海鼠なまこ)” の例文
それはほとんど生きているとは思われない海鼠なまこのような団塊であったが、時々見かけに似合わぬ甲高かんだかいうぶ声をあげて鳴いていた。
子猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
僕も其の頃、「中學世界」に「第一人者」と云ふのと、「海鼠なまこ」と云ふのを書いた。多分江口渙氏の仲介であつたやうな気がする。
世に出る前後 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
まごまごしている雇婆をてて、ひやのままの酒を、ぐっと一息にあおると、歌麿の巨体は海鼠なまこのように夜具の中に縮まってしまった。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
魚類ばかりでなく、海胆うに海鼠なまこ烏賊いか及びある種の虫さえも食う。薄い緑色の葉の海藻も食うが、これは乾燥してブリキの箱に入れる。
外部の仕業しわざであることは明瞭で、宝蔵のうちの古刀とか鏡とかには異状はなかったが、多年たくわえられてあった砂金だの海鼠なまこ形の物だの
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
振り返えると、大明神山に屯していた積雲の集団はいつか溶け去って、海鼠なまこのような怪しげな雲が山の肌をのろのろ匐っている。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
……海がいだら船を出して、伊良子いらこヶ崎の海鼠なまこで飲もう、何でも五日六日は逗留というつもりで。……山田では尾上町の藤屋へ泊った。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平泉館の密室には砂金、延金、海鼠なまこ、金塊などが山の如く隠してあるだろう——と聞いて、唐崎荘之介は大乗気になりました。
水中の宮殿 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
海鼠なまこの氷ったような他人にかかるよりは、うらやましがられて華麗はなやかに暮れては明ける実の娘の月日に添うて墓に入るのが順路である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「へん。うそなら俺の頭がけてしまうがいいさ。頭と胴と尾とばらばらになって海へ落ちて海鼠なまこにでもなるだろうよ。偽なんか云うもんか。」
双子の星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
両方から引き立てている手の中で、穴居人の身体が、俄かに力を失い、海鼠なまこのようにクナクナとくずおれて行ったのである。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
珊瑚海のすべての貝床、馬蹄螺ばていら床、海鼠なまこの棲息地などに通暁し、契約期限が切れると、世界一流の潜水夫とあらゆる海況に通じた船長が乗組み
三界万霊塔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
最前から彼等のすべては、海鼠なまこのやうに心もとない被告の陳述と骨のやうに乾からびた裁判長の訊問とを聴くらべて居た。
公判 (新字旧仮名) / 平出修(著)
まず麦酒ビール、それからお酒。なめこの赤だしが美味しかった。私と志ん太君だけ海鼠なまこをやり、歯の悪い志ん生君は豆を食べる。豆で飲むとは奇妙なり。
随筆 寄席風俗 (新字新仮名) / 正岡容(著)
米沢から遠くない所に成島なるしまと呼ぶ窯場があります。鉄釉てつぐすりの飴色や海鼠なまこ色で鉢だとか片口だとかかめだとかを焼きます。仕事はまだそこなわれてはおりません。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
伯庵茶わんの見どころが幾個所あるなどいふが其の一つに銅か鐵が發色したと思はるゝ海鼠なまこ雪崩なだれがある。
やきもの読本 (旧字旧仮名) / 小野賢一郎(著)
外の者の膳には酸味噌の飯蛸いひだこ海鼠なまこなどが付けられてゐて、大きな飯櫃めしびつの飯の山が見る/\崩されてゐた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
見ると、人間とも海鼠なまこともつかないようなものが、砂金の袋を積んだ中に、まるくなって、坐って居ります。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
で、左右を海鼠なまこ壁によって、高く仕切られているこの往来とおりには、真珠色の春の夜の靄と、それをして射している月光とが、しめやかに充ちているばかりであった。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
奥州外南部そとなんぶの松ヶ崎という海岸では、海鼠なまこを取る網の中に、小石が一つはいっていたので、それを石神と名づけて祀って置くと、だんだんと大きくなったといって
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
先生は汚らしい桶のふたを静に取って、下痢げりした人糞のような色を呈した海鼠なまこはらわたをば、杉箸すぎばしの先ですくい上げると長く糸のようにつながって、なかなか切れないのを
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
干したものを水でもどしたほうが元の生より美味いというようなものは、海鼠なまことか、ふかのひれ、ある種のきのこ類などにその例を見るが、あまり多くある例ではない。
数の子は音を食うもの (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
松屋から帰途かえりに食傷横丁に入って、あすこの鳥料理に上った。私は海鼠なまこさかなけぬ口ながら、ゆっくりした気持ちになって一ぱい飲みながら、お宮のために鳥を焼いてやって
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
海鼠なまこ蛞蝓なめくぢは、矢張り心理で行動することも有るのでは有らうが、殆んど生理でのみ行動して居るやうで、心理で行動して居るところは吾人の眼には上らぬと云つても可なる位である。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
世の中に理屈と念仏と海鼠なまこっくらいいやな物はありあしません、我慢したんですけれどもあんまりめたことを云うからつい、——なにしたんですよ、お蔭で酒を一升棒に振っちまいました
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
けないといふはいゝことで、あれでくてはむづかしいことりのけるわけにはかぬ、ぐにや/\やはらかい根性こんじやうばかりでは何時いつひと海鼠なまこのやうだとおつしやるおかたもありまするけれど
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
火花のように、雷光のように、毒のある花粉のように、けわしい悪意の微粒子が家中に散乱した。貞淑な妻を裏切った不信な夫は奸悪な海蛇だ。海鼠なまこの腹から生れた怪物だ。腐木に湧く毒茸。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
えたような地衣の匂いの中に立ち腐れになっている、うっかり手が触れると、海鼠なまこの肌のような滑らかで、悚然ぞっとさせる、毒蚋どくぶとが、人々の肩から上を、空気のように離れずにめぐっている
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
あの海にゐる海鼠なまこでごわしたかなあ、あいつなぞも血がねえ、骨がねえ。
山を想ふ (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
祖母に強求ねだる、一寸ちょっと渋る、首玉くびったまかじいて、ようようと二三度鼻声で甘垂あまたれる、と、もう祖母は海鼠なまこの様になって、およし——母の名だ——彼様あんなに言うもんだから、買って来てお遣りよ、という。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
されどもこの命令のために更に居場所を狭められて大方の荷物は皆天井につるし肩掛革包かたかけかばんを枕とし手を縮め足をすぼめて海鼠なまこの如く伏し居るほどに余の隣に起臥きがする騎兵の上等兵は甲板より帰りぬ。
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
海鼠なまこを好むといふ人は、俗離ぞくはなれのした其のおもむきをも食べるのである。
茸の香 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
海底うなぞこ海鼠なまこのそばに海胆ひとで居りそこに日の照る昼ふかみかも
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
海鼠なまこ 七九・〇〇 一八・五五 一・一八 一・二七
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
生きて世に何をたよりの海鼠なまこかな 鋸山
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
海鼠なまこ売りの声が寒そうにきこえた。
半七捕物帳:06 半鐘の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
海鼠なまこだけが申しませんでした。
聖者の訃海鼠なまこの耳を貫けり
普羅句集 (新字旧仮名) / 前田普羅(著)
『は、は、は、』とかたちさだめず、むや/\の海鼠なまこのやうな影法師かげぼふしが、案山子かゝしあしもとをいつツむら/\とまとふてすゝむ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
色街いろまちでは海鼠なまこのような安先生も、ひとたび重病人の生命に直面するや、さすが別人のように、どこか名医の風がある。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その主旨が那辺なへんに存するかほとんどとらえ難いからである。急に海鼠なまこが出て来たり、せつなぐそが出てくるからである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
緑の方は銅から取り海鼠なまこの方は鉄から取る青味の色をいいます。ここで出来る長方型の「鰊鉢にしんばち」や、「切立きったて」と呼ぶかめの如きは、他の窯に例がありません。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
と、それと同じような叫び声が、通り一つ越えた海鼠なまこ塀の向うでも起った。ア、ア、ア、と尾をひいて、それがすぐ、ひいッという啜り泣きの声にかわる。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
断じて口には合わぬ holothurian 即ち海鼠なまこ、これはショーユという日本のソースをつけて食う。
あとは、むしろ「蟹と海鼠なまこ」のとっちりとんが、あの顔にピッタリとしていて結構だったと覚えています。
随筆 寄席風俗 (新字新仮名) / 正岡容(著)
ほかの者のぜんには酢味噌すみそ飯蛸いいだこ海鼠なまこなどがつけられていて、大きな飯櫃めしびつの山がみるみるくずされていた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
しかし奥尻はそれ以前から鼠が多いので評判の島であり、同時にあわび海鼠なまこのよく取れる島でもあった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
穴が穿きましょう、綺麗な顔へ! 鉛を変えて黄金とする、道教での錬金術、それに用いる醂麝りんじゃ液、一滴つけたら肉も骨も、海鼠なまこのように融けましょう、……さて付ける
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
向ふの山は群青ぐんじゃういろのごくおとなしい海鼠なまこのやうによこになり、耕平はせなかいっぱい荷物をしょって、遠くの遠くのあくびのあたりの野原から、だんだん帰って参ります。
葡萄水 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
街頭の柳散尽ちりつくして骨董屋の店先に支那水仙の花開き海鼠なまこは安くぶりさわらに油乗って八百屋の店に蕪大根色白く、牡蠣フライ出来ますの張紙洋食屋の壁に現わる。冬は正に来れるなり。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)