます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
色のせた紡績織りの寝衣に、派手な仕扱しごきなどを締めながら、火鉢の傍に立て膝をして寝しなに莨をっていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そこが応接室につかわれていて、もう数人の先客が、いくらかせた淡紅色のカーペットの上に自由にばらばらおかれているひじかけ椅子の上にかけていた。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
色のせた囚衣の肩に、いくつにも補綴つぎがあててあり、大きな足が尻の切れた草履からはみ出している姿が、みじめな感じをさらに増しているのであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
道は色せかけた黄昏たそがれを貫いていた。吉良兵曹長が先に立った。崖の上に、落日にめられた桜島岳があった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
割合に古木の並んだ庭さきのその木の梢にはまだみつちりと咲きかたまつてゐるのだが、今日はもう昨日の色の深みはない。見るからにほの白くせてゐる。
といってもそれは色もせ、つぎもつけた、ぐにゃぐにゃの銘仙のあわせ瓦斯裏がすうらのついた新銘仙の羽織などが一番上等の部に這入る種類のものばかりであった。
つぐのひの金屆きて一群の山を下りし時、少女の顏は色せて、目は光鈍りたりき。深山は蔭多きけにやあらん。
妾は、皮膚の色せた波斯ペルシャ族、半黒黒焼の馬来マレー人、衰微した安南の舞姫のうちにあって、日露戦争役の小さい誇を、桜の花の咲いた日本の衣服に輝かせていました。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
姉の容色が急にせてきたように思われて、彼女に対する熱烈な恋は夢のようにめてしまい、さらに妹のガブリエルとの結婚を父の伯爵に申し込んだのである。
彼らが今なお生きていると信ずる過去は、色せた記念碑の残骸にすぎない。確かにわれわれは過去を通って現在に来た。「それゆえに」と言うことはできない。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
が、彼はくうつかんだのである。その幼児がいつも宙有ちゅううに浮いてゐた。神話のやうに奇妙な光景だつた。色せた幼児がいつも明子のまぶたに斜めの空間に浮いてゐた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
太陽はわたしの家具をいためもせず敷物をせさせもしない——もし彼が時に少々暑すぎる友人ならば、自然が供給する何かのカーテンのうしろに引っこむ方が
われとわが心にちぎるも誓にはれず。この誓だに破らずばと思い詰める。エレーンの頬の色はせる。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
カピ長 いかにも、きてふたゝかへらぬ支度したくが。おゝ、婿むこどの、いざ婚禮こんれいまへに、死神しにがみめが貴下こなたつま寢取ねとりをった。あれ、あのやうにはなすがたいろせたわ。
縦覧を許されないからその内部は知らないが、薄桃うすもも色の塗料の雨風にせた、外観の平凡な画室であつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
残ったのは、虫の食った挟箱はさみばこや、手文庫、軸の曲った燭台しょくだい、古風な長提灯ながちょうちん、色のせたかみしもといったような、いかにもがらくたという感じのするものばかりであった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)