やむ)” の例文
けれども御弓の菩提所ぼだいじを僕が知ろうはずがなかった。僕は呻吟しんぎんしながら、やむを得なければ姉に聞くよりほかに仕方あるまいと答えた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
御境遇をお察し申せばやむを得ないと存じます。私は始終お次の間にやすんで居ましたが、夜は殆んどお息みになったことはなかったと存じます。
蛇性の執念 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
兵粮方ひょうろうかたの親族に死なれ、それからやむを得ず再び玄関をひらくと、祝融しゅくゆうの神に憎まれて全焼まるやけと相成ったじゃ、それからというものはる事なす事いすかはし
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
いはんや我国の如き極めて史学の幼稚なるに当ては材料の捜索に数層の困難を覚ゆるにおいてをや。限りあるの人生、限あるの能力またやむを得ざるなり。
史論の流行 (新字旧仮名) / 津田左右吉(著)
この人生観を布衍ふえんしていつか小説にかきたい。相手が馬鹿な真似をして切り込んでくると、賢人もやむを得ず馬鹿になって喧嘩をする。そこで社会が堕落する。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
勢ひやむを得ざるより身分に応じ夫々それぞれに物を出して施すもあり、力及ばぬやからは余儀なく党に加はるをもて、たちまち其の党多人数に至り、やがて何町貧窮人と紙に書いたるのぼりをおし立て
歩いて還ることの出来ない貨物しろものなので、やむを得ず、氷のやうな泥の中に、乗り込んで、還ツたことあるですが、既に釣を以て楽しまうとする上は、此の位の辛抱は、何とも思はんです。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
ぜんりつゝもそれおこなふことが出來できない、ほつしてもそれあらはすことが出來できない、やむ缺點けつてんだらけのいへつくつて、そのなか不愉快ふゆくわいしのんで生活せいくわつしてるのが大多數だいたすうであらうとおもふ。
建築の本義 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
だがやむを得ざる次第じゃないか? マア積ッてもみるがいい、旦那もそうだが、おれにしてもこんなケチな所にゃいられない、けだしモウじきに冬だが、田舎の冬というやつは忍ぶべからずだ
あいびき (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
だから若し果して信用しているのなら、やむを得ないのサ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
余は其時自分の小説を毎日一回ずつ書いていたので、「土」を読み返す暇がなかった。やむを得ず自分の仕事が済む迄待ってくれと答えた。
時間がないのでやむを得ず今日学校をやすんで『帝文』の方をかきあげました。これは六十四枚ばかり。実はもっとかかんといけないが時が出ないからあとを省略しました。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
やむを得ない場合だったとは云え、ああいう恐しい人に係り合った以上、帰朝してもしなくっても、私の身に迫っている危険から逃がれるということは出来そうもありません。
機密の魅惑 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
これはやむを得ずして通俗の表現法に従ったまでである。
歴史の矛盾性 (新字新仮名) / 津田左右吉(著)
ところ杉原すぎはらはうでは、めう引掛ひつかゝりから、宗助そうすけ此所こゝくすぶつてゐることして、いて面會めんくわい希望きばうするので、宗助そうすけやむつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
私は遂々とうとう思い切って、ある晩、一雄に云いました。妻としての資格がないから、何事も打ち開けて下さらないのでしょう。それならやむを得ませんから離縁して頂きますわ、と云って、迫りました。
恐怖の幻兵団員 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
学問をする人が煩瑣うるさぞく用を避けて、成るべく単純な生活に我慢するのは、みんな研究の為めやむを得ないんだから仕方がない。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
あいつどこへもふみをやる所がないものだから、やむを得ず姉とおれに対してだけ、時間をついやして音信たよりおこたらないんだと、腹の中で云うでしょう。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
咄嗟とつさに辨ずる手際がない爲めに、やむず省略の捷徑せふけいを棄てゝ、几帳面な塗抹主義を根氣に實行したとすれば、せつの一字は何うしても免れ難い。
子規の画 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
今度こんど辞職した以上は、容易にくち見付みつかりさうもない事、やむを得ず、それ迄妻を国もとあづけた事——中々なか/\尽きさうもない。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
室中しつちゆう以上いじやうは、なに見解けんげていしないわけかないので、やむをさまらないところを、わざとをさまつたやう取繕とりつくろつた、其場そのばかぎりの挨拶あいさつであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
二人ふたりあとから続々ぞく/\聴講生がる。三四郎はやむを得ず無言の儘階子はしご段をりて横手の玄関から、図書館わき空地あきちて、始めて与次郎をかへりみた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
やむを得ずそのままにして置いたのが、いつか習慣になって、今では、この男に限って、平気に先生として通している。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
又平岡のうちへ行って逢う事は代助に取って一種の苦痛があった。代助はやむを得ず、自分にも三千代にも関係のない所で逢うより外に道はないと思った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
斯う云つた平岡は、急に調子をおとして、きわめて気のない返事をした。代助は夫限それぎりめなくなつた。やむを得ず
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
此先このさきんな変化がないともかぎらない。君も心配だらう。然し絶交した以上はやむを得ない。僕の在不在にかゝはらず、うち出入ではいりする事丈は遠慮してもらひたい
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
主人しゆじん時間じかん制限せいげんのないひとえて、宗助そうすけが、成程なるほどとか、うですか、とかつてゐると、何時いつまではなしてゐるので、宗助そうすけやむ中途ちゆうとがつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
当人は無論山の中で暮す気はなかったんだが、親の命令でやむを得ず、故郷に封じ込められてしまったのである。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
当人は無論やまなかくらす気はなかつたんだが、おやの命令でやむを得ず、故郷に封じ込められて仕舞つたのである。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
日露戦争の永続せざる限り、世間がボルクマンの様な人間で充満しない限りは余裕だらけである。しかして吾人もやむを得ざる場合のほかは此余裕を喜ぶものである。
高浜虚子著『鶏頭』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
広瀬中佐の詩に至つてはがうも以上の条件をそなへてゐない。やむを得ずしてせつな詩を作つたと云ふ痕跡はなくつて、やむを得るにもかゝはらず俗な句を並べたといふ疑ひがある。
艇長の遺書と中佐の詩 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
腕力の発現そのものが目的で人間が戦争をするのであるとするか、又は目的はにあるが、それを遂行すゐかうする手段としてやむを得ず戦争に訴へたのだとしなければならない。
点頭録 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
まづいと云ふ点から見れば双方ともに下手まづいに違ない。けれども佐久間大尉のはやむを得ずしてまづく出来たのである。呼吸が苦しくなる。部屋が暗くなる。鼓膜が破れさうになる。
艇長の遺書と中佐の詩 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「今から七日なぬか過ぎたあとなら……」と叢中の蛇は不意を打れてやむを得ず首をもたげかかる。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれどもその快感のうちには涙が交っていた。苦痛をのがれるためにやむを得ず流れるよりも、悲哀をできるだけ長くいだいていたい意味から出る涙がまじっていた。彼は独身ものであった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
諸君子はやむを得ず年にちなんで、鶏の事を書いたり、犬の事を書いたりするが、これはむし駄洒落だじゃれを引き延ばした位のもので、要するに元日及び新年の実質とは痛痒相冒つうようあいおかす所なき閑事業である。
元日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
著者はやむを得ず煤煙の切抜帳をいだいて、おほいまらながつてゐた。
『煤煙』の序 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)