つね)” の例文
或る晩などは逃後にげおくれた輝方氏が女中につかまつて、恋女房の蕉園女史にしか触らせた事のない口のはたを思ひ切りつねられたものださうだ。
「あ。そしてね、もし島崎がいい気もちになって、こっちの約束を忘れているようだったら、人のいない所で、お尻をつねっておやりよ」
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分で己れの身をつねってこのくらい力を入れればなるほどこの位痛いものだと独りでいじめて独りで涙ぐんでいるようなものである。
固くちゃんとしているので、指尖ゆびさきにかからない、絹布にしわを拵えようと、つねるでもなく、でるでもなく、つまさぐって莞爾にっこりして
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
肥つたおかみが顫えてゐる小娘を手でかうつねるやうな氣もするし、また、痛々しく小衝くやうにも思はれ、さうかと思ふと
蒼白き巣窟 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
内地にいる時と、外地にいる時と、自分ながら、まるでもう人が違っているような気がして、われとわがももつねってみたくなるような思いだ。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
自分は、淋巴質りんぱしつの、ひょろひょろの、顔に粉をふいたピエロ——むだとは知りながら、痛くなるほど、血ののない自分の皮膚をつねりあげた。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
ミチはきつい眼になり、その白い頬を痙攣けいれんさせ、構えもせずに牝豹めひょうを思わせる敏捷びんしょうさで男に飛びつくと、その口に近い皮膚を力をこめてつねった。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
彼女は赤ん坊が小便をしたといってはまたつねった。乳のみ方が悪いといっては平手で頭をった。それからすべての器物にも手荒く当たった。
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「どうしてお前は、来てくれない、憎い、悔やしいと、おれを打つなりつねるなりしないのだ」などとお言い続けになった。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
と豊子さんは僕の手の甲をつねってくれたのだった。僕はこれを好意の一徴候と解した。達三君はその後もう来なくなった。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「おやおや、ちやがったな、女だてらに男を打ちやがったぜ、女の子につねられるのは悪くはねえが、こう色気なしに打たれちゃあ勘弁がならねえ」
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
骨髄に徹する憎悪を右腕一つにこめて繰出したエビルの突きは二倍の力で撥ね返され、敵の横腹をつねろうとする彼女の手首は造作なくじ上げられた。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「そうでございますかねえ、じゃ、ま、つねっても見たり……」と冗談にして、自分を救ったが、誰も笑わなかった。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
『そんなら福鼠ふくねずみだ!』と彼等かれら二人ふたりさけんで、『きろ、福鼠ふくねずみ!』とひさま、同時どうじ兩方りやうはうからそれをつねりました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
變な聲を出してかういふと、旦那はツイと立ち上つたが、立ち際に毒々しいほど幅の廣い金指輪の光る節くれ立つた手を伸ばして、お光の孱弱かぼそい膝をつねつた。
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
よく見ると縦半分たてはんぶんに切断した二人の身体を半分ずつぎ合わせてあった。右がレッドで、左がヤーロ。ちっとも足並が揃わず、二本の手は激しくつねり合っている。
一九五〇年の殺人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかし其月の折檻は普通の継子ままこいじめなどのように、打ったり蹴ったりつねったりするのではありません。
半七捕物帳:36 冬の金魚 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「イタイ! イタイ! なにをなさります! そんなところをつねってなぞして痛いではありませぬか!」
「おお、嬉しい——あっ、痛い——同じ、つねるなら、裏梅の形に、抓って下さんせいな、あれっ——」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
重ね重ねの奇妙不思議に当り前の者ならば、屹度きっと気絶でもするか、それとも夢を見ているのだと思って身体からだでもつねって見るところだが、しかし白髪小僧は平気であった。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
自分で自分の腕をつねったあと「お重、今兄さんはここを抓ったが、お前の腕もそこが痛かったろう」と尋ねたり、またはへやの中で茶碗の茶を自分一人で飲んでおきながら
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
露出むきだしの男の膝をつねったり、莨の火をおっつけたりなどした。男はびっくりしてねあがった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と云ふと、福子はムツクリ起き上つて亭主の側にすわり直すと、いやと云ふ程しりの肉をつねつた。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
孝「いとうございます、どんなに突かれてもつねられても、覚えのない事は云いようがありません」
何物か私のかおの上にかぶさったようで、暖かな息が微かに頬に触れ、「憎らしいよ!」と笑を含んだ小声が耳元でするより早く、夜着の上に投出していた二の腕をしたたつねられた時
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
汪克児オングル (成吉思汗ジンギスカンの前に進んで、妙な手つきをして月を仰ぐ)曇り、後晴れ。ああ、好い月じゃなあ。(自分へ)これ、外道、口が軽いぞ。(おのが口をつねって、蜻蛉返とんぼがえりを打つ)
「古本屋のお神さんは、あんな綺麗きれいな人だけれど、裸体はだかになると、身体中傷だらけだ、叩かれたりつねられたりしたあとに違いないわ。別に夫婦仲が悪くもない様だのに、おかしいわねえ」
D坂の殺人事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
坊やの狐はその手をひろげたり握ったり、つねって見たり、いで見たりしました。
手袋を買いに (新字新仮名) / 新美南吉(著)
彼の側にいる女は「りんせん」とか「なまし」とかいう、妙な助動詞のついた言葉で、彼にもたれかかったり手を握ったり、それとなくひざつねったりしながら、頻りになにか話しかけた。
七日七夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
間夫まぶ」、「結び文」、「床へさし込むおぼろ月」、「櫺子れんじ」、「胸づくし」、「とりくまで」、「手管てくだ」、「口舌くぜつ」、「よいの客」、「傾城の誠」、「つねる」、「廊下をすべる上草履うわぞうり
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
それでは、圧迫に対してはどうかというと、これも指でつまむくらいでは、いくら強くしても痛がらない。さきほどの客のようにつねって見たところで、ごくまれにしか悲鳴を発しないのである。
愛撫 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
「夢じゃありませんよ、つねりゃ痛いし、食った物は腹にたまっている」
むやみとその胸のあたりをつねるのか引っ掻くのか妙な折檻せっかんをする。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
清二の家の門口まで来かかると、路傍で遊んでいためいがまず声をかけ、つづいて一年生の甥がすばやく飛びついてくる。甥はぐいぐい彼の手を引張り、固い小さなつめで、正三の手首をつねるのであった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
そして彼は前と同じような巧みな様子で三度目に私をつねった。
「おやいたい、つねらなくッてもいいじゃないか」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
自分で自分をつねつてやりたくなる。
脱殻 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
そっと自分の腿をつねって
地図にない島 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
突いたり、つねったり、女のまねをして抱きついたり、さんざんふざけているうちに誰からともなくいびきをかいてぐっすりと寝こんでしまう。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
縁日えんにちの夜、摺違すれちがひに若き女のお尻をつねつたりなんぞしてからかふ者あり。これからかふにして何もその女を姦せんと欲するがために非ず。
猥褻独問答 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
拳固げんこ……つねもち、……あかいお團子だんご。……それが可厭いやなら蝦蛄しやこ天麩羅てんぷら。」と、ひとツづゝ句切くぎつて憎體にくたらしくふしをつける。
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「だってあたいがいなかったら、おじさまはびくびくして講演出来ないじゃないの。あたい、うしろに隠れていて、おしりをつねっておあげするわ。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
と安子さんは千吉君をつねった。この細君は真剣に怒ると良人を抓る癖がある。尤も結婚当初は爪を隠していたが、二年目から遠慮がなくなったのである。
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
夕刊を眺めた下役共は夢ではなからうかと自分の鼻先をつねつてみたりした。その折省内の廊下でばつたり出会つた若い「通信局」と「管船局」とがあつた。
福鼠ふくねずみ彩色いろどれ』と女王樣ぢよわうさま金切聲かなきりごゑさけばれました。『福鼠ふくねずみれ!福鼠ふくねずみ法廷はふていからせ!それ、おさえよ!そらつねろ!ひげれ』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
弟はたうとう兄の薄皮の手首を、女のやうにじーつとつねつた。兄は真赤に顔をゆがめてそれを堪へてゐた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
人の太腿をつねったりすることは、あたりまえの挨拶と心得ているに過ぎない、下町の棟割むねわりの社会などには、こんなことはざらにある、すなわち、親爺や兄貴などから
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と云うと、福子はムックリ起き上って亭主の側にすわり直すと、いやと云う程しりの肉をつねった。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
二人の黒い女がわめき、叫び、突き、つねり、泣き、倒れる。衣類が——昔は余り衣類をまとう習慣が無かったが、それだけに其の僅かの被覆物は最低限の絶対必要物であった。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)