しゃべ)” の例文
森は雪におおわれて真白まっしろになりました。高い大きな枯木かれきの上で、カラスが拡声器をすえて、今しきりに、こんなことをしゃべっています。
ペンギン鳥の歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
弁信法師がこういって、見えない眼をしばたたいたのは、物に感じて、また例のおしゃべりを禁ずることができなくなったものでしょう。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「……はアて。誰が、いつのまに刀のことなど知って、しゃべったのか。もっとも大道で買った物。誰も見ていなかったとは限らないが」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家中のものの誰れ彼れが彼を随意につかまえて、彼らの云い分をしゃべりちらし、あれこれと問いただす。それを避けようとはしなかった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
なるほど、君はしゃべった——しかし、現在の事件については、何も判らなかったのだ。それより、この矛盾を、君はどう解釈するかね。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
事実彼の口からは「蠅男」の秘密をついに一言半句いちごんはんくも誰にもしゃべりはしなかったのだから、あとは「蠅男」さえ自分で喋らなければ
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
帰るとき、アトから追っかけるようにして出てきた栗原は、電車に乗るまでも、乗ってからも、愉快ゆかいなことばかりしゃべって笑わせた。
工場新聞 (新字新仮名) / 徳永直(著)
九里丸君は席へ出て、上手な洒落をしゃべっているが、小出君にも、私にも、文章にユーモラスのあるのは、諸君も、御存じにちがい無い。
大阪を歩く (新字新仮名) / 直木三十五(著)
またわからない言葉を何かしゃべらねばならぬのも億劫おっくうの種であるので、とうとう一ケ月以上も入浴をしない事はめずらしくはなかった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
おかみさんは、「れは何の願いもない、たった一度でいいに、東京を見て死にたい」という。おしゃべりの「ボコ」はすぐ口を出す。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
池上は、だいぶ口がほぐれて来たと見え、こんなことをわたくしにしゃべりながら、中洲なかすと呼ばれる向う岸の区域に入って行きました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
帰りにその前を通ると地蔵がきな臭いような顔をしたので、さてはこやつがしゃべったかと、鼻をねじたといって鼻曲はなまがり地蔵がある。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
長男にすすめられて西洋の絵を見るようになったとか、登山に趣味を持つようになったとか、そんなことまで得々としゃべっているのであった。
石の思い (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
自慢にはならぬが、話が上手で、というよりおしゃべりで、自分でもいや気がさすくらいだが、浅墓あさはかな女にはそれがちょっと魅力だったらしい。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
彼等の内一人が熱心にしゃべり出すと、聞手の方は、さもさも冷淡な表情で、そっぽを向いて、窓の外の景色を眺めたりしている。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「だからお節介せっかいはやめてくれと言うんだ。一人なら吃りながらでもしゃべれるが、きみがいると気が散るんだ、頼む、きょうは来ないでくれ。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
しかし警官の顔をみる頃から桂子は温和おとなしくなった。一通り、私の悪口を警官にしゃべってから、その部屋に寝ることを承知する。
野狐 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「おい、そんなこたしゃべらずに帰ろうぜ。文句を云うたって仕様がないや。」安部が云った。「もうみんな武装しよるんだ。」
(新字新仮名) / 黒島伝治(著)
一人の青年はビールの酔いを肩先にあらわしながら、コップの尻でよごれた卓子テーブルにかまわずひじを立てて、先ほどからほとんど一人でしゃべっていた。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
予審で何から何までしゃべったシナ人が、公判廷では牡蠣かきのように沈黙を守るので、参審会議を開いても判決のしようがない。
撥陵遠征隊 (新字新仮名) / 服部之総(著)
若者は、とうとう本当のことを、しゃべり始めたのです。僕の面に、得意な微笑が浮ぶのをどうすることもできませんでした。
島原心中 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
よくしゃべることもあります。ですが、それは今言ったとおり、おそらくはその瞬間に彼女の空想に映じた、限りない嘘言の連りだったと思います。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
そんなおしゃべりをしていますと、突然とつぜん空中くうちゅうでポンポンとおとがして、二がんきずついて水草みずくさあいだちてに、あたりのみずあかそまりました。
不幸のあった米本の筋向うに、赤ペンキを生々しく塗ったポストがある。その陰で肥満ふとった荒物屋のお内儀かみさんが近所の人達としきりにしゃべっていた。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
わたしがほかのだれよりも大きな声で、笑ったりしゃべったりし始めたので、隣の部屋にいた老夫人までが、わざわざわたしを見に出てきたほどだった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
丁寧な言葉とぞんざいな言葉をごっちゃにして、サーちゃんはしゃべるのだったが、喋りながらも扉の方に眼をやっていた。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
怪我人はそう云って、もうこれ以上しゃべれないと云う風に、クッションへぐったりところがって、口を開け、眼を細くした。
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「ほんとにカゲ弁慶べんけいで——そのくせこのごろはお酒を飲むとむちゃなことをしゃべってかえって怒らせてしまうんですよ」
地球儀 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
椅子によりかかって黙って社員の顔を眺めていられるだけであったが、社員が昂然こうぜんとして得意そうに英語をしゃべれば喋るほど
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「どうしたの」と聞きましたら、「棚から箱が落ちまして」と、口の達者な人なのに、いつもほどしゃべりません。「まあ、危なかったね」といいました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
久「アレヘエそれじゃアおらが困るべいじゃアねえか、旦那どんがれにわれえしゃべるなよと云うたに、困ったなア」
重兵衛 (苦々にがにがしそうに。)どうも騒々しいな。い加減にしゃべって置け。一杯や二杯の酒で調子の狂うお前じゃあねえが、今夜はよっぽど下地したじがあるな。
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「叔母さんが色んな事聞いても、判ンないっていっとくのよ。——お前は莫迦ばかなところがあるから、すぐおしゃべりしてしまいそうだけど、いい? 判った?」
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「ああ、久しぶりでしゃべった。こんなに口数をきいたのは生れてはじめてです。これも地震のしわざでしょう。」
遺産 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
「そうお、こわいわ、ね、だけど、なにか、うっかりしゃべったじゃないこと、ヒステリーを起さすようなことを」
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そのころ生活せいかつ状態じょうたいをもっとくわしく物語ものがたれとっしゃいますか——致方いたしかたがございませぬ、おしゃべりのついでに、すこしばかりおもしてることにいたしましょう。
「この船は敵船だったのを分捕ったんです。人間も、日本人をのぞけば、そっくりそのままですから、うっかりしたことはしゃべれません。そのつもりで……」
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
どこか遠方で、その一夜を真っ暗な部屋に押し込まれた患者が、単調な奇妙な声で自分を相手にしゃべっている。
饒舌しゃべしゃべって終ったらしく、表の男はなおも見舞いの言葉を繰り返しながら、そそくさと出て行った。と、急に気が付いたように、助五郎も立ち上った。
助五郎余罪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
誠に口はわざわいもとたしなんで見ても情なや、もの言わねば腹ふくるるなど理窟を付けてしゃべりたきは四海同風と見えて、古ギリシアにもフリギア王ミダスの譚を伝えた。
パンの破片かけら紙屑かみくずうしほねなど、そうしてさむさふるえながら、猶太語エヴレイごで、早言はやことうたうようにしゃべす、大方おおかた開店かいてんでもした気取きどりなにかを吹聴ふいちょうしているのであろう。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
だって、あの骨董屋こっとうや但馬たじまさんが、父の会社へ画を売りに来て、れいのおしゃべりを、さんざんした揚句の果に、この画の作者は、いまにきっと、ものになります。
きりぎりす (新字新仮名) / 太宰治(著)
しゃべるばかりでなく、日本字の読み書きも習いはじめて、一年くらいしたら、手紙が書けるようになった。
日本のこころ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
みのえは、愕然として意識がはっきりすると一緒に、母親が自分の子をひとに押しつけ、身軽に油井を迎え、しゃべろうとしているのを感じ、泣きたいようになった。
未開な風景 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
今ではもう、沈黙の一形式としての彼のおしゃべりな手紙の正体が、おおよそ明らかになったことと思う。それはまさにニーチェの言うように、自己をかくす器であった。
それから後で僅かの間にすっかりしゃべるようになって、学校へ行く時分には差支えない位になっていた。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
ある夜は寄席よせへ入って、油紙に火がついたように、べらべらしゃべる円蔵の八笑人や浮世床をいたものだった。そうしているうちに、彼はひどい胃のアトニイにかかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
何という静かさだ! もしこの饒舌じょうぜつな流れが、ばあさんの会合みたいに、彼一人の耳へ、べちゃくちゃ、こそこそと、きりのないおしゃべりを聞かせさえしなければ……。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
私にしゃべれといわれましたことは、古陶磁はなぜそんなに尊いかということをいってくれというお話でありましたので、それをうまく申すことは出来ないと思いますが
そして、このウツギの花の咲いた井戸端なんぞには、きっと少女が水を汲みに来て快活そうにおしゃべりをする。……そんなたのしそうな空想があとからあとからいて来る。
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)