はず)” の例文
そして四里先の大野木村のはずれには、父親の故郷の平戸島から二十軒ばかりの百姓を連れて来て、今、開墾させているというのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
ちょうどその夜は、小雨でもあったので、長兵衛は、みのかさにすがたを包み、城下はずれのなまず橋を西へ、高台寺道こうだいじみちをいそぎかけた。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山脈のすそは温泉宿の小さい町が白い煙をめていた。停車場は町はずれの野原にあった。機関庫はそこから幾らか山裾の方へ寄っていた。
機関車 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
もしまたそれが見る影もない痩村やせむらはずれであったなら、われわれはかえって底知れぬなつかしさと同時に悲しさ愛らしさを感ずるであろう。
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
例えば「地中海の海岸なるシリアの商港、大アンチオキヤ湾に臨んだセレウキヤの汚らしい、貧乏臭い町はずれ」をかく描いている。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
三日か四日の間を置いて、町のはずれに無惨むざんにも人が斬られていました。その斬り方は鮮やかというよりも酷烈こくれつなるものであります。
桑港フリスコの夜、船から降りたった波止場のはずれに、ガアドがあって、その上に、冷たくかかっていた、小さく、まんまるい月も忘れられません。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
そんなわけで、もしもはずれの一つに橋がなかったとすれば、その一劃は、腐泥のなかで、孤島のようにうかびあがってしまうのだ。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
若木の杉やならの樹立にはぎすすきをあしらっただけの、なんの気取りもない庭のはずれに、浅野川が藍青の布を延べたように迂曲うきょくして流れている。
ひやめし物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「しっ、あれはまだ向うのはずれにぐずぐずしているんだよ。ここまで刈って来るには、半時間も間のあることだ……どれ、もっとそばへお寄り」
麦畑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「同じ海でもカムサツカだ。冬になれば——九月過ぎれば、船一そうも居なくなって、凍ってしまう海だで。北の北のはずれの!」
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
自分は一疋の馬に乗り一人の村人に案内されて村はずれまで参りますと、私に按手礼あんしゅれいを受けんがために礼拝して列んで居る人が百名余りありました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
かなり厖大ぼうだいなトランクを二つかついで来て、それぞれの位置にそれを置いて、自分は、一行の一番はずれに老紳士と並んで坐り、しきりに何か話し初めた。
動かぬ女 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一方、園のいちばんはずれには、他の樹木とは不釣合いに背の高い白楊はこやなぎが四五本、そのさやさやと揺らめくおのおのの梢に大きな鴉の巣をのせている。
どっちの道も曲折きょくせつしていて、真直まっすぐはずれを望み得るものはない。どの方を見ても、こんもりとした杉の林が空に魔物が立っているように黒くなって見えた。
悪魔 (新字新仮名) / 小川未明(著)
北海道の○○大学は、うしろに農園があって、側面が運動場になっているが、その運動場のはずれから農園にかけて草のどてが続き、そして堤の外は墓場になっていた。
死体を喫う学生 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それはとにかく、一方、田辺の家の下男の助次郎が、ちょうどその時刻に、煙草を買うために、部落のはずれの、沼岸に添った商い店の障子をあけて中へ入ると
(新字新仮名) / 犬田卯(著)
叔父はそのあくる朝、沢山たくさんの同じ戦争に行く人と一緒に、私達の村はずれの停車場を通った。叔母も、祖父も、私の母も一緒に、構内に入って早くから待っていた。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
彼等は散歩と云うと大抵町はずれの月見草が一っぱい生えている丘へ行った。「月見ヶ丘」と町の人は呼んでいた。秋になって月を見るのにもいい丘であったから。
赤い煙突 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
その夜の帰りに電車の中で私と別れたぎり、彼はまた遠い寒い日本の領地の北のはずれに行ってしまった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
沼津とかの町はずれの高台の方に、懇意な古い宿屋とか別荘とかがあるから、そこへ行っていろと言うの。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
髪をオドロと振乱ふりみだした半狂乱のていでバタバタと駈けて来て、折から日比谷の原のはずれに客待ちしていたくるまを呼留め、飛乗りざまに幌を深く卸させて神田へと急がし
その廊下のはずれには各一つずつの部屋があるのだそうだ。ナイト・ルームであることはいう迄も無い。
赤げっと 支那あちこち (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さて、ふたたび塔の上から眼を放つと、市のはずれの小高い坂の角に、城塞めいたまるい家が注意をひく。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
もとより人里には遠く、街道はずれの事なれば、旅の者の往来ゆききは無し。ただ孵化かえり立のせみが弱々しく鳴くのと、山鶯やまうぐいすしゅんはずれに啼くのとが、れつ続きつ聴えるばかり。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
未荘はもとより大きな村でもないから、まもなくき尽してしまった。村はずれは大抵水田であった。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
五時になるのを待ちかねてミサ子はこんどは柳を誘い、二階のはずれにある応急室へ行って見た。
舗道 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その中でも、経正の幼友達であった大納言法印行慶ぎょうけいなどは、わざわざ桂川のはずれまでついてきて、別れを惜しむのであった。別れるにあたって、行慶は一首の歌を贈った。
集ったものも空しくその半分は町のはずれの辻堂にお棄置きになるのでございます。
あじゃり (新字新仮名) / 室生犀星(著)
静寂しずかな重苦しい陰欝なこの丘のはずれから狭いだらだら坂を下ると、カラリと四囲あたりの空気は変ってせせこましい、軒の低い家ばかりの場末の町が帯のように繁華な下町の真中へと続いていた。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
所はしば烏森からすもりで俗に「はやしの屋敷」と呼ばれていた屋敷長屋のはずれのうちだったが、家内うち間取まどりといい、庭のおもむきといい、一寸ちょっと気取った家で、すべ上方かみがた風な少し陰気ではあったが中々なかなかった建方たてかたである
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
白官舎の窓——西洋窓を格子のついた腰高窓に改造した——の多くは死人の眼のように暗かったが、東のはずれの三つだけは光っていた。十二時少し前に、星野の部屋の戸がたてられて灯が消えた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
いや、それでもまだ平らかな丘のはずれに白い小さな洋館が見えた。測候所ででもあろう。そのまた北寄りのこれはやや小高くすべり上った傾斜面の中程に、鼠いろの天幕テントが一つ角錐状に張られてある。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
あの宏大な芝生の庭につづいて、その西のはずれに雑木林があつた。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
溜息ためいきいて、ジーナは語り出しました。父親というのは、同じ長崎県でもここからは北のはずれに当る、平戸島の人だというのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
翌日は、彼の母が、洲股すのまたに着く日であった。藤吉郎は従者を連れて、城外一里余の柾木村まさきむらはずれまで、母の駕籠かごを迎えに出ていた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
城の東に縮景園という藩侯の泉邸がある、場所はその近くで、武家町としてははずれのほうだったが、もう七八年というもの空家になっていた。
風流化物屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
母屋に近い藤棚のついた二間打ち抜きの部屋と一番はずれの神楽堂かぐらどうのような建て前の棟はもう借手がついていた。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そのとき、耕地のはずれの大木の下から人の呼び声がしたので、ジャンはふと顔をあげると、黄金こがね色の麦穂の上から、彼の女房の上体がちらと浮きあがった。
麦畑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
葛西橋は荒川放水路に架せられた長橋の中で、その最も海に近く、その最も南のはずれにあるものである。
放水路 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
はずれの、町との境にある「益城屋」は、白い壁の米倉が、幾十とならんでいた。景気のいいときは、此処ここの倉庫は、ガラン堂になるように米が倉からはこび出された。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
そして、直ぐに私に、国民大街ヴィア・ナツォナレはずれの、第二回万国自動車展覧会会場インテルナツォナアレ・アウトモビイレ・サロネへ来るように、と言うのだ。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
わたくしは墓地の手前にある苗畠なえばたけの左側からはいって、両方にかえでを植え付けた広い道を奥の方へ進んで行った。するとそのはずれに見える茶店ちゃみせの中から先生らしい人がふいと出て来た。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
船員達の素人芝居しろうとしばいがあるというので、みんな一等食堂に行き、すっかりがらんとしたあとぼくがツウリスト・ケビンの間を歩いていますと、仄明ほのあかるい廊下ろうかはずれに、月光に輝いた
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
それはサディが云った通り室のはずれに——グロテスクなチーク材の彫像が立っていた。
赤い手 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
橋を渡り、畑や、圃の中の小道を過ぎて、目ざす隣村の村はずれに来かかりますと、広い野原の中に一筋の道が走っています。二人は昨夜の夢に見た通りの道ですから、驚きました。
迷い路 (新字新仮名) / 小川未明(著)
何よりもきに眼にったのは村のはずれの河添いの空地に突立っている一つの舞台だ。ぼんやりとした遠くの方の月夜の中で、空間くうかんの諸物がほとんどハッキリ分界していなかった。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
私は周章て、廊下のはずれまで走って、そこのうすくらがりの中へうずくまった。
可哀相な姉 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
鉄道線路の高土堤たかどてが町はずれの畑の中を走っていた。さながら町の北側に立ち回した緑色の屏風びょうぶだった。長い緑の土堤には晩春の陽光がいっぱいに当たっていた。その下は土を取った赭土あかつちの窪地。
汽笛 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
林のはずれは広い草原くさはらになっていた。そこに十坪位の小さい池があってきれいな水をたたえていたが、その池のへりにも紅紫こうしとりどりの躑躅や皐月の花があった。憲一はその池のへりへ往って腰をかけた。
藤の瓔珞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)