平家ひらや)” の例文
そこはにぎやかな広小路の通りから、少し裏へ入ったある路次のなかの小さい平家ひらやで、ついその向う前には男の知合いの家があった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この広い屋敷の中には、私達の家の外に、同じような草花や木に囲まれた平家ひらやが、円をえがいたようにまだ四軒ほどもならんでいた。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
わたしの父はその路地の奥のあき地に平家ひらやを新築して移った。お玉さんの家は二階家で、東の往来にむかった格子作りであった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
の不思議なことのあつたのは五月中旬なかば、私が八歳やっつの時、紙谷町かみやまちに住んだ向うの平家ひらやの、おつじといふ、十八の娘、やもめの母親と二人ぐらし。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
上市の町はその丘の下までつづいていて、川の方から見わたすと、家の裏側が、二階家は三階に、平家ひらやは二階になっている。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ふと見ると平家ひらや造りの小学校がその右にあって、門に三田ヶ谷村弥勒高等尋常じんじょう小学校と書いた古びた札がかかっている。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
子供たちの群れからはすかいにあたる向こう側の、格子戸こうしど立ての平家ひらやの軒さきに、牛乳の配達車が一台置いてあった。
卑怯者 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それと共に私はまたかすみせきの坂に面した一方に今だに一棟ひとむねか二棟ほど荒れたまま立っている平家ひらやの煉瓦造を望むと
ちっぽけで、平家ひらや建てで、窓が三つついていて、まるで頭巾ずきんをかぶったセムシの小さな婆さんそっくりだった。
嫁入り支度 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
門構へとは名ばかりな二軒建の平家ひらやで、玄関の障子を開けると、勝手から揚げ物の臭ひがして来るのである。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
右のかゝりに鼠色のペンキで塗つたいつぐらゐ平家ひらやがある。硝子がらす窓が広くけられて入口に石膏の白い粉がちらばつて居るので、一けん製作室アトリエである事を自分達は知つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
それは街から少し引き込んだところで、建ててからまだ一年はたつまいと思われる平家ひらやでありました。
深夜の電話 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
硬質硝子ガラスで造られている研究室の採光は、申分なかった。地上には一階しか出ていなく、平家ひらやのように見えたが、実は地下に数十階をもっている広大なものだった。
地図にない島 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
曉方あけがたになると、せまい家のなかから、寢間着ねまきのまま出て來ては、電柱に恁りかかつて、うつらうつら眠るかど平家ひらやの少女も、蚊帳のなかに手足を伸ばしてゐるのだらう。
夏の夜 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
昼は静かなのですが、夜になると遠くもない青楼の裏二階に明りがついて、芸者でも上るとにぎやかな三味線や太鼓の音が、黒板塀くろいたべいで囲まれた平家ひらやの奥へ聞えて来ます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
学校は村の中程にあって、藁葺の屋根をもった平家ひらやだった。教室の一方、腰高障子こしだかしょうじをあけると二、三枚の畑をへだてて市場の人だかりや、驢馬ろばや、牛や、豚などが見えた。
この小都會は削立さくりつ千尺の大岩石の上にあり。これを貫ける街道は僅に一車をるべし。こゝ等の家は、おほむね皆平家ひらやに窓を穿うがつことなく、その代りには戸口を大いにしたり。
竹垣の外にちゃぼひばのある平家ひらやで山田流の琴が鳴っている。加奈子は格子を開けて言った。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私のゐた花屋は室数へやかずが五室位のバラツク式平家ひらやで随分見すぼらしい下宿屋であつたが、それでも下宿人は満員であつた、皆なおとなしい人ばかりで高声一つ立てるものはない。
札幌時代の石川啄木 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
平家ひらやの奥深そうな家であった。玄関のベルを、なんど押しても、森閑としている。猛犬でも出て来るんじゃないかと、びくびくしていたが、犬ころ一匹出て来る気配さえ無い。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そこから間もなく、西洋人の名札の出た、白いペンキ塗りの、小さい平家ひらやだての西洋館の前を通つて一寸行くと、右手の杉垣のつゞきの中に、青木さんのお家の瓦斯燈ガスとうが見えた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
この御屋敷と反対の側には小さな平家ひらやまばらに並んでいた。古いのも新らしいのもごちゃごちゃにまじっていたその町並は無論不揃ぶそろであった。老人の歯のように所々が空いていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ははねこは、こうねこにさとしたのでした。たかいえにはさまれて、目立めだたない平家ひらやは、比較的ひかくてきかぜもあたらなければ、すと、ブリキ屋根やねから陽炎かげろうちそうなもありました。
どこかに生きながら (新字新仮名) / 小川未明(著)
高次郎氏が足を延ばせば壁板から足の突き出そうな、薄い小さな平家ひらやだった。
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
かような根本こんぽん相違そういがあるうへに、器械きかい大抵たいてい地面ぢめん其物そのもの震動しんどう觀測かんそくするようになつてゐるのに、體驗たいけんもつはかつてゐるのは家屋かおく振動しんどうであることがおほい、もし其家屋そのかおく丈夫じようぶ木造もくぞう平家ひらやであるならば
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
平家ひらやだての格子づくりの、いきな真新しい家の前でした。
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
妾宅は御蔵橋おくらばしの川に臨んだ、く手狭な平家ひらやだった。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
積雪に 堪へる 様に 造つた 平家ひらやの 棟つづき
札幌の印象 (新字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
崖下の小さい平家ひらやの亜鉛屋根に
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
一方いつぱう廣庭ひろにはかこんだ黒板塀くろいたべいで、向側むかうがは平家ひらや押潰おしつぶれても、一二尺いちにしやく距離きよりはあらう、黒塀くろべい眞俯向まうつむけにすがつた。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
小笹と枯芒かれすすきの繁った道端みちばたに、生垣をめぐらした茅葺の農家と、近頃建てたらしい二軒つづきの平家ひらやの貸家があった。
元八まん (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ここらは板葺屋根が多いのであるが、隣りは平家ひらやながら瓦葺であるために、夕方のひと時雨に瓦がぬれていたらしく、それに足をすべらせて何者かころげ落ちた。
婦人は小禽の声に小砂利を踏む跫音あしおとにも自然と気をつけ、小径に従ってななめに竹林を廻り、此方こなたからは見通されぬ処に立っている古びた平家ひらやの玄関前に佇立たたずんだ。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
麹町かうぢまち番町ばんちやう火事くわじは、わたしたち鄰家りんか二三軒にさんげんが、みな跣足はだし逃出にげだして、片側かたがは平家ひらや屋根やねからかはら土煙つちけむりげてくづるゝ向側むかうがは駈拔かけぬけて、いくらか危險きけんすくなさうな、四角よつかどまがつた
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
先生が寓居は矢来町の何番地なりしや今記憶せざれど神楽坂かぐらざかを上りて寺町通てらまちどおりをまつすぐに行く事数町すうちょうにして左へ曲りたる細き横町よこちょうの右側、格子戸造こうしどづくり平家ひらやにてたしか門構もんがまえはなかりしと覚えたり。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)