柄杓ひしやく)” の例文
新公はその音に驚いたやうに、ひつそりしたあたりを見廻した。それから手さぐりに流し元へ下りると、柄杓ひしやくになみなみと水をんだ。
お富の貞操 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「へエ、來ましたが、お茶をれて上げると、喉が乾いて面倒臭せえから水をくんろ——と言つてね、柄杓ひしやくで一杯飮んで——」
柄杓ひしやくの水を茶碗に取りてわれにすゝめ、和尚の死骸を情容赦もなくクル/\とこもに包み、荒縄に引つくゝりて土間へ卸しつ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
病症びやうしやう脊髓腦膜炎せきずゐなうまくえんとかいふ劇症げきしやうで、二三にち風邪かぜ氣味きみてゐたが、便所べんじよつたかへりに、あらはうとして、柄杓ひしやくつたまゝ卒倒そつたうしたなり
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
みづませてろ」かれあわてるといふことをらぬものゝごとく一ごんいつた。おつぎはすぐ柄杓ひしやくみづんだ。與吉よきちいくらでもすがつてんだ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
『そら、そこに、湯の元があるだらう。そこで、柄杓ひしやくで湯をすくつて飲んだり何かしたんだよ。覚えてゐないかねえ?』
父親 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
大日様には方方のお寺にあるやうに柿色や花色の奉納の手拭のさがつた掘りぬき井戸があつて、草双紙に阿波の鳴戸のお鶴がもつてる曲物まげもの柄杓ひしやくが浮いてゐた。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
何といふ可憐な魚の呼吸であらう。見よその柄杓ひしやく一杯の水の底に八月の青空が映つてゐるではないか。
八月の星座 (新字旧仮名) / 吉田絃二郎(著)
いつの頃からのならはしか、土地の人達は柄杓ひしやくですくふ湯を頭に浴びながら歌ふ。うたの拍子は湯をうつ柄杓の音から起る。きぬたでも聽くやうで、野趣があつた。
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
臺所だいどころ豪傑儕がうけつばら座敷方ざしきがた僭上せんじやう榮耀榮華えいえうえいぐわいきどほりはつし、しやて、緋縮緬小褄ひぢりめんこづままへ奪取ばひとれとて、竈將軍かまどしやうぐん押取おつとつた柄杓ひしやく采配さいはい火吹竹ひふきだけかひいて、鍋釜なべかま鎧武者よろひむしや
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
メァリーは、顏を上げて、私を見つめた。彼女が火にあぶつてゐる二羽のひな肉汁にくじふを垂らしてゐた柄杓ひしやくは、凡そ三分間位の間何もないところにつき出されたまゝだつた。
付て海へしづめ其身は用意の伊勢參宮いせまゐり姿すがたに改め彼二しな莚包むしろづゝみとして背負せお柄杓ひしやくを持て其場を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
言語學といふ乾枯ひからびたやうな學問の教ふるところは別として、たとへば日本語の柄杓ひしやくといふ言葉を聞くと、それが如何にもあの液體を掬ふ長い柄の附いた器物のやうに思はれるし
ごりがん (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
標識に蔽膝まへかけ柄杓ひしやくとを選んだ所以である。今の語を以て言へば、此黨は一種の生産組合である。又類例を以て云へば、天香西田氏詰の唱道する所が、種々の點に於てこれに近似してゐる。
古い手帳から (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
重い柄杓ひしやくに水を溢れさせて、口移しに飲まうとすると、サラリと髪が落つる。髪をかづいた顔が水に映つた。先刻さつきから断間しきりなしにほてつてるのに、周辺あたりの青葉の故か、顔がいつもよりも青く見える。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
柄杓ひしやくで汲まなきや
蛍の灯台 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
「その上、夕方かごめ/\か何んかやつて遊んでゐて、不意に見えなくなつた。菅笠すげがさ柄杓ひしやくも仕度をする間がありませんよ」
「そうれお前等めえらえでんのにそんな小鉢こばちなんぞをけうへ突出つんださせちやへねえな、それだらだらツらあ、柄杓ひしやくそつちへおんしてるもんだ」
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
彼女は柄杓ひしやくを捨てるが早いか、乞食の存在も忘れたやうに、板の間の上に立ち上つた。さうして晴れ晴れと微笑しながら、棚の上の猫を呼ぶやうにした。
お富の貞操 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さて逃ぐる者は逃ぐるに任せつつ、死骸狼藉たる無人の刑場を見まはし、片隅に取り残されたる手桶柄杓ひしやくを取り上げ、初花の磔刑柱はりつけばしらの下に進み寄りて心静かに跪き礼拝しつ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
如何いかなることがあらうもれずと、ねむつて、行燈あんどうをうしろに差置さしおき、わなゝき/\柄杓ひしやくつて、もれたゆきはらひながら、カチリとあたるみづそゝいで、げるやうにはなしたトタン
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
とうさんのおうちには井戸ゐどつてありました。その井戸ゐど柄杓ひしやくみづめるやうなあさ井戸ゐどではありません。いても、いても、なか/\釣瓶つるべあがつてないやうな、ふかい/\井戸ゐどでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
柄杓ひしやくにざぶざぶ
都会と田園 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
男なら盥をまたいでやるところだ。不思議でたまらないから柄杓ひしやくか茶碗を貸してくれといふと、チヨコチヨコと刻み足に駈け出して、草履ざうりを内輪に脱いだ
簡單かんたんながら一にちしきをはつたとき斗樽とだる甘酒あまざけ柄杓ひしやく汲出くみだして周圍しうゐつて人々ひと/″\あたへられた。しゆとして子供等こどもらさきあらそうてそのおほきな茶碗ちやわんへた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
たれ一人ひとりよこるなんど場席ばせきはない。花枕はなまくら草枕くさまくら旅枕たびまくら皮枕かはまくらたてよこに、硝子窓がらすまど押着おしつけたかたたるや、浮嚢うきぶくろ取外とりはづした柄杓ひしやくたぬもののごとく、をりからそとのどしやぶりに、宛然さながら人間にんげん海月くらげる。
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
釣瓶つるべで 柄杓ひしやく
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
「下女のお源はりのある柄杓ひしやくのやうな女で、腹にあることは一ときとも持ち堪へられない性分ですよ」
柄杓ひしやく
蛍の灯台 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
番太の老爺は縁臺の上で一とくさりやると本當に手桶を持出して、柄杓ひしやくで水を撒き始めるのです。
柄杓ひしやくが庭に抛り出してあつたんだから、手を洗ふ前でも、手を洗つた後でも無いことは確かだ
入口の方から番傘がのぞいて、お勝手の方から柄杓ひしやく俎板まないたが覗いてゐる世帶、淺ましくも凄まじい家居いへゐですが、八五郎にのしかゝるやうに啖呵たんかを浴びせてゐる女は見事でした。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
「椽側の外の手水鉢てうづばちの前へしやがんで、柄杓ひしやくを取つたところを、下から突き上げられたのだ」
「手水鉢は自然石のまことに立派なものですが、柄杓ひしやくが見えなかつたやうですが——」
柄杓ひしやくの底へ仕掛をして、外から毒を持ち込んだやうに見せたり、恐ろしい手の込んだ細工をして、私の眼を誤魔化ごまかさうとしましたが、曲者の片割れは、矢張り此家の中に居るに相違ありません
お勝手へ飛込むと、手桶からいきなり柄杓ひしやくで水を一杯——
「この柄杓ひしやくは新しいやうだが、何時から使つてますか」
「一杯呑み度いが、柄杓ひしやくか茶碗を借り度いな」
柄杓ひしやくは?」