咽喉のど)” の例文
聞くだけで咽喉のどの詰まるような、食欲を吹き飛ばすようなあのバナールな呼び声も、これは幸いにさっぱり聞かなくなってしまった。
物売りの声 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そうでなければ何を書いているだろう?……まだ後れて来るかも知れないとBは食物も咽喉のどに通らないで、戸口の方を見詰みつめていた。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
児玉はそれを受取ると、大きくごくりと咽喉のどをならして、紙の上に書かれてある文字に目を走らせた。と、彼の顔が急に硬くなった。
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
部屋へ戻ると、女中が夕飯を運んで来たが、寺田は咽喉のどへ通らなかった。すぐ下げさせて、二時間ばかりすると、蒲団を敷きに来た。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
奥様が、烏はあしでは受取らない、とおつしやつて、男がてのひらにのせました指環を、此処ここをおひらきなさいまして、(咽喉のどのあくところを示す)
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
此凄まじい日に照付られて、一滴水も飲まなければ、咽喉のどえるをだま手段てだてなくあまつさえ死人しびとかざ腐付くさりついて此方こちらの体も壊出くずれだしそう。
もとより云う事はあるのだから、何か云おうとするのだが、その云おうとする言葉が咽喉のどを通るとき千条ちすじれでもするごとくに
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
うど——ん、という声を続けるところで急に咽喉のどふさがってしまったらしいから、せっかくの余韻よいん圧殺おしころされたような具合であります。
咽喉のどから流れるままに口の中で低唱ていしやうしたのであるが、れによつて長吉ちやうきちみがたい心の苦痛が幾分いくぶんやはらげられるやうな心持こゝろもちがした。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
夜半よなか咽喉のどりつくような気がして、小平太は眼を覚した。気がついてみると、自分はちゃんと蒲団の上に夜着をけて寝ていた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
私の食慾はもう立派な機械になりきってしまって、するめがそしゃくされないうちに、私は水でそれをゴクゴク咽喉のどへ流し込むのだ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
そうすると、最後の讃詠アンセムを弾くまでの二十分あまりの間に、易介の咽喉のどを切り、そうして失神の原因を作ったと見なけりゃならない。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
……眼に見えぬ嬢次様の手に頭髪を掴まれ、眼に見えぬ志村御夫婦の怨みの縄に咽喉のどを締められておいでにならなければなりませぬ。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そう言って、ぞろぞろ土堤へ這い上り、腕を振り咽喉のどふくらまし、労働歌や革命歌を爆発させた。日に五六遍は土堤へ押しかけた。
鋳物工場 (新字新仮名) / 戸田豊子(著)
大入おほいり評判ひやうばんだ四はんだ五ばん傑作けつさくぢや大作たいさくぢや豊年ほうねんぢや万作まんさくぢやと口上こうじやう咽喉のどらし木戸銭きどせん半減はんまけにしてせる縁日えんにち見世物みせもの同様どうやう
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
「おまえ、豚におなり。ぼくは、ぶたをつぶす人になる」と言って、抜き身の小刀ナイフを手にとるなり、弟の咽喉のどを、ぐさりと突きました。
そして、ひどく咽喉のどが渇いていた。雄吾は無意識のうちに、開墾地帯に近い原始林の中を流れている谷川の方へ歩みをむけていた。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
その真黒な獣がゴロゴロと咽喉のどを鳴らすのを聞きながら、その柔かい毛の感触を咽喉や顎のあたりに感じながら、彼は毎晩寝に就いた。
プウルの傍で (新字新仮名) / 中島敦(著)
枯つ葉一つがさつか無え桑畑の上に屏風びやうぶたててよ、その桑の枝をつかんだひはも、寒さに咽喉のどを痛めたのか、声も立て無えやうなかただ。
鼠小僧次郎吉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
涙がはてしなく流出して咽喉のどが乾くので、彼は水を飲んでは泣き、水を飲んでは泣き、一日中とめどもなく虫のように泣いていました。
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
いつか私も甘いものといえば一口も咽喉のどを通らぬ様になって、今は隣の湯豆腐、その又となりの鉢巻の岡田の方へ足が向く様になった。
新古細句銀座通 (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
こわいことはない。念のためにきくのじゃ。遠慮のう言うてみい。さだめし咽喉のどから手が出おったろうに、なにゆえ拾わざったぞ」
咽喉のど一杯の声を張り上げて——恰度ちょうど、小学校の生徒が唱歌の試験でも受けているような具合に——歌う様子が僕達には珍しかった。
赤げっと 支那あちこち (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
十六日の午後、だしぬけに風がやんで、雲切れした雲の間から、灼くように太陽が照りつけ、誰も彼れも咽喉のどの乾きに悩まされた。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
私が手に取りあげて見せますと、妻はにっこりと笑いましたが、それと同時に咽喉のどが、一度に鳴って、静かに瞑目して行きました。
人工心臓 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ここは山陽と近畿きんき咽喉のどにあたる要害の地であったが、当時はまだ後に姫路城と称されたあの壮大な景観は備えていなかったのである。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そう云った時、少年の咽喉のどから、かすれた、老人のせきのような、子供らしくない笑いごえが出て、それが異様に屋根うらへ響いた。
と咄嗟に、私にも蒼空の下には飛び出せない我身の永劫えいごふのがれられぬ手械足枷てかせあしかせが感じられ、堅い塊りが込み上げて来て咽喉のどもとがつかへた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
彼は、夫人に会えば、こう云おうあゝ云おうと思っていた言葉が、咽喉のどにからんでしまって、たゞモジ/\興奮するばかりだった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
腰間こしの濡れ燕に催促されて、「人が斬りたい、人が斬りたい!」と、ジリジリ咽喉のどがかわくような気分になったときの丹下左膳は。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
のみならず狂乱に近くなった彼女は取り止めのない言葉を口走ると共に肌身離さぬ短剣をスラリと引き抜いて我れと我が咽喉のどに擬した。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
私のような弱いばゞあの前では、咽喉のどをしめるのなんのと云って脅しました、先生の前ではなんとも云えまい、咽喉をしめるなら締めて見ろ
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
まだあちらにいた頃足しげく往来していた吉原兵太郎という名前が、咽喉のどにつかえていた。いよいよとなって、ついと飛びだしたのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
レクトル・エケクランツは猶大ユダヤ系のでんまあく人で、湿黒の髪と湿黒のひげと、水腫みずぶくれのした咽喉のどと、美しい娘とを持っていた。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
私の競争者は咽喉のどの器官に悪いところがあって、そのためにどんなときでもごく低いささやき以上に声を高めることができなかったのだ。
まったく! 目をみはるまでもなく、つい眼前がんぜんに、高らかに、咽喉のどふくらまして唄っている裸形らぎょうのうちに、彼が最愛の息子利助がいたのだ!
(新字新仮名) / 徳永直(著)
その中へ、咽喉のどの水を吐きだした途端に、ほら、ちやうど先刻みたいなギギーッと裂くやうな啼声なきごえと、けたたましい羽ばたきがしたのさ。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
女は鍋久のお直で、小左衛門のために咽喉のどを絞められかかったのであるが、人々に介抱されて息をふき返した。男はかの新次郎であった。
半七捕物帳:49 大阪屋花鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして疲れはてては咽喉のどや胸腹に刃物を当てる発作的ほっさてきな恐怖におののきながら、夜明けごろから気色の悪い次ぎの睡りに落ちこんだ。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
しかしこの哀切なる悲声が彼の魂の咽喉のどを絞りて出でたるがために、多くの患難悲痛にある人々が彼によって救わるるのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
岩にかじり付いて、雪解け水に咽喉のどをしめすと、汗にびっしょりなった身内がぞくぞくして、もうこのまま死ぬんではないかと思われた。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
この人の声は決して緻密ではない。が、強大なホーンを持った咽喉のどで、高朗強大なことはバリトン中でも恐らく第一人であろう。
清作はもちろん弁解のことばなどはありませんでしたし、面倒臭くなつたら喧嘩けんくわしてやらうとおもつて、いきなり空を向いて咽喉のどいつぱい
かしはばやしの夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
咽喉のどしめしておいてから……」と、山西は一口飲んで、隣の食卓テーブル正宗まさむねびんを二三本並べているひげの黒い男を気にしながら
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
やかましい店のことであるから、料理場にものを通したり、表を通る客に声をかけるに大きな声を張りあげるので、彼女たちの咽喉のどはつぶれて
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
そして私たちがそこに待っている間中、彼は咽喉のどの詰る思いをしているかのように絶えず唾をごくりごくりと嚥みこんでいた。
歩兵一聯隊れんたいの起床ラッパを、赤坂檜町の旧居で聴いている錯覚をおこしていたが、近くで猫が、咽喉のどを鳴らしている気もした。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
『あんたまだ起きてたの、私は咽喉のどが渇いてめが覚めたんだけれど、あんたもお茶を飲みたかないか、いま階下したへいって持って来てあげよう』
復一はあわてるほど、咽喉のどに貼りついて死ぬのではないかと思って、わあわあ泣き出しながら家の井戸端いどばたまで駆けて帰った。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
咽喉のどのところをでてやったら、すぐにそいつが咽喉をごろごろ鳴らし出したので、私はなんだかかえってさびしい気がした。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)