柄杓ひしゃく)” の例文
蝶吉はあたかも手籠てごめにされたもののごとく、三人がかりで身動きもさせない様子で、一にん柄杓ひしゃくを取って天窓あたまから水を浴びせておった。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その声は、お雪に違いありませんが、その姿は、純白な笠に、純白の笈摺おいずるに、そうして銀のような柄杓ひしゃくを携えた巡礼姿であります。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
手水鉢はから柄杓ひしゃくはから/\だが、誰もお参りに来ないと見えるな、うんそう/\、此方こっちへ来な、聖天山の裏手に清水のく処がある
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
メスを下に置いた医師は、こんどは金属で作った湯呑み茶碗に柄をつけたような柄杓ひしゃくを右手に持った。そして助手に合図をした。
人体解剖を看るの記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
乾くと漕ぎづらいから、自分の前の処にある柄杓ひしゃくを取ってしおを汲んで、身を妙にねじって、ばっさりと艪のへその処に掛けました。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「その上、夕方かごめかごめかなんかやって遊んでいて、不意に見えなくなった。菅笠すげがさ柄杓ひしゃくも仕度をする間がありませんよ」
さっき座蒲団に、人の坐ったらしい余温よおんのあったことを思いだしながら、幹太郎は水瓶みずがめから柄杓ひしゃくで水を飲み、それから長火鉢の前へ戻った。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と、ヒョイと見ると、その庭におり立って、手桶の水を柄杓ひしゃくで、下草や石燈籠どうろうの根に、ザブリザブリとかけてまわっている人があるんです。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼女は、鍋の中へ、柄杓ひしゃくに一杯水を入れる。二本の薪をくっつけ、灰をきまわす。やがてまた、なつかしいしゃんしゃんいう音が聞こえ出す。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
主に杉の柾目まさめを使って曲物を作ります。柄杓ひしゃくのような簡単なものから、飯櫃めしびつだとか水桶みずおけだとか寿司桶すしおけなど、色々と念を入れた品を見出します。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
私は何だか大槻に馬鹿にされたような気がして、言いようのない不快の感が胸をいて堪えがたいのでかけいの水を柄杓ひしゃくから一口グイと飲み干した。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
ねずみは、自分じぶんにしんせつであった柄杓ひしゃく最後さいごをきいて、むねがいっぱいになって、ものをいうことすらできませんでした。
ねずみとバケツの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
病症は脊髄脳膜炎せきずいのうまくえんとかいう劇症げきしょうで、二三日風邪かぜの気味でていたが、便所へ行った帰りに、手を洗おうとして、柄杓ひしゃくを持ったまま卒倒したなり
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この土地には多い孟宗竹もうそうだけの根ッこで竹の柄杓ひしゃくとかはしとかを作るのだが、不恰好ぶかっこうで重たくてもまだ百姓達の間には売れた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
そして、ほんのちょっとでもほうきの柄や柄杓ひしゃくをふりあげようものなら、悲鳴をあげて、戸口のほうへすっとんでゆくのだ。
そして訪問の口実として一杯の水を所望しょもうした。わたしは、自分は池で水を飲んでいる、と答え、その方を指さし、柄杓ひしゃくを貸してあげようといった。
図556は竹ばかりで出来た柄杓ひしゃくで、水入れ、柄、目釘の三部から成り、しっかりしていて、長持ちし、そして軽く、値段は多分一セント位であろう。
「ほうら、あそこに、柄杓ひしゃく恰好かっこうに並んだ星が、七つ見えるだろう。わかるな。あれを北斗七星というのじゃ。」
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
卑弥呼はさかずきをとりあげた王に、柄杓ひしゃくをもって酒を注ごうとすると、そこへ荒々しく馳けて来たのは反絵であった。彼は王の盃を奪いとると卑弥呼にいった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
柄杓ひしゃくの水を手にかけて、腰の手拭てぬぐいでよくもかずに、もう前から小風呂敷に手廻りの物を包んで置いたのを取るなり、薄暗い勝手口から出ようとしました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「——あの樹蔭には、あしたの朝の荒むしろ、水桶みずおけ柄杓ひしゃく、血穴を掘るくわの道具まで、運んで来てあるのです」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくしたちが柄杓ひしゃくこえを麦にかければ、水はどうしてそんなにまだ力も入れないうちに水銀すいぎんのように青く光り、たまになって麦の上に飛びだすのでしょう
イーハトーボ農学校の春 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
私は柄杓ひしゃくで水を浴せ掛ると、鶩は噂好うわさずきなお婆さんぶって、泥の中を蹣跚よろよろしながら鳴いて逃げて行きました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
花畠の方で、手桶ておけから柄杓ひしゃくで水を汲んでは植木に水をくれているのは、以前生家さとの方にいた姉の婿であった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
斜めに上から見おろした、大きい長方形の手水鉢ちょうずばち柄杓ひしゃくが何本も浮かんだ水にはかげもちらちら映っている。そこへまた映って来る、憔悴しょうすいし切った少年の顔。
浅草公園:或シナリオ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
湯槽を仕切る板壁に沢山柄杓ひしゃくがかかっていた。井とか、中村、S・Sなどと柄杓の底に墨で書いてある。
白い蚊帳 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
四人はついておりまして手水ちょうずをつかうにも一人が柄杓ひしゃくで水をかけると一人が手拭てぬぐいを持って待っている
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さりとてはあぶなく見えて、一枚凧のすわらぬやうにみだれ足とやらんはよほど酔てのことか、しかし盃と柄杓ひしゃく落さぬはほんの乱れ足とも見えず、又かたぶけんとや
俳句の初歩 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
手桶から、柄杓ひしゃくで頭へ水をかけた途端、十重、二十重に縛られたままの怪青年は、子牛ほども大きい魁然かいぜんたる大狸に化けてしまった。実に、思いがけない出来ごとだ。
純情狸 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
「何だと! 遊んでただまくらっていやがって生意気な野郎だ!」声とともに汁をすくう柄杓ひしゃくの柄がとんで頭を割られ、そのために若者は三日間ほど寝込んでしまい
(新字新仮名) / 島木健作(著)
金五郎から、手出しするな、といわれて、台所で、大釜に、のりをたぎらせていたのである。暴漢どもが闖入ちんにゅうして来たら、柄杓ひしゃくで、それをっかけてやるつもりだった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
間もなく、むこうのほうで手洗鉢ちょうずばち柄杓ひしゃくをガチャガチャいわせていたが、のそのそと戻って来て
顎十郎捕物帳:15 日高川 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そこのくらがりで水を飲む柄杓ひしゃくの音がカラカラと聞こえたが、やがて又今度は音も立てずにヒッソリと渡殿を引返して、何やドッと笑い合う賭博ばくち連中のどよめきを他所よそ
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
明治四十年九月某の日、柄杓ひしゃくが井に落ちた。女中が錨を下ろして探がしたが、上らぬ。妻が代って小一時間も骨折ったが、水底深く沈んだ柄杓は中々上ろうともしない。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
茶の湯も何もらぬ事にて、のどの渇き申候節は、すなわち台所に走り、水甕みずがめの水を柄杓ひしゃくもてごくごくと牛飲仕るが一ばんにて、これ利休の茶道の奥義と得心に及び申候。
不審庵 (新字新仮名) / 太宰治(著)
バケツの水を柄杓ひしゃくで一口呑み、手拭で顔を一拭きして座敷へ戻ると、卓上に意匠、色彩、眼に鮮やかな外国製のシガレットが載せてある。これをれるつもりなのだろうか。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
その上に伏せてある捲物まきもの柄杓ひしゃくに、やんまが一ぴき止まって、羽を山形に垂れて動かずにいる。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
手桶に柄杓ひしゃくが添えてあるので、長三郎はその柄杓に水を汲んで、伝兵衛の口にそそぎ入れた。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
母家おもやから別れたその小さな低い鱗葺こけらぶきの屋根といい、竹格子の窓といい、入口いりくちの杉戸といい、殊に手を洗う縁先の水鉢みずばち柄杓ひしゃく、そのそばには極って葉蘭はらん石蕗つわぶきなどを下草したくさにして
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
家庭にその男が出入しゅつにゅうしたがために、そこの細君さいくん良人おっといかりを買ってお穢屋わいやの置いて往った柄杓ひしゃくなぐられたと云うようなことがあり、そのうちにとうとう劇薬自殺してしまった。
雪の夜の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
惣領が長い柄の柄杓ひしゃくで水を牛の背にかける、母親が縄たわしで頻りに小摺こすってやる、白い手拭を間深かにかぶって、おれのいったのも気がつかずにやってる、表手の庭の方には
姪子 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
佐太郎はうちに入り布の包みを卸してまず一杯の水をえり、女房は井より新たにみ来たり柄杓ひしゃくのままにさし出し、「宿の主も一しょにか」と問う、佐太郎は水に気の入り
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
供物目あてに新墓を荒すからすが、すぐ近くの墓石の上からこっちを見ている。しっ! と柄杓ひしゃくを振り上げると、烏はガワガワと羽音を立てて軍人墓のある山の方へ飛んでいった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
釣瓶つるべだの、手桶ておけだの、かた手桶だの、注口そそぎくちの附いたのや附かない木の酌器だの、柄杓ひしゃくだの、白樺の皮でつくった曲物まげものだの、よく女が苧やいろんなくだらないものを入れる桶だの
柄杓ひしゃくをとって、からの手水鉢をからからとかき回せば、色を失える二人ふたりはただ息をのみつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
小山は、工人の気に喰わぬ奴に対しては、燐や、塩酸加里、硫黄、松脂などが加熱されて釜の中でドロ/\にとけている頭薬を、柄杓ひしゃくですくって、頭からピシャリとぶちかけた。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
彼は手桶の水を一杯ずつ柄杓ひしゃくんで母の墓石にそそいだ。青い碑を伝って流れ落ちる水が、音も立てずにふかふかした赤土に吸込まれてゆくのを見て、浅田はなみだぐましい心持になった。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
筆を墨斗やたてにをさめ、札を肩にかけ、立上り、右に柄杓ひしゃくを持ち、左にかさを持ち、斜に下手に向ひて、柱に記しし歌を読み「順礼に」にて五右衛門が打ち出す手裏剣を右手の柄杓に受け止め
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
うしお遠く引きさりしあとに残るはちたる板、ふち欠けたるわん、竹のきれ、木の片、柄の折れし柄杓ひしゃくなどのいろいろ、皆な一昨日おとといの夜のあれ名残なごりなるべし。童らはいちいちこれらを拾いあつめぬ。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
十四,五人も雑居している広い畳敷きの部屋には、青い蒲団が積み重ねてありましたし、部屋の隅には水を入れる大きなつぼだの、柄杓ひしゃくだの、本をのせる小さい戸棚なんかが置いてありました。