母家おもや)” の例文
入口の六畳、母家おもやのお勝手に向いた方には、娘のお君が、恐怖と悲嘆に打ちひしがれながらも、精いっぱいの緊張で平次を迎えます。
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そこと正文夫婦の住む母家おもやとの間には一見して判る気風の相違が現れてゐた。正雄はそこへ近づかないやうに云ひふくめられてゐた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
……母家おもやはお通夜でごった返して離家には誰もいないはずですが、それだと言ったって、だんまりで座敷へ踏みこむわけにもゆきません。
顎十郎捕物帳:24 蠑螈 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
当時母家おもやの縁先から崖に沿うて庭の上を左手へ歩むと、地盤が次第に低くなつてゐて、松の木蔭に後から建増をした応接間の屋根が見えた。
冬の夜がたり (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それから藁葺きの屋根が小山のやうに高い母家おもやとに取り圍まれたこの眞四角な廣場が、百姓のひまな此頃はガランとしてゐた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
林太郎はしろ公をつれて、母家おもやのまわりをかけまわりました。米倉のまわりもかけまわりました。入江のふちの道もいったりきたりしました。
あたまでっかち (新字新仮名) / 下村千秋(著)
別に、小褄こづまをからげるでもなく、そのまま奥庭のくらがりの、植込みの蔭につとより添って、母家おもやの方をじっとみつめる。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
突然清逸の注意は母家おもやの茶の間の方にき曲げられた。ばかげて声高な純次に譲らないほど父の声も高くとがっていた。言い争いの発端ほったんは判らない。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
手早く衣服を着換へて母家おもやの方へ来た。廊下から茶の間の入口まで来た時、直ぐ平三の眼に入つたのは、母のお光の赤い歯茎と、黒く染めた歯であつた。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
と云ひながらその人は又自分達を中門ちゆうもんの中まで案内して置いて母家おもやの窓の下へ寄つて夫人に声を掛けた。自分はこんな事をも面白くもゆかしくも思つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
そして彼は、母家おもやの屋根裏に動いてる光を、木立ち越しにエポニーヌにさしてみせた。それは洗濯物せんだくものをひろげるためにトゥーサンがともしてる灯火であった。
母家おもやの方は九畳の坐敷に八畳のなか、六畳の居間、ほかに二畳と三畳と台所、それに今の隠居所でした。
泥沫はねをあげて左膳を襲い、そのダッとなるところをすかさず、泰軒をうながして母家おもやえんへ駈けあがった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ある家になるとくらはもとより長屋門、母家おもや納屋なや、物置等一切をこの石屋根で葺いたのがあって見て堂々たる姿である。その様式は他に類がないから甚だ目立つ。
野州の石屋根 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
別棟の長屋にいた村井夫妻を母家おもやへ移し、かれらのあとへ隼人がはいった。あによめのきいが二十五歳、彼は二十七歳なので、同じ屋内に住むことを避けたのである。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
同じ姿でしかも黙って此方こっちを向いて今にも自分の方へ来そうなので、もう彼もたまらなくなったから、急いで母家おもやへ駆けこんでとこへ入ったが、この晩は、とうとう一晩
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
小鼻をひろげるような顔つきで足音を忍ばせながら母家おもやへ入っていくと、祖母と姉たちも思い思いに炬燵こたつに足を入れて、自分たちを忘れたようにぐったりと眠っている。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
畑の中央部につた可愛らしい小さな家も無論取こぼたれた。それを取囲んでゐたかぐはしいにほひを放つ多くの草花は無造作に引抜かれて、母家おもやの庭の隅つこへ移し植ゑられた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
かけはしちんで、はるかにポン/\とおる。へーい、と母家おもやから女中ぢよちうくと、……たれない。いけうめ小座敷こざしきで、トーンと灰吹はひふきたゝおとがする、むすめくと、……かげえない。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
母家おもやで藤さんと呼ぶ。はいと言い言い、あらあらかしくと書きおさめて、すずりの蓋を重しに置いて出て行く。——自分が藤さんなら、こんな時にはぜひとも何とか書き残しておく。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
深良家の先祖代々が住んでいた巨大な母家おもやが、雑木林の下の段の平地に残っていたが、それが現在の牛九郎爺さんの代になると、極端な労働アラシコ嫌いの算盤そろばん信心で、経費が掛るといって
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
額髪ぬかがみ女童めろも交りて、ほつほつと、ひとりひとりに、軽き提げ重きはかつぎて、あなかなし五浦少女、草いきれ暑き小径こみちを、潮しぶく東の磯の潮見堂、その母家おもやまで、山越え野越え。
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
細君が指輪ゆびわをなくしたので、此頃勝手元の手伝てつだいに来る隣字となりあざのおすずに頼み、きちさんに見てもらったら、母家おもやいぬい方角ほうがく高い処にのって居る、三日みっか稲荷様いなりさまを信心すると出て来る、と云うた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ルネッサンス風の煉瓦づくり母家おもやを黒々と包む奥深い庭のそこかしこに、樹立をすかして、赤々と燃え盛る篝火かゞりびが先づ眼を惹き、大がかりなバンドの、乙にすましたミニュエットかなにかが
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
二日目の昼過ぎお梅どん母家おもやの方い行ってて、夫は私の寝顔見ながら団扇うちわはい追うてた、そしたら光子さんが寝惚ねぼけたように「姉ちゃん」いいながら私の方い寄ってうとしなさるのんで
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そばに夫の姿が見えないので、不安になって起き上がり、方々部屋を見回り、階下したへ降りて行き、母家おもやと軒つづきの銀行の事務所へ行ってみた。そしてそこで、ジャンナン氏をその私室に見出した。
「あそこに家が、百姓家が見えるでしょう。もう少し右。ええ、そこです。双眼鏡で見てごらんなさい。母家おもやの横に、小さな納屋なやが見えるでしょう。そこの、軒下のきしたに何か下っているでしょう。見えますか」
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
母家おもやの客間へ通ったところへ、頭の将右衛門が現われた。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
熊手のが濡れて居るのも變ですが、從妹いとこのお光が殺された日、母家おもやにはその死骸を運び入れて、とむらひの支度の眞つ最中に、主人の喜太郎が
その訪問のすぐ翌朝、ジャン・ヴァルジャンは母家おもやへやってきた。いつものとおり落ち着いてはいたが、左の腕にぞっとするようなまっかな大きな傷がついていた。
家では出来るだけ我慢して居たが台所の隅や母家おもやと勧工場との間の細い露地などに隠れて喫つた。水汲みに井戸へ行つた時には、必ず井戸端で一本喫ふのを常とした。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
と云つて、夫人は母家おもやの方へかれた。しばらくすると露のしたゝ紅薔薇べにばらの花を沢山たくさん持つて来られた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
……お米はそれから夜の六ツごろになると忍んで来て夜があけるとそっと母家おもやへ帰って行く。
顎十郎捕物帳:20 金鳳釵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
母家おもやから別れたその小さな低い鱗葺こけらぶきの屋根といい、竹格子の窓といい、入口いりくちの杉戸といい、殊に手を洗う縁先の水鉢みずばち柄杓ひしゃく、そのそばには極って葉蘭はらん石蕗つわぶきなどを下草したくさにして
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ことに便所は座敷のわきの細い濡椽ぬれえん伝いに母家おもやと離れている様な具合、当人もすこぶる気に入ったのですぐ家主やぬしうちへ行って相談してみると、屋賃やちんも思ったより安値やすいから非常に喜んで
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
さうしてれた米を足舂きにするのには、母家おもやの方で下男が一人、かゝり切りにするほどであつた。「水車舂きの米と、焦げた飯は喰へん。」と、太政官は始終さう言つてゐた。
太政官 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
以前の母家おもやから持って来たものであろう。家に不似合な大きな戸棚の並んでいる間から、なかに通う三尺間じゃくまを仕切っている重たい杉の開戸ひらきどを、軍隊手袋ぐんてめた両手で念入りに検査した。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
軒を貸して母家おもやを取られる——ということわざがあるが、まさにそのとおり。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
無數の小さな河魚は醉つぱらつて浮き上り、酒の流れに口をつけて飮んだ人は泥醉して僅に燒け殘つた母家おもやころがり込み、金箔の古ぼけた大きな佛壇の扉をがしたり歌つたり踊つたりした。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
母家おもやの右手に、納屋なやのような小屋が建っていて、そこの板敷の上に十七八になる娘がつくばいながら、米のぎ汁のような色をした水の中へ両手をけて、わくふるってはさっとすくい上げている。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
死んだお直さんは、時々フラフラ歩くと言つた、——この母家おもやへも何にかに引かされるやうに、フラフラと入つて來たに違ひない。御隱居がそれを
と、母家おもやと廊下つづきの戸の隙間に、派手な娘友禅がちらと動いた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
白髪交しらがまじりの髪は乱れているまで判然はっきり見える、だがその男にはついぞ見覚えがなかった、浴衣ゆかたの模様もよく見えたが、その時は不思議にも口はきけず、そこそこに出て手も洗わずに母家おもやの方へ来て寝た
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
コゼットは父が病気なのを見て、母家おもやをすて、小さな離室はなれと裏の中庭とにまた多くいるようになった。彼女はほとんど終日ジャン・ヴァルジャンのそばについていて、彼の好きな書物を読んでやった。
女隱居のお市とその子の孝吉は朝井家の母家おもやに入り、代診も下女もこと/″\く入れ換へて、やれこれで安心となつた時、それまで世話をして運んだ平次に
山の手の広い構え、土蔵と店の間を抜けて、母家おもやへ廻る道々、又次郎は泣き出さんばかりの様子で、こうささやきます。
山の手の廣いかまへ、土藏と店の間を拔けて、母家おもやへ廻る道々、又次郎は泣き出さんばかりの樣子で、斯う囁きます。
默つて母家おもやの方を伏し拜むと、心靜かに取上げたのは言ふ迄もなく短刀。蝋塗ろぬりさやを拂つて、懷紙をキリキリと卷くと、紋服の肌をくつろげて、左脇腹へ——。
番頭の爲之助どんに相談すると、離屋に泊つて居ちや危ないから、母家おもやへ移つた方が無事だらうと言ひますが
銭形平次捕物控:282 密室 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
番頭の為之助どんに相談すると、離屋に泊っていちゃ危ないから、母家おもやへ移った方が無事だろうと言いますが
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)