らん)” の例文
頼朝は、らんへ出ると、肺にいっぱいの大気を吸った。まだうす暗いが、空は落着いて、美しい晴空が、天の一角から澄みかけていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やなぎれて条々じょうじょうの煙をらんに吹き込むほどの雨の日である。衣桁いこうけたこんの背広の暗く下がるしたに、黒い靴足袋くつたび三分一さんぶいち裏返しに丸く蹲踞うずくまっている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その間にも万兵衛は胸をかきむしって苦しみ藻掻き、らん干に這い寄ると、大川尻の水の上へ、したたか吐きました。
それぞれのらんに、「大河無門、二十七さい、千葉県、小学校代用教員、中学卒」と記入してあり、備考欄には
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
操行のらんには「オ友達ニ親切デス。」と書かれてあった。いい先生だなと私は思った。この間しづちゃんから「星マデ高ク飛ベ。」という手習いが送られてきた。
前途なお (新字新仮名) / 小山清(著)
港外のモンゴリヤ号は已にいかりを抜かんとして、見送りに来た葛城の姉もおけいさんもとくに去り、葛城独甲板のらんって居た。時間が無いので匆々そこそこに別を告げた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
らん近き籐椅子にさふらふに、見渡さるる限りのオレンヂの森、海のやうにて、近き庭には名も知らぬ百花、百花と云ふ字の貧弱なることよ、万花ばんくわとや申しさふらふべき。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
何ぞ知らん此家は青樓の一で、今女に導かれて入つた座敷は海に臨んだ一室ひとまらんれば港内は勿論入江の奧、野の末、さては西なる海のはてまでも見渡されるのである。
少年の悲哀 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
眼をたのしますものもないから、らんりかゝって、前の二階の客が煙草を喫ったり、話しをしていたり、やはり、つくねんとして此方こっちを見ているのを見る他、眼をどうしても
渋温泉の秋 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その途端に、金魚のように紅と白との尾鰭おひれを動かした幻影が鼻の先を通りすぎるのが感ぜられた。僕は「袴の無い若い職業婦人」のらんへ、一本のブルブルふるえた棒を横にひいた。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
明くる夜の河はばひろき嵯峨のらんきぬ水色の二人ふたりの夏よ
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
らんに、おゝ、何のおもひで。
おもひで (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
丹塗にぬりらん長廊わたどの
桜さく島:春のかはたれ (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
虹のようなあけらんを架けた中庭の反橋そりばしを越えて来たのである。扈従こじゅうの家臣や小姓たちさえ、まばゆいばかりな衣裳や腰の物を着けていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして目録のカードを担当に示して、そのカードの裏面のらんに、いる舎房の番号と自身の称呼番号とを記入してもらうのである。三、四日して本は舎房の方に届けられた。
その人 (新字新仮名) / 小山清(著)
そこで彼は、新聞紙をいくたびかたたみかえして、そういう記事のあるらんを探した。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
余が千歳村に引越した其夏、遊びに来た一学生をちと没義道もぎどうに追払ったら、学生は立腹してひとはがき五拾銭の通信料をもらわるゝ万朝報よろずちょうほう文界ぶんかい短信たんしんらん福富ふくとみ源次郎げんじろうは発狂したと投書した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
かの橋の上には村のもの四五人集まっていて、らんって何事をか語り何事をか笑い、何事をか歌っていた。その中に一人の老翁ろうおうがまざっていて、しきりに若い者の話や歌をまぜッかえしていた。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「変ったのう」しみじみと、範宴はいって、ふと、橋のらんから見下ろすと、そこを行く加茂の水ばかりは、淙々そうそうとして変りがない。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのらんへ一本のブルブル震えた棒を横にひくと、こわいもの見たさに似た気持で、その白いはぎをのぞきこんだ。僕はあんなに魅力のある脛をみたことがない。実にすんなりと伸びた脛だった。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
今朝起きぬけにわが家の新聞をひろげたら、運勢のらんが眼につきました。
わが師への書 (新字新仮名) / 小山清(著)
らんを前に、一室のたくで、宋江は独りびやかに病後の心を養った。酒はよし、包丁ほうちょうもよし、うつわなども、さすが「天下有名楼」であった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いくら無住同様な寺にせよ、らんや建具は手当り次第、まきにしているし、大小便をしたあなに土さえけて行こうとした様子もない。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ああ」四条の仮橋のらんを見ると、綿のようにつかれた体は、無意識にそれへすがった。夜来の雨で、加茂川は赤くにごっていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たちまち、らんの方に分れていた武士の組、僧形そうぎょうたちの組、ほかすべても、日野蔵人俊基をめぐって、その左右に、大きな輪となって居流れた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いい月とは何の月? らんもたれたお綱のひとみは、うつつのような色気に濡れて、弦之丞の腕の冴えならぬあの姿に、吸いつけられているではないか。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
清麗な琴の音は、風に遊んでらんをめぐり、夜空の月に吹かれては、また満地の兵の耳へ、露のごとくこぼれてきた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朱実と並びあって橋のらんひじせていた武蔵は、朱実が懸命になって向けるささやきへ、いちいち微かにうなずいてはいるけれど、彼女が女の羞恥はじもすてて
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、室内ではあり、足元の悪さに、またしても西門慶の一蹴が成功して、彼の剣は蹴落され、剣は氷片ひょうへんのごとく、らんを越えて、どこかへ素ッ飛んだ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さようでございまする。——もういくらもございますまい」云い合わしたように、性善坊しょうぜんぼうも、橋の中ほどまで来ると、らんに身をせかけて、一憩ひとやすみした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すぐ裏へ廻ってみると、果たして、亭のうちは狼藉だった。破られた妻戸がらんに仆れかかり、上着やら帯やら、女のものが、室内から縁へかけて乱れていた。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
左慈は、一竿かんを持って、らんの外へ、糸をたれた。玄武池げんぶちの水は、満々とそよぎ立ち彼の袖がひるがえるたびに、たちまち、大きなすずきが何尾も釣りあげられた。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「殿。……おう、そこのらんに肱をおかけなされていては、お危のうございます。欄も腐っておりましょうに」
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
陽あたりのよい壁に、青梅あおうめのついた老梅の影が描かれていた。そこのらんに、片足をのせて、佐々木小次郎は、先刻さっきから、森の集まりを見ていたのであった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
みな、一偈いちげを唱えた。もう焔はらんをこえて、快川のすそを焦がしていた。稚子ちご老幼の阿鼻叫喚あびきょうかんはいうまでもない。いまを叫んだ僧もうめいてのたうちまわっていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とすれば、どこへいったのかしら——と彼女かのじょらん南側みなみがわから奥庭おくにわひさしをのぞいていると、とつぜん
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主殿しゅでんの中門廊のほとりに、廊のらんへ寄せて、牛をはずした一りょうの女車がすえられてあり、ややはなれた所には、供の人々であろうか、ひれ伏した人影が、すべて声もなく
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひらりとらんを越えた平四郎の影は二、三名の者を刎ねとばして、裏山の闇ふかく——いやもう小禽ことりの声に明けかけた水色の黎明れいめいの中へ、溶け入るように紛れてしまった。
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
将台のらんまぢかに移されたので、梁中書は白銀の椅子を欄前にまで進め、折から北京七門の楼門上には、大きな日輪が夕雲に落ちかけてきたので、縁飾ふちかざり美しい蓋傘おいがさ
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
重喜しげよしの身の廻りの物を運ぶ侍女こしもとたちや、潮除しおよけの幔幕まんまくを張りめぐらす者や、かいをしらべる水夫楫主かこかんどり、または朱塗しゅぬりらんの所々に、槍お船印ふなじるしの差物を立てならべるさむらいなどが
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その三太郎がおどろいてとびりてきたところをみると、やはり、わしはこのかく屋根やねつばさめているのであろう——と咲耶子さくやこらんに手をやって、屋根をふりあおぐと
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、橋のらんに縛られているお由利を、彼はまだ痛々しげに、眼から捨てきれない容子で訊いた。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしらぬ顔して、彼は、ふなべりらんひじをかけ、艫舵ともかじの下にうず巻いている青ぐろい瀬を見ていた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よく見ると、額堂の中には、少なくとも二十人以上と思われる人数が、あぐらをくみ、柱にもたれ、らんり、思い思いなかっこうをして怪異かいいな集合をしているのだった。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信長は楼上のらんへ出て、その小さいすがたと半兵衛の影が城門を出てゆくまで見送っていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、本願寺側でも、その以前に、あらゆる什物じゅうもつ宝器ほうきを展列して、いちいち目録を添え、ちりを払い、らんきよめ、立つ鳥水を濁さず——のことばの通りきれいにして去っていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
俊基は、廊のらんきわまで身をすべり出して行った。そしてその上半身を、欄にかがませると
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それと聞いて、呂宋兵衛るそんべえは、はじめてかれに疑いをいだき、櫓のらんに駈けよって、うるしのような海面を見わたしたが、もとより一ぺんの小舟が、ひろいやみから見いだされるはずもない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わしが眼をもって見くらべたところでは、清十郎殿には九分九厘まで勝目がない。この正月の一日の朝、五条大橋のらんに武蔵という男を見かけ、その途端にこれはいけないと思ったのだ。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
楼台は蜘蛛の巣にすすけ、珠簾しゅれんは破れ、らんは朽ち、帝の御衣ぎょいさえ寒げではないか。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)