粗忽そこつ)” の例文
そのせっかくの白い衣裳を、一つ流行文様に染めましょうと思って、梟紺屋こうやあつらえたところが、梟は粗忽そこつで真黒々に染めてしまった。
手渡さるべき品でない! これをもって彦四郎取り返し、宮家にお返し奉る! ……粗忽そこつに汝らかかってみよ、二つ無き命失うぞよ!
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「久馬」と甲斐が静かに云った、「いつも粗忽そこつなくやって来たのに、今日はどうした、そんなことでは大事な勤めがはたせまいぞ」
時としては叱り罵ることさえあり、時としては自分たちのした粗忽そこつを、犬にかずけて責めをのがれようとすることさえあるのであります。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「貴公、そっちを持て。からだから軽いだろうが、大切な品だから、粗忽そこつのないように、皆で気をつけて持ってゆかねばならぬ」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私は、私の粗忽そこつを悔いた。ああ止んぬるかなと思った。それから一週間ばかり過ぎると、森山さんから手紙がきた。それには
縁談 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
……もっともお手前の今度の過失あやまちは、ほんの仮初かりそめ粗忽そこつぐらいのものじゃが、それでもお手前のためには何よりの薬じゃったぞ
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
錢屋方へつかはさる兩人の與力は旅館に到り見るに嚴重げんぢうなる有樣なれば粗忽そこつの事もならずとまづ玄關げんくわんに案内をこひ重役ぢうやくに對面の儀を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「いかさま、そうもござりましょう。実はせんだって通掛とおりかかりに見ました。聖、何とやらある故に、聖人と覚えました。いや、老人粗忽そこつ千万。」
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
よって柏木氏はその粗忽そこつを謝せしに、青年らその柏木氏なるを知らざりしにや、大いに怒りていかほど謝するも聞き入れず。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
田舎侍がかくかくの粗忽そこつを仕りましたる儀何とも恐入る次第で御座りまする、どうか御許し下さるようと、ひたすら詫びをして、金子を出した。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
文「手前は業平村に居ります浪島文治郎と申しますえー粗忽そこつの浪士でござるが、先生にお目通りを願いたく態々わざ/\出ました」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
苗字みょうじをまちがえたり、用向きをまちがえて取り次いだりしたために、約束してこられたお客様を断わったりするような粗忽そこつのおこることもあります。
女中訓 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
塩瀬はちょっと驚ろいて振り向いたまでは、粗忽そこつをして恐れ入ったと云う面相めんそうをしていたが、高柳君の顔から服装を見るや否や、急に表情を変えた。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そそっかしい一面の自分のほうは、「堀の内」「粗忽そこつ長屋」「粗忽の釘」のなかでみんなそっくり地でいきました。
初看板 (新字新仮名) / 正岡容(著)
先にやって、野路の茶店でいこうておるうち、ふと、当の殿を見失うたので、慌てて後より追っかけたための粗忽そこつでおざった。くれぐれ、無礼はおゆるしを
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その糸をつたって先端あたりにうごめく生きもの、——そこにあるにぶい、あやふやで粗忽そこつな決心がつきかねたような欲望を示すわずかな震えを感じる。
「いや、飛んだ粗忽そこつを申しました。実は先刻さつき御婦人の病気を診て、ついそれが頭に残つてゐたものですから。」
ああ、この剽軽ひょうきん粗忽そこつ者をそんなにも貴方は憎いと云うのですか……私は井戸端に立ってあおい雲を見ていた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
その中で道節が短気で粗忽そこつで一番人間味がある。一生定正を君父の仇とねらって二度も失敗やりそこなっている。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
西洋人の衣食住を模し、西洋人の思想を継承しただけで、日本人の解剖学的特異性が一変し、日本の気候風土までも入れ代わりでもするように思うのは粗忽そこつである。
日本人の自然観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
粗忽そこつに知己をつくらぬしっかりしたところがあり、理解力と感受性が豊かで、どんな物事に対しても妥当な判断を誤まらず、何に対しても極めて穏健な意見をはいた。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
どんな粗忽そこつな挙動を繰り返さないものでもあるまいと、ただただわけもなしに気づかうものばかり。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「失礼いたしました。お疑いをかけましたのはてまえの粗忽そこつでござります。どうぞ、あしからず」
ところが師匠は、「お前の粗忽そこつではない。おれが好いと思うからこれで結構といったのだ。俺の責任だ。お前が心配をすることは一つもない。向うの人間が分らず屋なんだ」
この果断と云ひ抗抵と云ひ、すべて前提の「物ふるれば縮みて避けんとす我心は臆病なり云々」の文字とあひ撞着どうちやくして并行へいかうするあたはざる者なり。是れ著者の粗忽そこつあらずして何ぞや。
舞姫 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
自分の粗忽そこつからこの騒動を惹起ひきおこしたと思込んでいる半之丞は、心の底からそう言うのでした。
そ、そうか、とそそかしくつぶやきながら眼をしょぼしょぼさせているうち、許生員は粗忽そこつにも足を滑らしてしまった。前につんのめったと思う間に、体ごとさらわれてしまった。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
兵衛はまず供の仲間ちゅうげんが、雨の夜路を照らしている提灯ちょうちんの紋にあざむかれ、それから合羽かっぱかさをかざした平太郎の姿に欺かれて、粗忽そこつにもこの老人を甚太夫と誤って殺したのであった。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私は、こんなに自分で申しながら、そして、われと我が粗忽そこつさに、思わず、顔を赤らめながら、宿のお女中には、表で待っていただき、お部屋にとってかえしたのでございます。
両面競牡丹 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
私は心で今朝までいた宿屋の二階の一室を思い浮べて、自分の粗忽そこつを怒った。覚えず
帰途 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
ヂュリ あゝ、もし、誓言せいごんは、およしなされ。うれしいとはおもへども、今宵こよひすぐに約束やくそくするのは、粗忽そこつらしうて、無分別むぶんべつで、早急さっきふで、あッといふえる稻妻いなづまのやうで、うれしうない。
人間一人ひとりの生命にかかることですから粗忽そこつにはできません。かような実験は小児しょうにでなくてはできませんが、さて自分には子供がなし、むやみに他人の子をかりてくることもできません。
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
一番轢殺れきさつ事故をよく起す粗忽そこつ屋でして、大正十二年に川崎で製作され、ただちに東海道線の貨物列車用として運転に就いて以来、当時までに、どうです実に二十数件と言う轢殺事故をひき起して
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「は、てまえは萩原新三郎と申す粗忽そこつものでございます、まことにどうも」
円朝の牡丹灯籠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
粗忽そこつにも農ヶ池を玉池と早合点したものであることが判明して、重ね重ね恐縮に堪えない次第ですが、夫にしてもノワカ池のワの字はウの字の点がかすれたものとは如何しても見えないから
登山談義 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
粗忽そこつにも鏡の見当を間違えて、自分の頭や顔を鏡の中へ映し入れなかった。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
紳士の床の間は尽くこれ偽物の展覧会さ。心ある者に見せたらばかえってその主人の粗忽そこつにして不風流なるを笑われる位だ。西洋の油画にはマサカこんな事はない。その代り名画はいたって少い。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
おぬしもその手下ででもあろう、同じくぬけぬけしい粗忽そこつものじゃわ、開拓使の本拠へ、白昼、事もあろうに、その開拓使をかたって迷いこみなさった、芝の山内にんどるちゅう狸にしては
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
あれから今日までに十何年の星霜せいそうを経ていると云うことが信じられないで、不思議な気がする、さっき私が妙子さんを悦子さんと間違えたのは粗忽そこつだけれども、今つくづくとお目に懸って見ても
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あるいはいまだ西洋の事情につきその一斑をも知らざる者にても、ひたすら旧物を廃棄してただ新をこれ求むるもののごとし。なんぞそれ事物を信ずるの軽々にして、またこれを疑うの粗忽そこつなるや。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
らすべしとのたまひしかど元來もとよりおとせしは粗忽そこつなりかれしも道理どうり破損そこねしとてうらみもあらずましてやかはりをとののぞみもなしれは亡母なきはゝ紀念かたみのなれば他人ひとたてまつるべきものならずとてひろあつめてふところにせしを
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
粗忽そこつにも沖縄を台湾の蕃地ばんちの続きの如く思ってはなりません。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
いくつもの粗忽そこつをし、手ちがいをし、重吉に不便をかけた。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
子供等は、母の唇へ粗忽そこつなキスをして、町の方へ走った。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
どうも、粗忽そこつにもほどがあるというものだ。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
松村君が仕方がないから粗忽そこつをわびて
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
恐るるは粗忽そこつなる男の手に砕けんこと
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
全くわたくしの粗忽そこつ
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「で、其奴そやつを追っかけて、ここまで走って参りましたところ、貴殿に突然逢いましたので……それで粗忽そこつにも人違いいたし……」
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)