みは)” の例文
勘作は起きあがって笊の中をのぞいた。大きな二尺ばかりの鯉が四ひきと、他にふなはやなどが数多たくさん入っていた。勘作は驚いて眼をみはった。
ある神主の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
気が違わぬから、声を出して人は呼ばれず、たすけを、人を、水をあこがれ求むる、瞳ばかりみはったが、すぐ、それさえもぼうとなる。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
窓の外で聞いている私でさえも真偽の程を疑わずにはいられない事実……眼をみはり、息をはずませずにはいられない恐ろしい大変事を
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
大きな目をみはって、褐色を帯びた、ブロンドの髪を振り捌いて、鹿の足のような足で立っているのがなんともいえないほど美しい。
(新字新仮名) / ペーター・アルテンベルク(著)
もう大概の品物は片附いた頃、戸棚の奥から立派な風呂敷に包んだ箱が出て来ました。人々は何が入つてゐるだらうと眼をみはりました。
首相の思出 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
と法水が、グイとえぐるような抑揚をつけたけれども、ウルリーケはただ夢見るような瞳を、うつらとみはっているにすぎなかった。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
かれなにかにだまされたあとのやうに空洞からりとした周圍しうゐをぐるりと見廻みまはさないわけにはいかなかつた。かれ沿岸えんがん洪水後こうずゐじ變化へんくわ驚愕おどろきみはつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
不図顔をあげて、灯のさす窓を仰いだ私は、障子へすゥと流れるように映った男の影法師を見て、思わず眼をみはったのでした。
流転 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
七時五分、金沢駅のプラットフォームに降ると、私は、異常な光景に目をみはった。もう此処では、平常の服装をした人などは一人もいない。
私の覚え書 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
私はただ驚異の目をみはりながら、彼の言葉に傾聴した。ホームズはまた、煙草の煙をぷっぷっと上げながら話しつづける、——
醜い乞食の女は、流れた血を拭かうともせず、どんよりとした疲労の眼を怨し気にみはつて、唯一人残つた私の顔をじつと瞶めた。私も瞶めた。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
抽斎は目をみはった。「お前そんな事を言うが、何百両という金は容易に調達ちょうだつせられるものではない。お前は何かあてがあってそういうのか。」
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
トロリとした酔眼だか寝惚眼ねぼけまなこだか知らないのをみはって、両の肩を怒らせ、掌を膝に置きながら、首をのべて慢心和尚の面をまともに見つめ
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お島はその手の入墨を発見したとき、耳の附根まで紅くして、みだらな目をみはった。男はえへらえへらと、しまりのない口元に笑った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
母は癖で、布団をたたんだような恰好に平たく坐り、しょんぼり心の弱った眼をみはっているかも知れない、疲れているんだ。
歩む (新字新仮名) / 戸田豊子(著)
彼が怒り出すと、どうしてあんなに温順おとなしかった息子が斯うも変ったらうかと母は目をみはって、ハラハラし乍ら、彼が妹を叱るのを見て居た。
奥間巡査 (新字旧仮名) / 池宮城積宝(著)
時候の挨拶、暦日と生物の動静、その交渉や矛盾、——そんな事に目をみはつて驚く古今集の態度は、赤人にはじまつて居る。
叙景詩の発生 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
知らないものは芸者でもなし、娘さんでもなし、官員さんの奥様らしくもなしと眼をみはって美貌と美装に看惚みとれたもんだ。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「六万五千の劇通が批評眼といふおっかないものをみはつたところで、娘の子が羽子板屋の店へ立つて気迷きまよいする位なものなるべし」
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
日暮れて間もなきに問屋三軒皆な戸ざして人影絶え人声なし。源叔父は眼閉じて歩み我家の前に来たりし時、丸き眼みはりてあたりを見廻わしぬ。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
併し婦人は、驚異の眼をみはっている彼の顔を見ると、すぐに乗合自動車のステップに足をかけた。彼は、動き出したその乗合自動車に飛びすがった。
指と指環 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
かつ々として響く鉄棍の音、碧落を縫ふ真白なボール、忽ち場の一隅から突如として異様なる応援の声が起つた。競技に酔つた観衆は驚いて眼をみはつた。
案内者は皆この詞の誤らざるを證せり。一行の後には、さきの乞丐かたゐの群猶隨ひ來り、皆目をみはりて我等を打目守うちまもれり。
磧は黒く醜くなりすなは黄ばめる普通つねの沙となれり、見よ見よいかにと告げ知らするに二人は驚き、まなこみはりて見れば全く父の言葉に少しもたがわぬすなこいし
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
風早學士は、此の屍體の顏を一目見ると直に、顏色を變へて、眼をみはり息をらし、口も利かなければ身動もせぬ。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「まあ、大きな葉つ葉だわね。」娘は吃驚びつくりして眼をみはつた。「誰にお送りになるの。わたし成るだけ小さいのを捜してらつしやいと言つたぢやないの。」
まだですわ。だつて、片付かたづく訳がいぢやありませんか」と云つた儘、みはつてじつと代助を見てゐた。代助はれた小切手を取りげて二つにひらいた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
そして私は目をみはってふかいなつかしい一種の感動をもって瞬時ものがすまいとしてその人を見たのであった。
呉秀三先生 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
お半の方と宗春は驚いたように眼をみはった。だが香具師も眼を睜った。お半の方が泣き濡れて居り宗春がひどく寂しそうに、悄然と立っているからであった。
天主閣の音 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
老栓は喫驚びっくりして眼をみはった時、すぐ鼻の先きを通って行く者があった。そのうちの一人は振向いて彼を見た。
(新字新仮名) / 魯迅(著)
その度毎に人は皆感動して、驚きの目をみはる。それはセルギウスが読むのを聞けば、今まで好く知つてゐた筈の事も、全く新しい事のやうに聞えるからである。
祖母はどれ/\と橋の欄干にしつかりと獅噛みついて伸をしながら、しよぼ/\した眼を一杯にみはつた。
河原の対面 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
それは流石さすがにかの女にとつても意想外であつた。かの女はじつとその心を眺めた。眼をみはるやうにして。
百合子 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
彼は呆然ばうぜんと路の上に立つて、その人影を確めようと眼をみはつた。人影は、路から野面の方へ田のあぜをでも伝ふらしく、石地蔵のあたりから折れ曲つた。さうして!
ヂョウジアァナは、殆んどび上らんばかりだつた。そして青い眼を烈しく大きくみはつた。「特別に私に會ひたいと思つてゐらつしやるのを私知つてをります。」
フィンクは目をみはって闇の中を見ている。そしてあの声がまだ何か云うだろうと思って待っている。
(新字新仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
僕は眼を大きくみはって、洗面所の窓からテニスコートの黄ばみはじめた銀杏いちょうを黙って眺めていた。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
なに今夜こんや滊船きせん出發しゆつぱつすると如何どうしたのだ。』とわたくしまなこみはつた。亞尼アンニーむねかゞみてゝ
が、大きくみはって気づかわしそうに私を見つめている彼女の目と見合わせると、そんな言葉は出されなかった。そうして無言のまま窓を離れて、自分の部屋に戻って行った。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
惘然ばうぜんと不可思議の眼をみはつて、かの未だ知らざる情緒海のあなたを眺め入るやうに見えた。
京阪聞見録 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
三尺帯さんじゃくおび手拭てぬぐいを肩にした近所の若衆わかいしゅ稽古本けいこぼん抱えた娘の姿に振向き、菅笠すげがさ脚絆掛きゃはんがけの田舎者は見返る商家のきん看板に驚嘆の眼をみはって行くと、その建続たちつづく屋根の海を越えては二
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
豪徳寺ごうとくじ附近に来ると、自動車はひとかく入れた馬の如く、決勝点けっしょうてんを眼の前に見る走者そうしゃの如く、ながら眼をみはり、うんと口を結んで、疾風の如くせ出した。余は帽子に手をえた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「おい、あれ時計かね、それともただの装飾品だろうか」と山田は好奇の目をみはった。
汝自身を知れ:ベルンにて (新字新仮名) / 辰野隆(著)
眠っていても眼をみはり居るよう見えるから、野獣甚だこれを恐れて近附かぬと述べた。
と、広海屋は、日ごろの面影をすっかりなくした、三郎兵衛をみつめて目をみはった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
苦しみながらに眼を無理にみはって、女の顔を見てやろうとしたが、矢張やっぱり召縮緬めしちりめん痩躯やせぎすひざと、紫の帯とが見ゆるばかりで、如何どうしても頭が枕から上らないから、それから上は何にも解らない
女の膝 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
この訴訟には師直も案外らしい眼をみはったが、相手は自分の愛娘まなむすめである。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
数十年来の谷のぬし、老猟師嘉門次にあきれた眼をみはらせるようになった。
上高地風景保護論 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
「な、なに?」と銀は眼をみはつて、「親父が亡くなつたえ。え、何時」
もつれ糸 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
若い元気のある士官であったが、先きに礼の言葉を述べられたりして甚だ面喰めんくらってしまった。私はその日の祭壇にまつられたものの、相当多くが機関員であることを聞いて今更のように目をみはった。