彼女かれ)” の例文
あらず、あらず、彼女かれは犬にかまれてせぬ、恐ろしき報酬むくいを得たりと答えて十蔵は哄然こうぜんと笑うその笑声はちまた多きくがのものにあらず。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
驚いてその仔細をただしたが、彼女かれは何にも答えなかった。赤児は恐らく重蔵のたねであろうと思われるが、男の生死しょうしは一切不明であった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
消えんとしたる彼女かれが玉の緒を一たびつなぎ留め、九月初旬はじめより浪子は幾と看護婦を伴のうて再び逗子の別墅べっしょに病を養えるなりき。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
母を喜ばしむ、ぜんよりも一層真心をめて彼女かれを慰め、彼女をはげまし、唯一のたてとなりて彼女を保護するものは剛一なりける
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
然ればと云つて彼女かれに常識の缺けて居る所でもあるかといふと、それは全然ちがひで、物ごとのよく解りのいい立派な頭を有つて居るのだ。
一家 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
小さな波をつくって湯がうごくと、底に立っている彼女かれの足が、くの字を幾つもつづけたように、ゆら、ゆらとくだけ揺れる。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
又は彼女かれが云うように、国や命を賭けた戦を、彼女かれの命で裁かれたのか、歴然と一方に事実として照し出されたのではあるまいかと思うのである。
印象:九月の帝国劇場 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
まちをつと末男すゑをは、偶然ぐうぜんにも彼女かれとおなじ北海道ほくかいだううまれたをとこであつた。彼女かれはそれを不思議ふしぎ奇遇きぐうのやうによろこんだ。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
一度脳をわずらったりなどしてから、気に引立ひったちがなくなって、温順おとなしい一方なのが、彼女かれには不憫ふびんでならなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
もうもう彼女かれのことは思い切っているのにとみずから心をはげますけれど、熱い涙が知らずにぽたぽたと落ちる。物の哀れはこれよりぞ知るとよく言ったものだ。
りにりて虫喰栗むしくひぐりにはおほかり、くずにうづもるゝ美玉びぎよくまたなからずや、あわれこのねが許容きよようありて、彼女かれ素性すじやうさだたまはりたし、まがりし刀尺さしすぐなるものはかりがた
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そして彼女かれはやはり電燈の下で、そのくろずんだ姿をいつまでも凝然と座らせていた。
しゃりこうべ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
床中しょうちゅう呻吟しんぎんしてこの事を知った娘の心は如何どうであったろう、彼女かれはこれをきいてからやまいひときわおもって、忘れもしない明治三十八年八月二十一日の夜というに、ついにこの薄命な女は
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
凧の絲の鋭い上にも鋭いやうに瀝青チヤンの製造に餘念もなかつた時、彼女かれは恐ろしさうに入つて來た、さうして顫へてる私に、Tonka John. おまへのおつかさんは眞實ほんとのお母さんかろ
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
もし彼女かれ西にあらば、もし彼女かれひがしにあらば、あるいは北か南にあらば
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
年の暮に弟の友達と自分の知人しりびとを新年の歌留多会へ招待することを姉弟して相談した上で客の顔振かおぶれも確定したのだけ記してあったが、僕は善太郎の学友の名を暗記しておいた、彼女かれは義父の圧迫や
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
火の手がドッと燃え上がり、全く彼女かれを包んだ時、彼女かれの叫びは絶えたそうである。そうしてその火が消えた時、真っ黒に焼けた彼女かれの躰が、黒い夜空を背景にして突っ立っていたということである。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と、彼女かれんでふ。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
かくうらむ彼女かれは「人妻」
人妻 (新字旧仮名) / 渡久山水鳴(著)
けれども、彼女かれも若い娘である。流石さすがに胸一杯の嫉妬と怨恨うらみとを明白地あからさまには打出うちだし兼ねて、ず遠廻しに市郎を責めているのである。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
けれど彼女かれは千円近くの借金を背負しよつてるのでともだへますから、何を言ふのだ、霊魂を束縛する繩が何処に在ると励ましたのです
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
病ややかんになりて、ほのかに武男の消息を聞くに及びて、いよいよその信に印されたる心地ここちして、彼女かれはいささか慰められつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
イヤ事實まつたくだよ。それも君、全然まるつきり彼女かれは平氣なんだから驚くぢやないか。幾ら士族の家だつたからつて、ああまで專制政治を振り𢌞されちや叶はん。
一家 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
あおい顔を極度に緊張させて、惣七と磯五を、いそがしく見くらべていた。彼女かれはまだ、真昼の悪夢からさめきらぬ思いがしているに相違なかった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そしてかれ彼女かれとは、子供こどもいていへるのであつた。けれども、どことつてあてもないので、二人ふたりはやはり電車でんしやにのつて銀座ぎんざてしまつた。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
二郎はわれを導きてその船室ケビンに至り、貴嬢きみの写真取り出して写真掛けなるわが写真の下にはさみ、われを顧みてほほえみつ、彼女かれまたわれらの中に帰り来たりぬといえり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
彼女かれの名は「しろき手」と名づけられ、うつくしき王侯きみたちをすべ治む
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
私はよく彼女かれ外目ほかめの母の家に行つては何時も長々と滞留した。
水郷柳河 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
彼女かれもいつか蒲団ふとん引被ひっかついで寝ていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と、彼女かれんでう。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
裏の溝川どぶがわで秋のかわずが枯れがれに鳴いているのを、おそめは寂しい心持ちで聴いていた。ことし十七の彼女かれは今夜が勤めの第一夜であった。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
梅子は大和に導かれて篠田の室に入り来りぬ、肉やゝ落ちて色さへいたく衰へて見ゆ、彼女かれは言葉は無くて慇懃いんぎんかしらを下げぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
されど母はわが名によって彼女かれを離別し、彼女かれが父は彼女かれに代わって彼女かれを引き取りぬ。世間の前に二人が間は絶えたるなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
そして愚にもつかぬ事を取つ捉へてあの爺さんが無茶苦茶に呶鳴り立ててつひには打抛ぶんなぐる。然るに矢張り彼女かれは大平氣さ。
一家 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
『えゝ。』と、まちわらひながらこたえたが、彼女かれ自分じぶん昔淋むかしさびしい少女時代せうぢよじだいのことははなさなかつた。そしてがついたやうに、またまどそとをのぞいた。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
彼女かれは、いかにしても拒みとおすのみか、日夜良人を慕って泣く加世の純真な姿に、おれは、おれは、長らく求めてえなんだほんとうの女を見たのだ——加世だけはこのおれを
稲生播磨守 (新字新仮名) / 林不忘(著)
今日汽車の内なる彼女かれ苦悩くるしみは見るに忍びざりき、かく言いて二郎はまゆをひそめ、杯をわれにすすめぬ。泡立あわたつ杯は月の光に凝りて琥珀こはくたまのようなり。二郎もわれもすでに耳熱し気あがれり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
彼女かれは山の上の牝鹿のごとき大なる目を持つ、彼女かれはあたたかく優し
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
私はよく彼女かれ外目ほかめの母の家に行つては何時いつも長長と滯留した。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
彼女かれ寝衣ねまきの袂で首筋のあたりを拭きながら、腹這いになって枕辺まくらもと行燈あんどうかすかかげを仰いだ時に、廊下を踏む足音が低くひびいた。
黄八丈の小袖 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女かれは初めはどうしても誰の子であると言はなかつたさうだが、幾月もつてからとうとう打明けて了つたといふ。
古い村 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
岸の岩にうなじを預けて、彼女かれは深く湯に浸かっている。十九の処女おとめの裸形は、白く、青く湯のなかに伸びて、桜貝を並べたような足の爪だ。小さな花びらが流れ付いたと見える乳首である。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
お熊の魂はその涙を伝わってお菊の胸に流れ込んだらしく、彼女かれは物に憑かれたように、身を顫わせて、若いお内儀さんの手を握った。
黄八丈の小袖 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女かれは、われにもなく眼を外向そむけながら
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
𤢖の一件がにかかるのと、二つには何と無しに此地こっちの方へ足が向いたと云うに過ぎないのである。けれども、彼女かれは酔っていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お身が河原で玉藻にめぐり逢うたのは、彼女かれが法性寺詣での戻り路であった。左少弁兼輔の案内で、阿闍梨は玉藻に面会せられた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女かれの痩せた肩がかすかにおののく度に、行燈の弱い灯も顫えるようにちらちらと揺れて、眉の痕のまだ青い女房の横顔を仄白く照していた。
黄八丈の小袖 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
多年馴れているので、彼女かれは別にこの怪物を恐れてもいなかったが、きょうはその様子がふだんと変っているのに気がついた。
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かの御仁ごじんも天文人相に詳しいので、とかくに彼女かれを疑うて、さきの日わしに行き逢うた折りにもひそかに囁かれたことがある。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
暗い夜を好み、暗い日を好み、家内でも薄暗いところを好むやうになると、当然の結果として彼女かれ陰鬱いんうつな人間となつた。