妖艶ようえん)” の例文
楽劇「サロメ」の「七つのヴェールの踊り」は有名な妖艶ようえんな場面で、レコードもたくさん入っているが、困ったことに皆新しくない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
僕は茫然ぼうぜんと女史の、あられもない屍体したいの前に立ちつくした。僕はいまだにその妖艶ようえんとも怪奇とも形容に絶する光景を忘れたことがない。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いつかれる神が武人の守護神のようにいわれる八幡宮、おろがむは妖艶ようえんな女形——この取り合せが、いぶかしいといえばいぶかしかった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
のごとき妖艶ようえんを極めたるものあり。そのほか春月、春水、暮春などいえる春の題を艶なる方に詠み出でたるは蕪村なり。たとえば
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
少女にはあり得ないほどの冷静さで他人事ひとごとのように二人ふたりの間のいきさつを伏し目ながらに見守る愛子の一種の毒々しい妖艶ようえんさ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
兵法ひょうほうに曰く柔よく剛を制すと、深川夫人が物馴ものなれたるあつかいに、妖艶ようえんなる妖精ばけもの火焔かえんを収め、静々と導かれて、階下したなる談話室兼事務所にけり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私はよしやこの女が狐であっても、その正体がこんな妖艶ようえんなものであるなら、むしろ喜んで魅せられることを望んだでしょう。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
笑えば人を魅するような妖艶ようえんな色が出て来ました。そして何事を差置いても、その色艶いろつやに修飾を加えることが、お君の第一の勤めとなりました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
能楽を大成させた世阿弥は尭孝の世を去る一年前に亡くなったが、彼の能楽を仕立てるねらいは、妖艶ようえんな美しさにあった。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
枝垂桜は夢のように浮かびでて現代的の照明を妖艶ようえんな全身に浴びている。美の神をまのあたり見るとでもいいたい。私は桜の周囲を歩いてはたたずむ。
祇園の枝垂桜 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
そこに見返りお綱がいる! あの妖艶ようえんなお嬢様姿や、いきな引っかけ帯とは、また打って変った被布姿でいるのが、いよいよ不思議にたえぬのであった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある時は支度金を取って諸侯のしょうに住み込み、故意に臥所ふしどいばりして暇になった。そしてその姿態は妖艶ようえんであった。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
妖艶ようえん巣窟そうくつの浅草公園で、ことに腕前のすごいといわれたおとめのことは、種にしようと思ったから近づいたのだ。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
着け終ると、舞踊が始まり、つひにプリマドンナが橋がかりの突端まで進み出て、妖艶ようえんきはまるポーズを作る。
わが心の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
そしてあの海のように青い目をしたセット子爵夫人が主宰していた有名な恋愛会は、しとやかさを目ざしたこのカヌズーに妖艶ようえんの賞を与えたことであろう。
妖艶ようえん溌剌はつらつを極めた龍代の女王ぶりに、魂を奪われてばかりおりましたのは、何といっても一生の不覚でした。
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それは柏の所謂「愛の杯」から其儘抜出してきたような彼女が白衣の軽羅うすものを纏って、日ざしの明るい森を背にして睡蓮の咲く池畔に立っている妖艶ようえんな姿であった。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
その一歩うしろにさがって綸子りんず白衣の行服にのはかまうちはきながら、口に怪しき呪文じゅもんを唱えていた者は、これぞ妖艶ようえんそのもののごとき、尋ねる比丘尼行者でした。
何かが抵抗すべからざる力で若い彼の心臓をわき立たせ、真昼の端正な「伎芸天」までが妖艶ようえん婀娜あだな姿に変じて燃える目で彼を内から外へ誘い駆りたてるのであった。
すると、私の眼の前の老女の姿は、たちまちに消えてしまって、清長きよながの美人画から抜け出して来たような、水もたるるような妖艶ようえんな、町女房の姿が頭の中に歴々ありありと浮びました。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そのきさきを描き女神めがみを描き、あるくれないの島に群れなして波間なみまに浮ぶナンフ或は妖艶ようえんの人魚の姫。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すでに三十のではあったが、十四五のころからはやくも本多小町ほんだこまちうたわれたおれんは、まだようやくく二十四五にしかえず、いずれかといえば妖艶ようえんなかたちの、情熱じょうねつえたえて
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
そして、このとき今まで彫刻的ちょうこくてきに見えた小初の肉体から妖艶ようえん雰囲気ふんいき月暈つきがさのようにほのめき出て、四囲の自然の風端の中に一不自然な人工的の生々しい魅惑みわくき開かせた。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
仔馬こうまの様に精悍せいかんで、すらりと引き締った肉体を持ち、あるものは、蛇の様に妖艶ようえんで、クネクネと自在に動く肉体を持ち、あるものは、ゴムまりの様に肥え太って、脂肪と弾力に富む肉体を持ち
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「ほほほほ」お宮は莫蓮者ばくれんものらしい妖艶ようえん表情かおつきをして意味ありそうに笑った。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
使いの女というのは、二十二三、柳橋あたりのお茶屋の女とはどうしても思えない、少し武家風な、そのくせ妖艶ようえんなところのある年増でした。
その刹那から、己の目の前には、現実の世界が消えてしまって、燦爛さんらんたる色彩と、妖艶ようえんなる女神めがみと、甘美かんびなる空気との世界ばかりが見えて居た。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
また希有けぶなのは、このあたり(大笹)では、蛙が、女神にささげ物の、みの、かもじを授けると、小さな河童かっぱの形になる。しかしてあるものは妖艶ようえんな少女に化ける。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
奇妙とも妖艶ようえんともつかない婦人の金切声かなきりごえが頭の上の方から聞えたかと思うと、ドタドタという物凄い音響がして、佐和山女史の大きな身体がさかさになってころがり落ちて来ると
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
きくだに妖艶ようえん、その面影もさながらに彷彿ほうふつできるへび使いの美人行者、そもなんの目的をもって三人の小町娘をさらい去ったか、疑問はただその一点! 日は旱天かんてん、駕籠は韋駄天いだてん
玄関先に立っている、もしくは客間に上り込んでいる妖艶ようえんな夫人の姿を、想像しながら、それに必死に突っかゝって行く覚悟のほぞを固めながら、信一郎は自分の家の門を、潜った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
どこからかそら豆をゆでる青いにおいがした。古風な紅白の棒の看板を立てた理髪店りはつてんがある。妖艶ようえんやなぎが地上にとどくまで枝垂しだれている。それから五六けん置いてさびちた洋館作りの写真館が在る。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
妖艶ようえんな、若い葉子の一挙一動を、絶えず興味深くじっと見守るように見えた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
石川豊信いしかわとよのぶらと並んですこぶ妖艶ようえんなる婦女の痴態ちたいを描きまた役者絵もすくなしとせず。然れどもこの時代には役者絵の流行既に享保元文時代の如く盛んならず、その板刻ときはなはだ粗雑となるの傾きありき。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さきの一例でりているので、今日は大事をとるつもりだろうが、その妖艶ようえんびといったらない。たとえば蜘蛛くもがその獲物えものを徐々に巣の糸にかがり殺して、やがて愉しみ喰らおうとするようだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
灯を背にして、ほの白い顔、岩佐又兵衛いわさまたべえの絵から抜け出したような、妖艶ようえん姿態ポーズが、相手を苛立いらだたせずにはおきません。
考えて見ると彼女の顔にあんな妖艶ようえんな表情があふれたところを、私は今日まで一度も見たことがありません。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこで曲目は断層だんそうをしたかのように変化し、奔放ほんぽうにして妖艶ようえんかぎりなき吸血鬼の踊りとなる——この舞台のうちで、一番怪奇であって絢爛、妖艶であって勇壮な大舞踊となる。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
何代か封建制度の下に凝り固めた情熱を、明治、大正になつてまだ点火されず、し点火されたらうらみの色を帯びた妖艶ようえんほのおとなつて燃えさうな、全部白臘で作つたやうな脂肉のいろ光沢つやだつた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
黒髪を乱した妖艶ようえんな女の頭、矢で貫かれた心臓
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
二十七八——どうかしたらもう少し若いでしょうが、とにかく、素晴らしい肉体を持った女で、その妖艶ようえんな美しさは興奮した後だけに、かえって眼の覚めるようです。
恨めしそうににらんでなさるだけですねんけど、その眼エえらい妖艶ようえんで、何ともいえんなまめかしい風情ふぜいあって、「なあ姉ちゃん」いいながら甘えるようにその眼エ使われたら
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
度強どぎつい電燈の明りや太陽の光線の下でこそ、お白粉の濃いのはいやしく見える事もあろうが、今夜のような青白い月光の下に、飽くまで妖艶ようえんな美女の厚化粧をした顔は、却って神秘な
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お勢の妖艶ようえんな顔も、さすがにあお引緊ひきしまって、日頃の寛闊かんかつさは微塵みじんもありません。
日本ではあまり問題にされないが、どのレコードも妖艶ようえんしたたるばかりだ。邪道と言えば邪道だがアメリカ人にはさぞ受けるだろう。それだけの派手な声を持っていて、オペラは歌っていない。
それは残忍の苦味を帯びた妖艶ようえんな美である。
敷居に崩折くずおれるように、お六の怨じた眼は妖艶ようえんを極めます。
敷居に崩折れるやうに、お六のゑんじた眼は妖艶ようえんを極めます。