“學士(がくし)” の例文
新字:学士
或(あ)る口(くち)の惡(わ)るきお人(ひと)これを聞(き)きて、扨(さて)もひねくれし女(おんな)かな、今(いま)もし學士(がくし)が世(よ)にありて札幌(さつぽろ)にもゆかず以前(いぜん)の通(とほ)り生(なま)やさしく出入(でい)りをなさば
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
學士(がくし)は昨夜(さくや)、礫川(こいしかは)なる其(その)邸(やしき)で、確(たしか)に寢床(ねどこ)に入(はひ)つたことを知(し)つて、あとは恰(あたか)も夢(ゆめ)のやう。今(いま)を現(うつゝ)とも覺(おぼ)えず。
三尺角拾遺:(木精) (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
今(いま)自分(じぶん)の前(まへ)に坐(すわ)つてゐる叔母(をば)は、たつた一人(ひとり)の男(をとこ)の子(こ)を生(う)んで、その男(をとこ)の子(こ)が順當(じゆんたう)に育(そだ)つて、立派(りつぱ)な學士(がくし)になつたればこそ、叔父(をぢ)が死(し)んだ今日(こんにち)でも、何不足(なにふそく)のない顏(かほ)をして
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
家名相續(かめいさうぞく)は何(なに)ともすべしと言(い)ひ寄(よ)る人(ひと)一人(ひとり)二人(ふたり)ならず、ある時(とき)學士(がくし)が親友(しんいう)なりし某(それがし)、當時(たうじ)醫學部(いがくぶ)に有名(いうめい)の教授(けうじゆ)どの人(ひと)をもつて法(かた)の如(ごと)く言(い)ひ込(こ)みしを
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
學士(がくし)が堪(た)まりかねて立(た)たうとする足許(あしもと)に、船(ふね)が横(よこ)ざまに、ひたとついて居(ゐ)た、爪先(つまさき)の乘(の)るほどの處(ところ)にあつたのを、霧(きり)が深(ふか)い所爲(せゐ)で知(し)らなかつたのであらう、單(たゞ)そればかりでない。
三尺角拾遺:(木精) (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
柔(やはら)かき人(ひと)ほど氣(き)はつよく學士(がくし)人々(ひと/″\)の涙(なみだ)の雨(あめ)に路(みち)どめもされず、今宵(こよひ)は切(せ)めてと取(と)らへる袂(たもと)を優(やさ)しく振切(ふりき)つて我家(わがや)へ歸(かへ)れば、お民(たみ)手(て)の物(もの)を取(と)られしほど力(ちから)を落(おと)して
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
下(した)へ行(ゆ)くと學士(がくし)の背廣(せびろ)が明(あかる)いくらゐ、今(いま)を盛(さかり)と空(そら)に咲(さ)く。枝(えだ)も梢(こずゑ)も撓(たわゝ)に滿(み)ちて、仰向(あをむ)いて見上(みあ)げると屋根(やね)よりは丈(たけ)伸(の)びた樹(き)が、對(つゐ)に並(なら)んで二株(ふたかぶ)あつた。李(すもゝ)の時節(じせつ)でなし、卯木(うつぎ)に非(あら)ず。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
唯(と)見(み)れば池(いけ)のふちなる濡(ぬ)れ土(つち)を、五六寸(すん)離(はな)れて立(た)つ霧(きり)の中(なか)に、唱名(しやうみやう)の聲(こゑ)、鈴(りん)の音(おと)、深川木場(ふかがはきば)のお柳(りう)が※(あね)の門(かど)に紛(まぎ)れはない。然(しか)も面(おもて)を打(う)つ一脈(いちみやく)の線香(せんかう)の香(にほひ)に、學士(がくし)はハツと我(われ)に返(かへ)つた。
三尺角拾遺:(木精) (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
笛(ふえ)の音(ね)も聞(きこ)えずや、あはれ此(こ)のあたりに若(わか)き詩人(しじん)や住(す)める、うつくしき學士(がくし)やあると、折(をり)からの森(もり)の星(ほし)のゆかしかりしを、今(いま)も忘(わす)れず。さればゆかしさに、敢(あへ)て岡燒(をかやき)をせずして記(き)をつくる。
森の紫陽花 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
私(わたし)は固(もと)よりである。……學士(がくし)にも、此(こ)の香木(かうぼく)の名(な)が分(わか)らなかつた。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
學士(がくし)は手巾(ハンケチ)で、口(くち)を蔽(おほ)うて、一寸(ちよつと)額(ひたひ)を壓(おさ)へた——
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)