-
トップ
>
-
學士
>
-
がくし
或る
口の
惡るきお
人これを
聞きて、
扨もひねくれし
女かな、
今もし
學士が
世にありて
札幌にもゆかず
以前の
通り
生やさしく
出入りをなさば
學士は
昨夜、
礫川なる
其邸で、
確に
寢床に
入つたことを
知つて、あとは
恰も
夢のやう。
今を
現とも
覺えず。
今自分の
前に
坐つてゐる
叔母は、たつた
一人の
男の
子を
生んで、その
男の
子が
順當に
育つて、
立派な
學士になつたればこそ、
叔父が
死んだ
今日でも、
何不足のない
顏をして
家名相續は
何ともすべしと
言ひ
寄る
人一人二人ならず、ある
時學士が
親友なりし
某、
當時醫學部に
有名の
教授どの
人をもつて
法の
如く
言ひ
込みしを
學士が
堪まりかねて
立たうとする
足許に、
船が
横ざまに、ひたとついて
居た、
爪先の
乘るほどの
處にあつたのを、
霧が
深い
所爲で
知らなかつたのであらう、
單そればかりでない。
柔かき
人ほど
氣はつよく
學士人々の
涙の
雨に
路どめもされず、
今宵は
切めてと
取らへる
袂を
優しく
振切つて
我家へ
歸れば、お
民手の
物を
取られしほど
力を
落して
下へ
行くと
學士の
背廣が
明いくらゐ、
今を
盛と
空に
咲く。
枝も
梢も
撓に
滿ちて、
仰向いて
見上げると
屋根よりは
丈伸びた
樹が、
對に
並んで
二株あつた。
李の
時節でなし、
卯木に
非ず。
唯見れば
池のふちなる
濡れ
土を、五六
寸離れて
立つ
霧の
中に、
唱名の
聲、
鈴の
音、
深川木場のお
柳が
※の
門に
紛れはない。
然も
面を
打つ
一脈の
線香の
香に、
學士はハツと
我に
返つた。
笛の
音も
聞えずや、あはれ
此のあたりに
若き
詩人や
住める、うつくしき
學士やあると、
折からの
森の
星のゆかしかりしを、
今も
忘れず。さればゆかしさに、
敢て
岡燒をせずして
記をつくる。
私は
固よりである。……
學士にも、
此の
香木の
名が
分らなかつた。
學士は
手巾で、
口を
蔽うて、
一寸額を
壓へた——